第8話 魔女
「っ!?」
「え!?」
地面が揺れる。地震とはまた違う。
立っているのもやっとの形で、地面の揺れは終わらない。
「なんだよ、これ……!?」
動揺を隠せない中。
『勇者!!』
頭の中で魔法使いの声が響いた。
「魔法使いか! どうした!?」
『告白の途中ごめん! だけど大変なの!!』
ここまで切迫した声を聞いたのは初めてかもしれない。
それだけ事態は急を要していると物語っている証だった。
『結界の一つが破られた!!』
「なんだって!?」
結界。魔法使いがドラゴンを殲滅した直後、結界を張り巡らせた。
これはドラゴン以外の魔物を発見次第、
魔法使いに事前に分かる仕組みになっている。
その数は複数にあり、魔獣ならばその場で殲滅されてしまう。
それぐらい強力な結界だった。
つまり、結界を破った程の力を持った何者かが侵入したのだ。
『お願い!! こっちに来て!!』
「分かった!!」
直後、移動魔法の魔法陣が出現する。
「勇者様!」
振り返れば、聖女様が切実な眼差しでこちらを見ていた。
「……ご武運を」
「……はい」
一瞬で、俺は移動魔法に包まれた。
* * *
揺れはまだ収まらない。
「なんだよ、これ……」
だが、どうでもよかった。
どうでもよくなる程の惨劇が広がっていた。
――人が死んでいた。
誰も彼もが死んでいた。
男も女も老人も子供も、皆等しく死んでいた。
ほとんど原型なんか留まっていない。
魔獣に食い荒らされた痕跡があった。
「う……」
嘔吐感に苛まれながら、何とかやり過ごす。
「グルルルル……」
「!」
魔獣の声がした。
足が動いた。
声のする方へ行けば、
「何しているんだ!!」
激昂せざるを得ない光景が広がっていた。
魔獣が妊婦のお腹を裂き、赤ん坊を喰い殺していたからだ。
「!!」
剣を抜き、構えた。震える手に喝を入れ、魔獣に剣を向けた。
だが、魔獣は俺なんか見向きもせず、
一目散に駆け出した。
「……っ」
落とされた赤ん坊の死体は人の形を留めていなかった。
「……待て!!」
俺は魔獣の後を追った。
その時、揺れはあまり感じなかった。
* * *
「「勇者!!」」
「剣士! 魔法使い!」
すぐに二人と合流できた。
「どうなってるんだよ、これ!」
「分からない!」
「駆けつけた時には、すでにこうなってた!!」
複数の魔獣を追いかけながら、俺達は走った。
魔獣達は、奥へ奥へと走っていく。
――間違いない。
誘われているのだ。
「罠だと思う!?」
「罠だとしても、」
先程の惨劇が脳裏を過ぎる。
「行くしかないだろ!!」
道が、開けた。
「「グルルル……」」
魔獣達が止まった。
同時に誰かに対して、頭を垂れた。
誰かがそこに立っていた。
泉のように流れる黒髪、白い肌。
血よりも濃く、深い色の漆黒のドレス。
「……お前か、魔獣達を
相手はこちらを見ない。
「何故罪もない人を殺めた」
それでも、相手はこちらを見ない。
「答えろ! 『魔女』!」
ぴくりと相手の肩が揺れた。
そして、ゆっくりと相手は振り返った。
「……え?」
振り返った相手は、美しい少女だった。
年は十六、七と言ったところか。
赤黒い瞳と、流れるような黒髪。
血をも想起させるほどの、漆黒のドレス。
その姿は見る者全て、捕えて放さない。
「そんな、どうして」
構えていた筈の剣が、落ちた。
「勇者!」
魔法使いの声が遠く聞こえる。
それほどの衝撃だった。
「聖女、様……?」
魔獣を従える魔女の顔は、
聖女様と全く同じ顔だった。
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