第18話 夢

「俺は、貴方を知っています」


 吐き出した言葉はどこかしっくりこない。

 ああ、そうだ。


「いや、俺というより『俺』なんですが」


 夢の中の『俺』は目の前にいるこの人を先生を呼び、

 薬を処方して貰っていた。


 それだけじゃない。


「『俺』には先生だけじゃなくて、妹もいて」

「……」

「妹は『俺』と同じ学校に行くって言っていて、『俺』はそれを嫌がっていて」

「……」

「『俺』はあと、それから、」

「……」

「それから……」


 何が言いたいのか、自分でも分からない。

 だけど、訳の分からない焦燥感に突き動かされる。


「俺は……」


『    』


「俺は『俺』の名前を呼んでいる人がいます」


 学校の帰り道。その人はいつも『俺』の前を歩いていて。

 何を言っているのか分からない癖に。


 何故か俺は『俺』の名前を呼んでいると思った。


「だから俺は……」


 ――俺は?


 焦燥感に駆れるがまま、何を言おうとしたのか。


「……」


 何か言おうとして、その言葉が喉から出てこない。

 そんな感覚だった。


 結局言った言葉は、


「すみません。支離滅裂で……」


 ありきたりな言葉だった。


「ややこしいし、分かりづらいですよね。こんなの……」


 そもそも、目の前の相手とは初対面なのに。

 しかも、ドラゴンを放った罪人なのに。


 俺はなんで謝っているのだろうか?


「謝らなくていい」


 柔らかい声が聞こえた。


「分かるから」


 その柔らかな声に、顔を上げて息を呑んだ。


 どこか嬉しそうなのに、心苦しそうな。

 それでいて、辛そうな顔をしている。


「先生……?」


 思わずそう呼べば、相手は『何でもない』と頭を振った。


「気にしなくていい。むしろ本題はここからだ」

「本題?」

「ああ、そうだよ。その前に一ついいかな?」

「はい、なんでしょうか?」

「私の名前は何て言うだろうか?」

「は?」


 一瞬ふざけているのか思ったが、どうも様子が違う。


「……錬金術師だと聞いています」

「そうか。じゃあ、今のところ錬金術師と名乗っておくよ」


 妙な含みを持たせた言葉だった。

 だが、その真意を聞く前に、『錬金術師』は聞いてきた。


「君はこの世界を守りたいかい?」


 当たり前の問いかけだった。


「何言ってるんですか、先生」


 意味が分からなかった。


「当たり前です。世界を守るのが俺達の――」

「なら、望めばいい」

「は?」

「『魔女』にいなくなってほしいと」


 柔らかな笑みを浮かべたまま、言われた言葉に、

 切り裂かれるような痛みが走った。


「本気で言っているんですか」


 俺は無意識に錬金術師を睨みつけていた。


「貴方は彼女の協力者なんですよね?」

「ああ、そうだよ」

「なら、魔女がいなくなって困るのは、貴方の方では?」

「……そうだね」

「なら、」


「君の発言は矛盾している」


 さらに言い募ろうとした瞬間、錬金術師は指摘した。


「世界を守りたい。それが君の主張だった筈だ」

「そうですが」

「だけど、君は世界のことより、『彼女』のことが心配みたいだ」

「え、あ……」


 言われて初めて気が付いた。


 そうだ。世界を守りたいなら、元凶である『魔女』を殺さなければいけない。

 なのに、俺は、


「本当は君はどうしたいんだい?」

「俺は、」

「一つ言っておくが、君が望まない限り、『彼女』は止まらない」


 一呼吸置いて、錬金術師は断言した。


「彼女は君の為なら世界を壊す」


 一瞬思考が停止した。


「俺の為?」

「そうだよ」

「……待ってください。え、あ、じゃあ」


 頭が混乱した。

 

 錬金術師の言葉が事実だとすれば、


 国が滅んだのも、大陸が消えたのも、人が死んだのも、

 ――剣士が死んだのも、


 全部全部俺の為だったのだ。


 たったそれだけの為に魔女は、


「君を助ける為だよ」


 追い打ちをかけるように、錬金術師は言った。


「私も彼女もその為だけに動いている」

「意味が分かりません」

「やっとここまで来た」

「意味が、」

「だが、君が望むなら、無理強いは、」

「意味が分からないと言っているんです!!」


 頭の痛みを忘れて、思わず叫んだ。


「俺の為ってどういう意味ですか! 助けるって何から? 誰から?」


 完全に八つ当たりだった。

 最近、自分の記憶が欠落し、不安を抱え、恐怖し、

 だけど俺は勇者だからと言い聞かせた。


 説明できないからと、誰にも言えない。


 そんな時に、告げられた魔女の行動理由。


 取り乱すなと言うほうが無理だった。


「大体、俺はそんなこと望んでなんか――」

「だったら、彼女を追い出せばいい」

「追い出すって」

「この世界から」

「何言って、」

「望めば叶う。ここは君の為の世界だ」


 取り乱す俺に向けられる眼差しはどこまでも優しく、

 労りに満ちていた。


「試しに何でもいい。望んでごらん? 結果は後からついてくる」

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