第16話 塔
「いつものを出しておくから」
診療室で、白衣を着た医者が言った。
「はい、ありがとうございます。先生」
『俺』は医者に頭を下げ、医者の顔を見る。
疲れと苦労を滲ませた、優しげで穏やかな顔だった。
* * *
「―――」
夢から覚めれば、俺は塔に登っていた。
「どうしたの? 勇者」
前を歩く魔法使いが振り返る。
一瞬、その姿が他の誰かに映って見えた。
『どうしたの、「 」?』
「いや、なんでもない」
『妹』とは違う声が耳に届いた気がした。
が、頭を振って、笑って誤魔化した。
気を抜けば、いつまた夢に引き摺られるか分からない。
夢に浸っておきたい衝動に駆られても、
俺は何とか我慢した。
でないと、現実との境界線が曖昧になっていきそうで。
それがたまらなく怖かった。
「で、この塔に何の用だったんだよ」
「忘れたの、勇者」
呆れたように、魔法使いはため息を吐いた。
「この最上階に、私の師匠がいるの」
「魔法使いの師匠?」
「そう。あの人だったら何か知ってると思って」
魔法使いは魔女の存在を感知できないのに、違和感を覚えた。
自身の師匠に聞けば、何か分かるのではないか。
そう思い、この塔に登っているらしい。
「魔法使いの師匠ってことは、大魔法使いってことか?」
「……何言ってるの、勇者」
魔法使いは再び振り返って、言った。
「魔法使いの師匠なら、錬金術師が普通でしょ?」
* * *
最上階にいる魔法使いの師匠、錬金術師。
その人はかつて、とある大罪を犯し、
以降魔術が使えないこの塔の中に閉じ込められた。
ドラゴンを世界に放った。それが彼の人の罪だった。
「私を指南している時からあの人はドラゴンを幾度も幾度も放っていた」
一人前になった時には、彼女の師匠は塔に閉じ込められた。
魔法使いは師匠の罪は弟子の罪だと定め、
ドラゴン殲滅の為、勇者達と共に旅立った。
「師匠と会うのは百年ぶりよ」
「そう、か……」
何とも言えない気持ちになる一方で何かが引っ掛かっていた。
「……?」
だが、何が引っ掛かっているのか分からない。
「別に同情なんかいらないからね。勇者」
俺が黙り込むと、魔法使いは誤解した。
「師匠は師匠だから。あの人は私の知らないことを知ってる。
だから会いに行く。それだけだから」
『「 」君』
「……!」
魔法使いの言葉に被せるように、夢の中の声が響く。
頻度は日増しに酷くなっていく一方だった。
『ここがどこか分かるかい?』
穏やかな声だった。
――そうだ。
この声の主の顔ははっきりと覚えている。
声と同様に、苦労の滲んだ目元、穏やかな顔立ち。
鮮明に覚えている。
だからこそ、不思議でたまらない。
――なんで、『君』の顔が見えないんだ?
夢でしか会えない、名も分からない『君』。
どこかで聞いたことのある、声。
その顔はどうしても分からない。
思い出す頻度が増す度に、その顔が見たいと思う自分がいる。
――俺が好きなのは、聖女様なのに。
なのに、なんで、
「嘘……」
突然、魔法使いが呟いた。
気付けば、最上階に辿り着いていた。
「なんで……」
呆然とする魔法使いの背中越しで、
その姿を見た。
「ああ……来たね」
穏やかな声だった。
「ようこそ、ゆっくりしておくれ」
目尻に苦労と優しさが滲んだ顔だった。
牢獄の中、手足を鎖に繋がれた、紛れもない罪人。
その牢獄越しには、先客がいた。
――魔女。
彼女は静かに佇み、こちらを見返していた。
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