第15話 悪化

 魔女と魔獣の猛威は悪化の一途を辿っていく。


 どこかの村が焼けた。

 どこかの国が滅んだ。

 どこかの大陸が消えた。


 真偽の怪しい情報が錯綜し、全部真実だと報告を受ける。

 各国が派遣した兵士や賞金稼ぎが、魔女と遭遇し、

 結果どうなったかは言うまでもない。


 にもかかわらず、勇者や魔法使いがいる討伐隊は、

 一向に魔女はおろか、魔獣にも遭遇しない。


 一度もだ。


 報告を受けた時は、すでに後手に回っている状態。

 戦闘の為に編成された隊員達の中に、焦り、苛立ち、安堵、不安といった感情が入り乱れ、

 負の感情が蓄積されていく。


 ――おかしいだろ。


 あれ以来、一度も魔女に会わない。

 魔女の力がいくら強かろうと、魔法使いの力をもってすれば見つけるなんて造作もない。

 その筈が、一向に姿を見せない。


 ――なんで、会わないんだ?


 頭の片隅でそんなことを考えながら、


「……っ」


 俺は俺で、悪化の一途を辿っていた。



* * *


「おかしいですよ」


 焚火の灯に照らされながら、隊員の一人が言った。


「なんで魔女に遭わないんですか。こうしている間も被害は拡大してるっていうのに!」

「おい気持ちは分かるがな」

「魔法使い様、勇者様。魔女の行方は分からないんですか」


 隊員の矛先が俺達に向けられた。


「本当は分かってて何も言わないだけじゃないんですか」

「何が言いたいんだよ」

「勇者様達は魔女の手先じゃないんですか」


 焦りや怒りが入り混じる声が突き刺さる。


「だから、わたし達は魔女に遭遇しないんじゃ――」

「おい!!」


 隊員の非難を、誰かが止めた。


「やめろ、勇者様達に失礼だろ」

「答えてください」


 そんな制止を無視し、隊員の声が俺達に詰め寄ってくる。


「そんな訳ないでしょ」


 魔法使いは断言した。


「私達だって仲間を殺されたのよ、メリットがない」

「勇者様は?」

「俺は――」


 答えかけて、


『   』


 またあの夢を見た。



* * *



「   」


 名前を呼ばれて顔を上げる。


「見て、『   』。夕日が綺麗」


 視線の先を辿れば、眩しいくらいの夕日が映った。


「綺麗だな……」

「でしょ?」


 何故か自慢げに笑う『君』に、つられて『俺』も笑ってしまう。


 楽しかった。

 傍から見れば、単純で他愛ない話しかしていない。


 それでも、『君』と帰る放課後は、

 なにより『俺』にとっての楽しみだった。



* * *



「勇者」


 また魔法使いの声に引き戻される。


「……?」


 気付けば、俺の手は土塗れで汚れていた。

 見れば、墓標のように石を土に埋めている最中だった。


「なんで……」

「……気持ちは分かるけど」


 痛々しいものを見る眼差しで、魔法使いは俺を見ていた。


「誰か、」

「え?」

「誰か死んだのか?」


 間違いない。俺は墓を作っていたのだ。

 そうとしか思えなかった。


「あの隊員よ」


 魔法使いは答えた。


「自分の故郷が滅ぼされたって聞いて、それから」


 一人になりたい。そう言って隊を少し離れた。

 一向に戻ってこない隊員は、魔獣に喰い殺された状態で発見された。


 だけど、遺体はない。埋めようとした瞬間、溶けて消えてしまったからだ。

 その隊員は先程、俺と魔法使いに疑いの眼差しを向けた相手だった。


「なんで、」


 ――なんで俺はそれを覚えていないんだ?

 代わりに思い出せるのは夢の映像だけだった。


 ――最近、気付けば俺は記憶がない。


 いつの間にか移動していたり、誰かと話をしていたり、

 滅ぼされた村を訪れていたり、


 前後の記憶が殆どない。


 代わりに、鮮明になっていくのは夢の映像だった。

 今までだったら、目が覚めたら、曖昧になっていく。


 それが普通だったのに。

 曖昧になっていくのは、現実の記憶の方だった。


 どんどん、記憶が夢に侵食されていく。


 怖くなっていく一方で、同時に懐かしさを覚えてしまう。

 ――何より、


『   』


『君』の顔がよく見えない。それを酷くもどかしく思っていた。

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