【pixiv版/改訂版】最弱の勇者は、最強の魔女に世界を壊される。

ぺんぎん

第1話 勇者

 いつも夢に見る。

 それは決まって『君』の後ろ姿の夢だった。


 放課後、『俺』は決まって、『君』の後ろを歩いていた。

 『君』は『俺』に向かって、何か話しかけてくる。


 他愛もない話ばかりだった。

 それが心地よかった。


 だけど、今日それも終わりだ。


 『俺』は震える声で、『君』の名前を呼んだ。


 『君』は『俺』の方へと振り返る。


 『君』の瞳の中に、『俺』が映った瞬間、


「好きだ」


 反射的に答えていた。

 『君』が息を呑み、何か答えようとしてくれた。


 あの日、『君』がなんと答えようとしてくれたのか。

 『俺』は夢の続きを知らない。



* * *


「―――ってば、勇者ってば!」

「!」


 我に返ると、こちらを見上げる格好で、

 見知った顔がこちらを睨みつけていた。


「勇者、何度も呼んだんだけど」

「……ああ、悪い」


 ムスッとした顔は、十二、三前後と言ったところか。

 ただ容姿や態度、表情だけ見れば、実年齢よりも幼く見えてしまう。

 そんな少女だった。


「勇者、今絶対失礼なこと考えてたでしょ」

「それも悪かった」

「そこは否定してよ!」

「あ、いや。それより何かあったのか?」


 逸らし方が露骨だったせいか。

 しばらくの間、睨みつけられていたが、

 

「まぁ、いいけど」


 そう言って、少女はため息を吐いた。


「何度呼んでも、返事がなかったから、どうしかしたのかと思っただけ」

「ああ……それは、」


 先程の夢を思い出そうとする。

 けど、すぐに輪郭はあやふやになっていく。


「それは?」

「寝てたみたいだ」

「ふうん。立ちながら?」


 言われて気づいた。

 俺は立ったまま、寝ていたみたいだった。


「……いや、これは修行だ」

「修行?」

「立ったまま寝る修行だ」


 どんな修行だよと内心、自分に突っ込んだ。


「なんで立ちながら?」


 意地の悪い彼女はにやにやと笑いながら、

 尋ねてくる。


「すぐに戦闘になってもいいようにな」

「戦闘なんて起きないでしょ。敵もいないんだし」


 苦しい言い訳を重ねる俺に対し、彼女は言った。


「だって私達が倒したんだから」

 

 誇らしげな笑みだった。


 彼女の名前は、魔法使い。

 俺の名は、勇者。


 俺と魔法使いは、あともう一人仲間を連れて旅をしていた。

 目的は、ドラゴンの駆逐。


 かつてこの世界には、ドラゴンが生息し、空を支配していた。

 ドラゴンによって滅ぼされた国は数知れず、人々は恐怖と絶望の中過ごしていた。

 ドラゴンと人間の戦いは千年以上にも及んだ。


 その戦いに終止符を打ったのが、勇者達だった。

 勇者達は激闘の末、ドラゴンを滅ぼし、世界を救った。


 今では平和になった世界で、俺達は英雄として崇められていた。


「今でも慣れないけどな」


 手に馴染んだ剣の重みを思い出す。


「戦いがない世界なんて」

「いいことじゃない」


 魔法使いは呆れた様子で、俺を見た。


「勇者はもっと平和に慣れるべきだと思うよ」

「確かに、そうだが」

「あと、腰にある剣」


 俺の剣を指差して、魔法使いは言った。


「早く持たないようにしなよ」

「それこそ、癖だな」


 俺は肩をすくめた。


「俺より剣士の方が問題だろ」

「だって剣士だし。剣士が剣持ってないと格好つかないでしょ?」

「……確かに」


 言われてみれば確かにその通りだった。


「だけど、あの見た目であれ持ってるとな……」


「呼んだか?」


 後ろから圧迫感を覚えた。

 振り返れば、予想通りの相手が立っていた。


「……剣士」


 年は十八、九といったところか。

 そこにいたのは、見た目が整った男だった。

 

 ただし、巨漢でもあった。


 見る者を圧倒し、後ろにいれば圧迫感さえ覚えてしまう。

 それほどの大きさと、背中に携える剣も相まって、


 剣士というよりも戦闘狂にも見えてしまう。

 そんな男だが、不思議と威圧感を覚えない。


 それは彼の容姿と人柄のせいかもしれない。


「剣士、いきなり後ろに立つなよ」

「悪い、楽しそうな声が聞こえて、ついな」


 人懐っこい笑みを浮かべて、男はそう言った。

 彼の名は、剣士。


 俺と魔法使いと共に、ドラゴンを滅ぼした仲間の一人だった。


「で、何の話してたんだ?」

「勇者が平和に慣れないって話」

「戦い足りないのか? 勇者すげえな」

「違う」


 即座に否定した。


「なんか、ずっと戦い続けてたから」


 感覚が染み付いている。そんな状態だった。


「まぁ、気持ちは分からなくもないがな」

「あとは……」


 なんとなく気まずくなり、地面を見た。


「聖女様か?」


 ドキリとした。


「ああ、聖女様の前に格好つけたいのね。勇者は」


 合点がいったとばかりと、魔法使いは手を打った。


「でも、そんなことしても聖女様は喜ばないと思うけどな」

「違う」

「違うぞ、魔法使い」


 魔法使いの言葉に、俺と剣士がほぼ同時に否定した。


「複雑な男心ってやつだ」

「男心?」


 きょとんとすれば、やはり魔法使いは幼さが際立つ。

 ――聞いた話だと、見た目より実年齢が上だった筈だが。


「勇者」


 案外勘が鋭いのか。ぎろりと睨まれた。


「また失礼なこと考えてたでしょ」

「……」


 ここで頷けば、魔法で攻撃されるに決まってる。


 だから、ここはひとまず、


「用事を思い出した」


 戦略的撤退だ。


「教会でしょ、どうせ」


 だが、その言葉にピタリと足が止まった。


「勇者の用事なんて決まって教会だし」

「正確には聖女様な」

「そうそう」


 訳知りな顔で頷き合う二人。

 仲いいな、お前ら。


「せっかくだし私達も行くよ」

「いや、なんでだよ」

「もちろん、勇者が狼狽える姿を見に」


 魔法使いの言葉に、頷く剣士。


「……」


 俺は随分、悪趣味な仲間を持ったものだ。

 つくづく、そう思った。

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