幕間 勅命

「三分の二……」

「はい」

「確かですね」

「左様でございます、国王陛下並びに神父様」


 茫然と報告を受けていた。

 報告しているのは、国王の密偵達――の一人である。


 その密偵もまた体は傷だらけであり、死んでいないのが不自然な程だった。


「よりにもよって三分の二とは……」


 歯ぎしりせんばかりに唇を噛んでいるのは、神父だった。

 神経質な横顔はこの短期間で皴が増えた様子だった。


「勇者達は一体何をしているのでしょうか……!」

「静かにせよ、神父」


 深いため息を吐く国王の傍らには王妃の姿はない。

 すでに亡くなっており、後添えを据える様子もない。


「大儀であった、密偵よ」

「はっ」


 言うや否や密偵は死んだ。


 だが、国王も神父も驚く様子もない。

 当然だ。


 次々に挙げられる報告を終えれば、用が済んだとばかりに、

 密偵が目の前で次々と死んでいるのだ。


 感覚が麻痺し始めていたのもまた、自然な流れだった。


「どうなさるおつもりですか、国王陛下」


 玉座に座る王に対し、神父は慇懃無礼な態度を崩さない。


 だが、そんな態度に構っている程、国王も暇ではなかった。


「厄介なことになった……」


 三分の二と、死んだ密偵は言った。


「……勇者達は今どこに?」

「現在は――」


 神父が勇者達の位置を知らせれば、国王は命令した。


「直ちに魔女討伐隊を呼び戻すのだ」



* * *


「国王陛下。ただいまご命令に従い、参上いたしました」

「楽にせよ」


 王命によって帰還を命じられたのが昨日だった。

 魔法使いの力によって、討伐隊全員を移動魔法によって移動させるのは困難だった。


 故に、まずは勇者のみ移動し、謁見に臨んでいた。


「まだ魔女が見つからぬようだな」

「汗顔の至りです」

「言い訳はよい。勇者よ、王命を下す」


 一瞬死を覚悟した勇者だったが、次の王命に呆然とした。


「聖女と婚姻せよ」

「はっ…………は?」

「聖女を妻に娶り、聖女を守れ」


 聞き間違いではない。

 国王は聖女様を娶れと言ったのだ。


 だが、喜ぶより先に疑問が湧いた。


「何故、聖女様をお守りすることが、妻に娶ることに繋がるのでしょうか」


 無論、聖女様に何かあれば命を賭ける所存ではある。

 だが、それは婚姻と何ら関係ない。

 

 何より聖女様を娶るなど、神の所有物を奪うことと同義。

 ひいては教会側を敵に回すことになる。


 そんなことを、国王が命じるのも違和感があった。


「三分の二だ」

「は?」

「世界が三分の二、滅ぼされた」


 魔女の力によって。

 国王の呟きに、喉の奥が引き攣る音がした。


「残りはこの国しかない」


 玉座から国王は勇者を見下ろした。


「聖女が命を落とせば、世界は終わりだ」


 何故聖女様が命を落とすことが、世界の終わりになるのか。

 聞くことは叶わず、俺は、


「故に聖女の側近くに仕え、魔女を殺せ」


 命令に従う他なかった。



* * *



「厄介なことになった」


 険しい顔で、誰かが言った。


「彼の状況が悪化した」


 誰かの前には、真剣な面持ちで見つめる少女がいた。

 少女は、誰かの言葉に耳を傾けながら、


「先生」


 綺麗な声だった。


「私はどうすればいいですか」

「……本来なら、」


 誰かは慎重に言葉を選ぼうとして、


「君は彼を見殺しにする必要がある」


 残酷な宣告をした。にもかかわらず、少女は一切動揺しなかった。

 言われると、分かっていたのだろう。


「そんな話は聞いていません」

「だろうね」

「彼を助ける方法についてです」


 少女の中に、彼を見殺しにする選択肢はなかった。


「彼を助ける為には、」


 少女には『最もできない方法』を口にする。


「勇者の想い人の『聖女様』。――彼女を殺すこと」

「……」

「それが最短ルートだ」

「分かりました」


 少女は即断即決だった。


「今から彼女を、」


 流れる黒髪が泉のように広がる。


「聖女様を殺しに行ってきます」

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