第5話 過去

「あいつら……」


 なるべく声を潜めて、俺は文句を呟いた。


「見つかったらどうするんだよ……」


 真正面から入るならともかく、移動魔法によって転移した。

 れっきとした不法侵入である。


 ばれたら、ただでは済まない。


『大丈夫よ』


 頭の中に声が響く。


『気配消しの魔法もかけてるから』


 得意げに魔法使いの声が言ってくる。


「……」


 移動魔法に、気配消しの魔法。

 言葉を相手に届ける、思念の魔法。


 一つだけならいざ知らず、一度に三重の魔法を使いこなしている。


 相当な魔力と実力。

 全て兼ね備えていないとできない。


「実力は折り紙付きなんだがな……」


 別のことに使えよ。この実力。


『今使わないで、いつ使うのよ』


 考えでも読んだかのようなタイミングで、声が響く。


『早く行って』


 急かされるがまま、行こうとして、


『   』


 誰かが『俺』を呼んだ気がした。


 振り返っても誰もいない。


「………?」

『勇者? どうしたの』


「………なんでもない」


 今度こそ、聖女様の元へと走っていく。


『   』


 もう一度、誰かが『俺』を呼ぶ声がした。

 それは酷く、懐かしさを感じるものだった。



* * *



 無理だ無理だと言いすぎだと、昔言われたことがある。

 

 勇者だと言われる以前だ。

 俺は、自信がない村人の子供に過ぎなかった。


 幼馴染の剣士は周囲に囲まれて、楽しそうなのに。


 何をやったところで、何もできない。

 満足にできやしない。


 そんな自分が嫌で、見るのも嫌で、嫌な自分さえ見たくなくて。


 いつしか俺は自分が嫌いになっていた。


『おれが、ゆうしゃ、ですか』

『はい、そうです』


 教会の人間が俺を呼びに来た。


 曰く、お告げがあったとか。


 ドラゴンを打ち滅ぼし、世界に平和をもたらす存在、『勇者』。

 それが自信がないばかりの、ちっぽけな自分が。


 『勇者』に、選ばれてしまった。


『いやです』

『え?』

『おれはいやです。ゆうしゃにはなれません!』


 それから散々だった。

 心配した剣士と魔法使いが俺を半ば無理矢理王都へと連れ出した。


 俺は散々、勇者は無理だと言い続け、脱走を図ったことさえある。

 何度もある。その度に魔法使いや剣士が見つけ出し、こっぴどく怒られる。


 その繰り返しを経て、王都へ辿り着き、教会に入り、


 彼女と出会ったのだ。


『あなたが、ゆうしゃさまですか』


 銀色の髪、紅の瞳。

 慈愛を宿らせた、微笑み。


 自分と同い年の筈の、綺麗な少女に、


 聖女様と出会ったのだ。


 一目惚れだった。


『どうかせかいをすくってください』


 見惚れるばかりの、幼い俺に彼女は言った。


『ゆうしゃさま』


 その日から俺は勇者になった。


 好きな子に格好つけたい一心だった。

 剣術とか、武闘とか、戦い方の基本とか。


 言葉遣いや立ち居振る舞いに至るまで。


 それらをすべて叩き込まれた。


 修行を続ける中、『事実』を知った。


 聖女は十六を過ぎれば、ドラゴンを殺す為、その身を喰い殺される。

 生贄に過ぎないのだと。


『本当です、勇者様』


 信じられなくて、聖女様に聞いた。

 あっけなく聖女様は頷いた。


『【聖女】とはそういうものです』

『貴女はそれでいいのですか』

『はい』


 迷いなく少女は言い切った。


『それが私の務めですから』


 間違っていると思った。


 自己満足でも、彼女を助けたい。

 そう思い、今まで以上に研鑽を積んだ。

 

 同時に一つの疑問がずっと頭の中を駆け巡っていた。


「……」


 それを聞けないから、言えないままなのだ。


 だからこそ、俺は、


「………勇者様?」


 扉を開ければ、聖女様が祈りを捧げていた。

 俺が来るとは思っていなかったのだろう。


「どうされたのですか?」

「………聖女様。一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「? はい、私で答えられることでしたら」


 微笑みながら、頷く聖女様。

 そんな彼女に向かって、俺は言った。


「貴方は、自由がほしくないんですか?」

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