第6話 自由
「自由、ですか?」
「はい」
「仰っていることがよく分からないのですが……」
困惑した様子で、聖女様は微笑んだ。
「聖女様は俺達に自由になってほしいと仰った」
「ええ、勿論」
「ですが、それは聖女様にも当てはまるのでは?」
聖女様は息を呑んだ。
「勇者様、何を」
「聖女様が罪人として裁かれる。その事実は俺にとって耐えがたいのです」
多くの聖女がその身を犠牲にし、世界を守ってきた。
だが、当代の聖女様は世界を守らず、命を繋いだ。
だから、罪人になる?
そんな現実があっていい筈がない。
「聖女様、俺は貴方に自由になってほしい」
「……」
「聖女様、貴女が望むなら、俺は、」
「……です」
「え?」
「嫌です」
聖女様は震えていた。
「聖女様?」
「嫌だと言ったのです」
泣き出しそうな顔が、こちらを睨みつけていた。
「せいじょさ、」
「そうです。私は聖女です。聖女でなくてはならないのです」
小刻みに震え、こちらを睨みつける姿は、
まるで迷子になった子供のように見えた。
「勇者様は何にも分かっていらっしゃらない」
「え?」
「『聖女』ではない私に何が残ると言うのです?」
そんな切り返しをされるのは初めてだった。
「この髪も瞳も、『聖女』だから許されるのです」
泉のように流れる美しい銀色の髪を、聖女様は強く握りしめた。
忌々しげに、苦し気に、憎々しげに。
「自由? 勇者様は知らないからそんなことが言えるのです」
今まで見たことがないくらい、
彼女の瞳には激情が渦巻いていた。
「――化け物」
「え?」
「聖女と讃えられるまで、私はそう呼ばれてきました」
親類縁者もいない。両親もどこの誰かも分からない。
そんな彼女は銀色の髪と紅の瞳を持っていた。
それが人々には不気味に映ってしまう。
「食事も、ここに来るまでまともなものを食べたことすらありません」
時には石を投げられた。そのぐらいならまだいい方だった。
「目玉をくり貫かれそうになったすらあります」
必死に抵抗し、命からがら逃げ出した。
そんなある時。神父に見出され、聖女として教会に連れてこられた。
「まともな食事をした感動は今でも忘れられません」
初めて聖女として立った時のことを。
自分の存在を認められた瞬間を。
「ドラゴンに喰い殺される? そんなことはどうでもいいのです」
聖女として在り続ければ、化け物と蔑まれずにすむ。
それだけで充分だった。
「なのに、勇者様達が現れた」
その時の心情は、彼女以外には誰にも分かるまい。
ドラゴンはある意味、彼女の存在意義だった。
それを滅ぼされたら最後、彼女は聖女ではなくなってしまう。
「またあの日々に戻るのかと怖くて怖くて仕方がなかった」
一刻も早く、ドラゴンに喰い殺されたかった。
聖女としての自分を失う前に、聖女として死にたかった。
だが、望みは絶たれた。
勇者達の活躍により、全てのドラゴンが滅ぼされたからだ。
「存在意義を失うのかと思い怖くて怖くて仕方がなかった」
「聖女様……」
「ですが、それは杞憂でした」
ふっと、彼女は微笑んだ。
安心しきった様子で、しかしどこか虚ろな目で。
「罪人として裁かれ、まだ聖女としていられるからです」
「……!」
「足枷も苦ではありません。まだここにいられる証なのですから」
心底安心しきった顔で言われた。その姿が逆に痛々しく思った。
「聖女様」
「こんな人間なのです、勇者様」
遮るように、彼女は言った。
「聖女なんて名ばかりで、自分のことばかり考える。そんな人でなし」
「俺は、」
「自由を与えたいなんて言わないで。お願いだから私から、」
顔を上げた彼女は泣き出しそうな顔で懇願した。
「生きる意味まで奪わないで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます