第22話 消失

『わたしのものだったから』


 聞いた瞬間、俺は部屋の中にいた。

 部屋から出た形跡はなく、俺はずっと部屋にいた。


 魔女と出会った時間は鮮明な夢だった。

 そう言われた方が信じられる。


 以前までの俺だったらそうだった。

 だけど、今の俺は、


『ひつようだから』


 彼女は現実だと思った。


* * *


「ゆう、しゃさま」


 教会を訪れた際、聖女様の声が掠れていた。


「ようこそ、おこしに、」


 掠れた声は、辛そうだった。


「聖女様、どうされたのですか?」

「いえ、その……」


 掠れた声で何かを言おうとしても、声にならない。

 そんな痛々しい姿だった。


「……っ」


 喉に手を当て、必死になって声を出そうとする。


「聖女様、無理に声を出しては……」

「いえ、だいじょうぶ、です……」


 息を出し、目を閉じる。

 再び目を開けた瞬間、赤い瞳に俺の姿が映って見えた。


「もう、問題ありません」


 鈴の鳴るような、綺麗な声。


「申し訳ございません、勇者様」

「いえ、大事がないのなら構いません」

「有難う御座います」


 ふわりと、聖女様は微笑んだ。

 こちらを安心させるような、柔らかな笑みだった。


「具合が悪いのですか?」

「いえ、その……」


 困った様子で、聖女様は言った。


「実は……」

「はい」

「実は昨日から声を出そうとすると、声が……」

「枯れてしまうのですか」

「はい。枯れるよりも失っていくという感覚が近いですが」

「失う、ですか」

「はい」


『あのこえはもともとわたしのものだったから』


 不意に魔女の言葉が脳裏を過ぎる。


「あの、聖女様」

「? はい」

「昨日のいつからでしょうか」

「え、それは……」


 怪訝そうに首を傾げながらも、聖女様は答えてくれた。


「昨日の夜からです」


 魔女が声を発した時刻と同時刻だった。


* * *


「やあ」


 湿気を含んだ、黴の匂いがする。

 いつ聖女様と別れたのか、何故ここにいるのか。

 まるで覚えていない。


 まるで足元がぐらぐらと揺らぐような、

 現実味の乏しい感覚に襲われる。


「歓迎するよ」


 穏やかな声がこちらを迎え入れる。


「……」


 何故ここにいるのか。俺はどうやって来たのか。

 後ろから聞こえる声の主は何故驚かないのか。


 疑問はたくさんあったが、『何故ここにいるのか』の答えは知っている気がした。


『望めば叶う』


 俺が望んだからだ。ここに来たいと。

 荒唐無稽な発想だとしても、死んだ人間が生き返っている時点で、

 どんな突拍子もない現実も受け入れられる気がした。


「……」


 心臓の鼓動が速い。深呼吸をして、それを整える。

 振り返れば、会いたいと望んだ相手がいた。


「ん?」


 牢獄に囚われていながらも、穏やかな笑顔を崩さない。

 錬金術師がそこにいた。


 俺はいつの間にか、塔の中にいた。

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