【第36話:マッサージ】
こちらを見下ろす魔人。
その胸には、傷跡一つ残っていなかった。
「馬鹿な……たしかに心臓の辺りを貫いたはず……」
しかし、それは胸の傷だけでは無かった。
「な!? 腕や足の傷まで、全て完治しているのか!?」
こんな奴……いったいどうやって倒せって言うんだ!?
茫然自失とはこういう状態のことを言うのだろうか。
何も考えられない。思いつかない。
しかし、敵は待ってくれなかった。
「ぐっ!? がっ!? かはっ!?」
槍の武器適性Sランクのお陰で何とか反射的に攻撃を防いでいたが、狂ったように殴り掛かってくる魔人の猛攻に、完全に防戦一方となる。
しかも、魔人の膂力は凄まじく、攻撃を完全にいなす事が出来ないため、みるみるうちにダメージが蓄積していくのがわかった。
「ぐっ!? このままじゃ……」
……殺られる……。
ミヒメとヒナミの二人を守るんじゃなかったのか。
オレは何も出来ないまま、こんな所で諦めるのか……。
その時、少し離れた場所で、必死に戦う二人の姿が目に入った。
助けてやりたい。
助けてやるんだ。
そう願うオレの気持ちとは裏腹に、オレは猛攻に耐え切れず、左肩に魔人の拳をまともに受けてしまう。
「ぐぁ!?」
吹き飛び、何度も地面に打ちつけられるなか、なんとか意識だけはとぎらせまいとするのが精一杯だった。
右手で槍を握り締め、杖のように使って何とか立ち上がるが、暗い笑みを浮かべながら近づいて来る魔人に対して、もうオレに出来る事は何もなかった。
「ここまで、か……」
しかし、折れかけたオレの前に二つの影が飛び込んできた。
「なに、諦めてるのよ!!」
「そうだよ~! 頑張ろう?」
「ふ、二人とも……」
ミヒメとヒナミも魔人を倒したわけではない。
それでも、オレがやられているのを見て、助けに来てくれたようだ。
既にウォリアードッグたちは皆やられてしまっており、残りはオレたち三人だけ。
「私たち、パーティーメンバーなんでしょ? 仲間なんでしょ? だったら、少しは頼りなさいよね!」
「そうだよ~! 力あわせて頑張ろ~!」
明るい声を出してはいるが、もう見るからに二人もボロボロで限界だ。
だけど、だからこそ、それが嬉しかった。
「あぁ……あぁ! 三人で力を合わせて切り抜けるぞ!」
そこからは、もう無我夢中で槍を振るった。
魔人は途轍もない回復力を持っているようだが、オレたち三人の持つ武器なら傷をつける事は出来た。
だから、どんなに苦しくても槍を振るい、魔人の拳を、ククリナイフを掻い潜り、傷を刻んでいく。
ミヒメとヒナミも大したもので、オレが危ない所を何度もサポートしてくれ、隙をみつけては魔人を攻撃してくれた。
普通の魔物なら、とっくの昔に死んでいるような傷を何度も与えている。
だけど、魔人の回復力は凄まじく、どれだけ傷つけても、暫くすると傷口は塞がり、回復してしまっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……さすがに、ちょっとだけ疲れたな」
「はぁはぁ……なによ? もうバテたの?」
「……はぁはぁ、頑張らなきゃね……」
ここまで諦めずによく頑張ったと思う。
だけど、もう槍があがらない……既に限界はとっくの昔に超えていた。
二人だけでも逃げて欲しいけど、言っても聞かないだろうな……。
パズ……お前は無事なのか?
街を滅ぼすとか言っていた。
こんなのが何匹もいたらさすがにお前でも厳しいか?
「パズ……でも、お前ならきっとリズを、街を守ってくれるって信じてるぞ」
そうか、当たり前か……え?
「今、声が聞こえた気が……」
「ばぅわぅ!!」
「うわっ!?」
今度は足元から大きな声が聞こえて飛びのくと、そこにはいるはずの無い、目つきの悪いチワワの姿が……。
「え? え? どうしてパズがここにいるのよ⁉」
「わわ、ほんとにパズだ! どうして?」
間違いなくそこには、しっぽを大きくぶんぶんと振る、パズの姿があった。
「ばぅわぅ!」
「ちょっと待っててって、いったい何を……」
するつもりだ? そう言おうとした言葉が続かなかった。
なぜなら、既に辺り一面が白銀の世界になっていたから……。
「え……凍ってる……」
「う、うそでしょ……」
「えぇ……まっしろ……」
見渡す限りの景色が、凍りつき、白一色に染まっていた。
草原の草花が、ところどころに生える木々が、永い時の中で朽ち果てた遺跡の残骸が、全て凍っていた。
そしてその景色の中には、氷像と化した二体の魔人の姿も。
「お、オレたちが死に物狂いで戦った相手を一瞬で……」
「ばぅわぅ」
「え? 止めを刺せって……でも、パズ。魔人はあらゆる傷を回復してしまうんだよ。今のうちに逃げよう」
そうなんだ。パズが圧倒的に強いお陰で、命の危機は去ったかもしれない。
だけど、心臓を貫いても死なない魔人は倒せないのではないか?
そう思い、口にしたのだが……。
「ばぅ? ばぅわぅ!」
「え? 角を壊せって? 魔人の本体は角?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? なんでパズがそんな事知ってるのよ!?」
「ばう?」
「な、なんて言ったの?」
パズの言った事がわからず、オレを見てくるミヒメ。
「えっとだな……『ボク、勇者(犬)だから当然知ってるよ!』だそうだ……」
「な!? なんで勇者の私たちが知らない事をパズが知ってるのよ!?」
「
そんな会話をしている間にも、今度はオレたち三人に回復魔法をかけてくれるパズ。
「……なんか私、勇者としての
「まぁ、パズのお陰で助かったんだから、文句言わないの。パズ、ありがとね~♪」
「ばぅっふっふ♪」
後でマッサージする事を許してあげる♪ ……いや、通訳はやめておくか……マッサージぐらいは後でオレがしてやろう。
「ミヒメ、ヒナミ、二人で一体ずつ魔人の角を破壊するんだ」
「え? でも……」
「二人とも職業クラス『勇者』だから、オレと違ってレベルが上がりにくいんだし、遠慮するな。二人のレベルが上がってくれた方がオレも心強いしな」
「わ、わかったわ」
「ユウトさん、ありがと♪」
二人が魔人の角を斬りつけると、身体ごと粉微塵に砕け散った。
破壊すると、魔人から放たれていた異様な気配が確かに収まった。
パズの言っていた事は本当のようだ。
「終わったのか……」
こうしてオレたちは、激しい戦いの末、なんとか勝ちを拾う事が出来たのだった。
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