【第4話:生まれて初めて】

「ヒョォー!! ヒョォー!! ヒョォー!! ヒョォー!!」


「ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!!」


「ヒョォー!! ヒョォー!! ヒョォー!! ヒョォー!!」


「ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!!」


 えっと……本当にオレは、何を見せられているんだ……?

 右足、凄い痛いんだが、この間に逃げちゃダメかな? 逃げられそうなんだけど?


 でも、実際に動こうとしてみると、思った以上にゼノにつけられた傷は深いようで、少し動かしただけで激痛が走った。


「痛っ!?」


 あ……思わず痛みに声が出て、逃げようと思ったのがバレたからか、すげぇジト目で睨まれた。


「え? 嘘だろ? まさか……回復魔法が使えるのか!?」


 ジト目で睨まれたと思ったのだが、どうやら単に目つきが悪いだけだった。

 すまん……。


 驚いた事に、あのちいさな犬の魔物は回復魔法が使えるようで、オレの身体を淡い魔法の光が包み込んだかと思うと、右足の傷口がみるみる閉じていった。


「どう見てもふざけているようにしか見えないんだが、凄すぎるだろ……あいつはいったい何なんだ?」


 何やらオレは気に入られているようだし、鵺と変な声で張りあいながらも、オレの傷を治すほどの余裕がある。

 命を救って貰った形になるし、せめてオレはこの戦いを最後まで見守ろうと思った。


 そして、とうとう本格的な戦いが始まる。

 ちいさな犬の魔物の方から仕掛けたのだ。


「ばぅわぅ!!」


 一瞬で鵺に詰め寄り、その眼前から掻き消えるように横に回り込むと、いきなり尻尾の蛇の頭に噛り付いた。


「ビョォー!?」


 蛇の頭を齧って鵺にもダメージが入っているようだが、確かギルドの情報では、尻尾の蛇は即効性の猛毒を持っているとか書いていた気がするが、大丈夫なのだろうか。


「あ……ペッて吐き出した……」


 不味そうに顔を歪め、何度も「ペッ! ペッ!」って唾を吐きだしている。

 速効性の猛毒って唾吐き出したぐらいじゃダメな気がするんだが、ピンピンしてるな……。


 そんな隙だらけの行動をしていても、鵺が激昂して次々と放つ鋭い爪の攻撃を難なく躱していた。


 そして、ようやく唾を吐くのをやめると、今度は「怒ったぞ!」とジェスチャーで表現しながら、反撃し始めた。


 いや、鵺は尻尾噛まれただけな気もするが……敵なのでまぁいいか。


「ばうぅぅ!!」


 鋭い爪の連撃をちいさな体を活かして掻い潜ると、猫パンチ……いや、犬パンチ? を繰り出した。


 そしてまた吹き飛ぶ鵺。


「い、いったい、あの小さな体のどこにそんなパワーが……」


 吹き飛んだ鵺は大木を圧し折り、ようやく止まったようだが、今度はかなりのダメージがあるようだ。

 何とか起き上がってはみせたものの、苦痛に顔を歪めていた。


 そんな苦悶の表情を浮かべる猿の鼻に、追い打ちがかかる。


「ビョギョォッ!?」


「鼻に噛みついた……あ……投げ飛ばした」


 ちいさな魔物は鼻に噛みついたかと思うと、そのまま体を捻り、まるで背負い投げのように鵺を投げ飛ばした。


 その直後、苦し紛れに出した鵺の巨大な爪が、ちいさな体を襲うが、何故かその爪の攻撃は空中で静止していた。


「なんだ? 何かキラキラと……ん? 氷?」


 氷だった。

 驚くほど透明な氷が、巨大な虎の爪を、手を包み込み、氷漬けにしていた。


 そこからは、あっという間の出来事だった。


 辺り一帯の気温が急激に下がったかと思うと、陽の光を反射してキラキラと浮かぶ何かが無数に現れ、それがやがて、いくつもの巨大な氷柱を創り出していく。


「氷の魔法……しかも、同時展開……」


 王宮にいる宮廷魔法使いでも、簡単な魔法の火矢を数本創り出すのがやっとだと聞いた事がある。

 実際シリアは、切り札の炎の玉も一つしか出せないし、普段は小さな炎の礫を一つ放つのがやっとだった。


 もちろん魔物と人間とを、同じ物差しで比べるのは間違っている。


 高ランクの魔物の中には、強力な魔法を行使してくる奴もいるにはいる。

 だけどどちらかというと、それは威力や規模が大きく、詠唱を必要としない代わりに、魔法そのものは単純なものしか使えないといったものだ。


 一部例外として、ドラゴンやリッチのような特別な上位存在ならば、人には扱えないような複雑な魔法を扱うものもいるらしいが、であれば、このちいさな犬の魔物は、そのような特別な存在に匹敵するという事だろうか?


「ばぅ」


 そんな事を考えていると、数えるのも馬鹿らしくなるような氷柱が、小さく吠えた声に合わせ、全周囲から鵺に向けて撃ち放たれたのだった。


 ◆


 オレは、夢か幻でも見ていたのだろうか。

 そこには、思わずそう考えてしまうような光景が広がっていた。


 あまりにも強力な氷魔法に、周りの木々までが凍り付いている。

 この一角だけ、まるで北にあるという氷の森が出現したかのようだ。


「凄すぎるだろ……」


 その中心にいるのは、ちいさなちいさなふるえる・・・・犬の魔物。


「……え? 自分でやっておいて、寒いのかよっ!?」


 あ、思わずツッコんでしまった……オレ、こんなキャラじゃないんだが……。


 自分で創り出した寒さに凍えてふるえる犬の魔物は、オレの声に気付くと、やっぱり寒いのか、ぎこちなく尻尾を左右に「ぶん……ぶ、ぶん……」と振りながら、こちらに向かって歩いてきた。


 凄まじい強さを見せつけられた直後だが、何故だかオレは、あまり怖いとは感じなかった。

 それどころか、どこか懐かしいような、それでいて愛しいような不思議な感情を覚え、戸惑っていた。


 こいつに命を救って貰ったからだろうか?


 そして、オレの足元まで辿り着いたちいさな魔物は、目つきの悪い三白眼で、ただただこちらをじっと見つめていた。


「ありがとうな。助かったよ」


 魔物に話しかけるなんて、自分でも馬鹿なことをしているとは思うが、でも、ちゃんと言わないといけない気がした。


「ばぅ♪」


 そんなこと気にすんな! って言われた気がした。


「ばぅわぅ。ばぅぅわぅわぅ?」


 ところでユウト。ボクのことわからない? って言われた気がした。


「………………」


「ばぅぅ?」


 どうしたユウト? って言われた気がした……。


「……って、なんでやねん!! なんで言葉がわかるんだよっ!?」


 オレは生まれて初めて、一人絶叫ツッコミというものをしたのだった。

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