【第3話:なんだこれ?】

「……え?」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 鵺は不気味な猿の顔をこちらに向けて、なぜか動かず、歪んだ笑みを浮かべて佇んでいる。


 右足が熱い。


 そして……遅れて襲ってくる痛み。

 オレの右の太ももを、ゼノ大剣がえぐるように貫いていた。


「ぐぁぁぁ!? ぜ、ゼノ!? な、なにをっ!?」


 オレは激痛で立っておられず、片膝をつきながら、ゼノを睨みつける。


「言ったろ? 頼って良いって?」


 ゼノは軽薄な笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「だからさぁ……囮役になってくれや」


「な、何を馬鹿なこ……」


「だって、そうだろ? お前が頑張った所で、俺たちが助かるわけがねえじゃん。相手はBランクのネームドだぜ? ここまで面倒見てやったんだ。ここで恩返ししろよ。村長の爺には俺から命の恩人ってことで美化して伝えておいてやるからよぉ」


 さ、最悪だ……。


 この三か月、ガイやシリアとは、馬鹿にされながらもそれなりに話をしていた。

 だが、ゼノは話しかけてもほとんど無視されるので、ほとんどまともに話をしたことがなかった。


 だから、その邪悪な本質に気付かなかった……。


「おい! お前ら! ユウトがありがたく囮役を務めてくるんだ。さっさと逃げるぞ!」


 ゼノに怒鳴られて、そこでようやく状況を理解した二人が慌てだす。


「え……? で、でもよぉ……いくらなんでも……」


「ちょっと可哀そうじゃ……」


「うるせえ! ごちゃごちゃ抜かすな! どうせコイツじゃ、たいして時間なんて稼げねぇんだ! そいつと心中したいのか!?」


 一瞬、二人が助けてくれるかと期待したが、ゼノの一喝で黙り込んでしまった。


「ユウト……悪りぃ!」


「あ、あんたが実力も無いのにうちなんかに入るから!」


 そして、それぞれオレにそう声をかけると、既に逃げ始めたゼノの後を追って、走り去ってしまった。


「くっ……こんな所で死ぬことになるのか……」


 鵺は表情の読めない猿の顔をこちらに向けて、まだ動こうとしない。

 猿の表情などよくわからないのだが、何かオレが生贄のように差し出された事は理解しているように感じた。


「でも、動かないなら、逃がしてくれない、か……」


 そう呟きながら、右太ももの痛みを我慢して立ち上がり、後ろに一歩踏み出したのだが、その瞬間、鵺の巨体が飛びかかってきた。


「ぐぁっ!?」


 咄嗟に盾を構えたものの、足の怪我で踏ん張る事もできず、オレは水平に吹き飛んでいた。


「ぐっ、がっ、ごっ、ふがっ!?」


 数瞬後に地面と接触し、そこから更に無様に転がっていく。


 たったの一撃だった。

 爪の攻撃をたった一回防いだだけで、盾は壊れ、身体はもうボロボロだった。


 ダメだ……とても一人で相手出来るような魔物じゃない……。


 それでも、このまま寝ているつもりはない。

 敵わないのはわかっていても、せめて最後まで足掻こう。


 そう思って顔をあげると、至近距離で目があった。


「へ……?」


 でも、至近距離で目が合ったのは鵺ではない。


 ふてぶてしい態度の三白眼。

 十センチと離れていない場所からオレの顔を覗き込み、見つめ返してきたのは、さっきのちいさなちいさな犬の魔物だった。


「お前、なんでここに……? って、そんな場合じゃない! ここは危ない! 早くどっか行け!」


 思わず口をついて出た言葉。

 可愛い容姿をしているとはいえ、何の関係もない、さっき見かけただけの存在。


 それなのに、どこかとても懐かしい感じがして、放っておけない気がした。


「ばぅわぅ!」


 しかし、そのちいさなちいさな犬の魔物は、逃げるどころかオレに背を向けると、横たわるオレと鵺の間に割って入るように……そう、まるでオレを庇うように、鵺と向かい合った。


「なっ!? 何してるんだ!? 敵うわけないだろ!? 余計な事せずに逃げろって!!」


 魔物同士が殺し合うことなど、別に珍しい事ではない。

 ダンジョンの中ではよく起こる事だ。


 だから逃げろと叫んだのだが、ちいさな魔物はちらりとこちらを振り返り、サムズアップを決めてみせた。


 え? なんだ……そんな風に見えたが、犬の姿でそんな事をできるはずはないのだが、そのように見えた気がした。


 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!!

 何か余裕の態度で、とことこと鵺に近づき始めたのだ!


 そこへ、さっきまでとは違って明らかに不機嫌そうな鵺が、同じくゆっくりと近づいて行く。


 そして、さっきオレを吹き飛ばした爪の一撃を……。


「危ないっぃぃぃぃぃ!?」


 一瞬何が起こったのか、わからなかった。


 いや……起こった事はしっかり見えたのだ。

 凄まじい速さで放たれた鵺の爪の一撃だったが、ここからは少し距離が離れていたため、その動きはしっかりと目で捉える事ができた。


 出来なかったのは、起きた事への理解・・だ。


「……え……」


 一言で言えば、オレの胴体ほどもある鵺の大きな手が、爪が、弾かれたのだ。


 何に?


 ちいさな犬の魔物が跳び上がって放った、オレの指ほどの大きさのちいさな前足の一撃にだ。


 そして、その姿が掻き消えた。


「ばうっ!!」


 小さな可愛らしい鳴き声と共に聞こえたのは「どごんっ!」という鈍い音。


「うそぉん……」


 さっきのオレ宜しくに、鵺が吹き飛んだ。水平に。

 その場に残心風に後ろの片足をあげた、ちいさな犬の魔物を残して……。


 たぶんだが、後ろ蹴りのようなものを放ったのだろう。

 その光景を見ていなければ、ただ、縄張りを主張するマーキングをしているようにしか見えないが。


 しかし、さすがはBランクのネームド。

 鵺は鳥のような奇声を発し、ふらつきながらも立ち上がった。


「ヒョォー!! ヒョォー!!」


 さすがに侮っていた鵺も本気になったのだろう。

 その猿の顔には、明らかな怒りの表情が見て取れた。


「ばぅ~!! ばぅ~!!」


 ……なんかちいさい方も対抗して変な鳴き声をあげた……。


「ヒョォー!! ヒョォー!! ヒョォー!!」


「ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!! ばぅ~!!」


 なんだこれ……?

 オレはいったい何を見せられているんだ?

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