【第2話:頑張るから】
茂みをかき分け現れたのは、ちいさなちいさな魔物だった。
それを見て少しだけ余裕ができたのか、そこでようやくオレは緊張で剣が震えている事に気付いた。
「ははは……さすがにこんな小さな魔物にびくびくしているようでは、ゼノやガイに文句も言えないな……」
しかし、ここは見た目は森だが、れっきとしたダンジョンだ。
正確には『トロリアの森』という。
そして、ダンジョンには動物は生息しておらず、寄り付く事はまずない。
だから、この体重三キロにも満たないような凄くちいさなこいつも、魔物の可能性が高い。
あまり油断して良い状況では無かった。
「それにしても、本当に魔物なのか……?」
地面をクンカクンカと嗅いでいるその姿は、控えめに言っても……凄く可愛い……。
初めてみるその姿は、狼……いや、犬型の魔物だろうか?
狼型だとすると、森に出現するフォレストウルフ、犬型だとするとキラーハウンドという魔物が思いつくが、こんな小さな個体の話など聞いた事が無い。
体長は三十センチほど、少し丸っこい体に、短い足。
艶のある毛並みの色は黒をベースに黄褐色の差し色が入っており、たれ耳に少し団子鼻なのが愛らしい。
「ばぅ?」
ん? 魔物の癖に意外と気配に疎いのか?
それとも地面の匂いを嗅ぐのに集中して気付かなかったのか、ようやくこちらの存在に気付いて、その小さな頭をこちらに向けた。
「なんか、めちゃくちゃ可愛い魔物だな……」
ただ、目が三白眼なうえ、凄いジト目でこちらを見ているからか、その愛らしい容姿と違って、なんだかとてもふてぶてしい。
「こっち来るなよ? お前みたいな魔物と戦いたくないからな?」
オレは通じないのはわかっていながらも、自然とそう話しかけていた。
「お、おい……来るなって……」
しかし、魔物に言葉が通じるわけもなく、鼻をすんすんさせながら、こちらにゆっくりと近づいてきて……。
「あ……流された……」
意外と流れの早い小川に流されていった……。
「……は? ……な、なんだったんだ……」
小さくなっていく姿に呆気に取られ、暫く呆然としてしまった……。
オレはとりあえず戦わなくて良かった事にホッとするが、革袋を投げ出してしまっていた事に気付いて、慌てて水を汲み直した。
水を汲み終え、急いで皆の元に戻ろうとしたその時だった。
後方から、ゼノたちと思われる怒号が聞こえて来た。
と同時に、何か爆発音のようなものが鳴り響く。
はっ!? そうだ! この音は、シリアの切り札の攻撃魔法だ!
「な、なんだ!? ゼノたちに何があったんだ!?」
ゼノたちは、ホブゴブリンを倒した場に留まっていたはずだ。
普通に考えれば魔物に襲われる事はないはずなのだが、聞こえてくる音からは、激しい戦いが行われているとしか思えない。
考えているうちにオレは、いつの間にか走り出していた。
「オレが駆けつけたからって、役に立てないかもしれないけど……」
それでも……関係はあまり良くないとはいえ、約三か月間、ずっと行動を共にしていた仲間だ。
放っておくことは出来なかった。
◆
オレが皆の元へと辿り着いた時、目に飛び込んできたのは、見上げるような巨大な魔物の姿だった。
「くそっ!? なんでこんな奴がここに出てくるんだよ!!」
頭は猿、手足は虎で胴体が狸。尾が蛇になっているその姿は、高ランクの魔物のキマイラだ。
「こいつ、たしかギルドの掲示板に貼ってあった奴だろ!?」
「そ、そうだわ! 前の街にいた時に、噂になってた奴よ!」
オレも冒険者ギルドの掲示板で読んだので覚えている。
こいつは、キマイラの中でも特別な名を持つ、所謂ネームドと呼ばれる強大な力を持つ個体『
そして、独自の名を持つような強大な力を持つ魔物には、先の安全地帯の話は当てはまらない。
ダンジョンの枷から解き放たれ、自由に移動できるのだ。
「ゼノ、ガイ、シリア! そいつは『
冒険者のランクに合わせて、魔物にもランクが付けられている。
あくまでも強さの指標としてだが、目安としては、同ランクの魔物は、同ランクのパーティー数人で何とか一体相手をすることが可能とされている。
だからオレたちは、このダンジョンの中でも、単体でDランクの魔物がわくとされている場所を選んで回っていた。
「ちっ! Bランクってマジかよ!?」
鵺が放つ鋭い爪の一撃を大剣で弾きながら、ゼノは一旦距離を取った。
「や、やばいぜ、ゼノ。とても俺たちが勝てるような相手じゃねぇ!!」
「に、逃げましょうよ! 私、まだこんな所で死にたくないわよ!?」
いつも図体同様に態度のデカいガイが、顔を青ざめ、逃げ腰になっていた。
シリアも切り札の魔法を使って魔力切れを起こしているのか、それともガイ同様に精神的なものなのかはわからないが、顔が蒼く、両の手で自分の腕を掴んで震えていた。
まともに動けているのはゼノだけの状況だった。
「ぜ、ゼノ! オレも頑張るから、何とかして逃げよう!」
オレは怖くて震えそうになる体を無理やり動かすと、剣と盾を構えて、いつものようにゼノの横に並び立った。
本来なら、オレたち二人の前にガイがいるのが『ソルスの剣』の定番のフォーメーションなのだが、ガイが完全に怖気づいてしまっていて、役に立ちそうにない。
その分、オレが頑張るしかない!
「あぁん!? お前がいくら頑張った所で役になんか……」
この世界では、魔物に止めを刺す事で、身体能力や魔力があがるとされている。
それなのにオレは、いきなり強い魔物との戦いばかりを強要されていたため、自力では全く止めがさせず、勿論、パーティーメンバーがわざわざ止めを譲ってくれるような事もなかったため、ただの村人と大差ない力しか持っていない。
ゼノの言う通りではあるよな……オレがいくら頑張ったところで……。
そんな事を考えていたため、オレはこの時、ゼノの顔に浮かんだ歪んだ笑みに気付かなかった。
「なぁ、ユウト? 俺たち仲間だよな?」
「……え? あ、あぁ! 仲間だよ!」
「じゃぁさ……頼りにして良いよな?」
「勿論さ! が、頑張ってこのピンチを切り抜け……」
思ってもみなかった言葉をかけられ、思わず喜んだその時、
「頼りにさせて貰うぞ?
その言葉の意味を理解した瞬間、オレの太ももに激痛が走ったのだった。
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