【第34話:怖くても】

 ボス部屋の前にある開けた場所でオレたちは対峙していた。

 三人の男たちの装備は、いずれも冒険者ギルドが斡旋しているような駆け出し冒険者向けの安いのだけが売りの装備。


 だけど……武器だけは違った。


「あれはククリナイフって奴か」


「なんか、いかにも暗殺者って感じの装備ね……」


「たぶん、実際に暗殺者なんだろうね~……」


 二人ともお道化てみせているが、声がちょっと震えている。

 ようやく魔物との戦いに少し慣れてきたところだ。

 それがいきなり命を懸けた対人戦なのだから、平気な方がおかしい。


 だけど……やはり勇者として授かった精神耐性が働いているからか、普通ならパニックを起こしてもおかしくない、こんな状況下でも、武器を構えて冷静を装っていた。


「相手の強さがわからないが、まずはオレとウォリアードッグたちで対処するから、ミヒメとヒナミは打ち合わせ通り、とにかく自分たちの身を守ることだけを考えてくれ」


「……今更、そのことにもう文句は言わないけど……き、気をつけるのよ?」


「話し合いの時にも言ったけど、ユウトさんが危なそうなら、私たちも黙ってないからね?」


「気持ちには感謝するけど、そうならないように精一杯頑張るとするよ」


 いざという時に二人も戦えるようにと、出来るだけの事はしてきた。

 この迷宮を選んだのも、人型の魔物との戦闘を経験することで、近いうちに訪れるかもしれない対人戦に備えてだった。


 だけど……だからと言ってこの世界に来たばかりの一三歳の女の子に、すぐに人と戦えとは言いたくなかった。


 これはオレの我儘だ。

 でも、だからこそ無理を通す!


「ウォリアードッグはフォローを! オレが片付ける!!」


 もう手放せない相棒になった霊槍カッバヌーイを手に、男たちに向けて駆けだすと、勢いそのままに突きを放った。


「ちょ!? 駆け出し冒険者じゃなかったのかよ!?」


 オレの放った突きはすんでの所で躱され、ただ一人、即座に反応したゲンという男が、ククリナイフで首を狙って反撃してきた。


「ちっ!? そう簡単には倒させてはくれないか」


 オレは霊槍カッバヌーイをくるりと廻してククリナイフを石突で弾くと、槍の薙ぎ払いで間合いを確保する。


「すまねぇ……」


「てめぇ。ただの冒険者じゃねぇな!」


 やはり街でやりあった男たちとは別格の強さだな。

 ゲンという男が一番強そうだが、他の二人もかなり腕が立つようだ。


「あれを避けるのか……お前たちももう油断するなよ。しかし、お前、いったい何者だ?」


 ようやく三人とも本気になったのか、ククリナイフを構えて怒気をはらんだ声で誰何してきた。


「何者って、『ゾルド教・・・』の『宵闇・・』御一行様は、わかってて襲って来てるんじゃないのか?」


「なっ!? こいつ、なぜ我々の事を……」


 一昨日、俺たちはダンジョンでのレベル上げを終えて冒険者ギルドに行くと、また個室に通され、色々と情報を提供して貰っていた。

 魔王を信仰している者たちの名がわかったと。


 その名は『ゾルド教』。


 教団の規模は驚く事に、この国だけに留まらず、他国にまで及ぶという。

 この世界で一五年生きてきたが、魔王を信仰するような危険な奴らが、そんなに沢山いるなどとは夢にも思わなかった。


 そして今、オレたちを襲ってきている三人組の男は、その実行部隊『宵闇』の者たちで間違いないだろう。


 しかし、ここまでの情報を貰っていながら、まさかこんな迷宮の最深部で仕掛けてくるとは思っていなかった。

 襲ってくるなら、迷宮へ向かう途中か、迷宮を出た帰り道だと思っていた。

 それをこんな迷宮の最深部で襲ってくるのだから、腕は予想していた以上に高そうだ。


「お前たち……以後は私語は厳禁だ。気を引き締めてかかるぞ」


 オレが教団の名を知っていたからだろう。

 ゲンと呼ばれていたリーダー格の男が、そう言ってハンドサインで指示を飛ばすと、じりじりと間合いを詰めてきた。


「じゃぁ、こっちもそろそろ本気で行くとするよ」


 ……口ではカッコつけているが、正直めっちゃ怖い……。

 怖いけど……覚悟はとっくに出来ている!


 せっかくパズのお陰で手に入れた力だ。

 そして二人は、ようやく出来た本当の仲間と呼べる者たちだ。

 ここで仲間を守るために使わなくて、いつ使うって話だ!


「はぁぁ!!」


 オレは気合いと共に一気に間合いを詰めると、薙ぎ払いを放って奴らの陣形を崩し、まずは軽口を飛ばしていた奴に向けて渾身の突きを放つ。


「ぐっ! げはっ⁉」


 先ほどとは違い、即座に反応してみせた男だったが、渾身の力で放った突きは僅かに軌道を変えただけで、男の肩に突き刺さった。


「野郎!!」


「待て! 焦るな!!」


 仲間が肩を貫かれたのを見て逆上した男が、ゲンの制止を聞かずに斬りかかってきた。


「ふっ!!」


 この男もかなり手練れのナイフ使いだと思うが、しかし、槍とククリナイフでは間合いが根本的に違う。

 オレは即座に槍を引き抜くと、その勢いを円の動きに変え、ナイフを突き出してきた手を槍の切先で斬り払った。


「ぎゃぁ⁉」


 腕を大きく斬られてナイフを落とす男。

 オレはそのまま槍ごと身体を一回転させると、最初の男共々、渾身の薙ぎ払いで纏めて吹き飛ばした。


「「ぐぇ!?」」


 パズと主従契約を結び、更にレベル上げを経た事で、オレの身体能力ステータスはかなりのものになっていた。

 当てたのは石突の方だが、頭部に直撃して吹き飛んだので、少なくとも意識は完全に刈り取っただろう。


「さすがユウト!」


「わぁ♪ ユウトさん、やっぱり強~い!」


 前世含めて生まれて初めて受けた黄色い声援に、ちょっと意識を取られそうになるが、一番強そうな奴がまだ残っているので、気を引き締める。


「ゲンと言ったか。さぁ、残りはお前だけになったぞ? どうする?」


 仲間二人があっという間にやられて、ゲンという男も焦って踏み込んでくるかと思ったが、意外と冷静に間合いをとり、こちらの様子を窺っていた。


「……仕方ないですね。街を担当した奴らと違って、こっちは使う必要はないと思っていたのですが……」


「なっ!? 街にも刺客を放っているのか!?」


 一応、宿の人たちはパズが守ってくれているので、滅多な事は無いと思うが、それでも万が一という事もある。


「お前達は自分の事を心配した方が良いとは思うが……良いだろう。どうせ死ぬのだ。教えてやろう」


 この状況で、未だに崩れないこの余裕はなんだ?

 ブラフだろうか?


 確かにゲンこいつは強いとは思うが、こちらはまだウォリアードッグたちすら参戦していない。

 さっきまでは三人いたので、戦闘のどさくさに逃げられないように周りを取り囲んで貰っていたが、最後の一人なら、こちらが数に物を言わせて仕掛けてしまえば、勝つことは勿論、ゲンは逃げる事も出来ないはずだ。


「街には刺客を放ったのではない。あの街は滅ぼす事に決定したのだ」


「滅ぼす、だと……?」


「なな、何を馬鹿な事言ってるのよ!」


「う、嘘だよね?」


 ありえない。

 街には衛兵もいれば、多くの冒険者たちもいる。

 仮に、このゲンと同程度の強さの男が、一〇人、いや二〇人、三十人と向かった所で、街を滅ぼすことなど不可能だ。


「ははは。まぁ信じられないよなぁ」


 男はさっきまでの気迫が嘘のように自然体に戻り、ククリナイフを鞘に戻すと、倒れている男たちの方へと歩いていく。


「わかるぞ。俺もこれを知るまではそう思っていたからな」


 なんだ? 何をするつもりだ?

 何か……嫌な予感がする!


「させるな! そいつを倒せ!」


 オレがウォリアードッグたちに指示を飛ばした瞬間、ゲンは倒れていた男に向かって、杭のようなものを突き刺したのだった。

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