【第33話:ゲン】

 遺跡型ダンジョン『ルテカ』に通い始めてから五日が過ぎていた。


 レベル上げを目的とした攻略はいたって順調で、ミヒメとヒナミの二人はレベルをある程度あげる事に成功している。

 まだ高ランク冒険者と比べるとかなり低いレベルのようだが、職業クラス『勇者』の強力な補正のお陰か、もうその辺りの冒険者には負けない強さを手に入れていた。


 また、二人のように詳細なレベルなどがわからないオレも、感覚的な話ではあるが、確かに身体能力ステータスがあがっている事を実感していた。


 そして今オレたちの目の前には、小さなコロシアムのような建物が見えている。

 ここは、ダンジョン最深部である所謂ボス部屋と言われる空間だった。


「本当に挑戦するのか? オレたちの目的はレベルをあげて強くなる事なんだから、無理にボスに挑む必要もないんだぞ?」


 ここのダンジョンは既に攻略されているので、ボス部屋で待ち受けているのは『迷宮の主』ではなく通常のボスなのだが、それでもここまで倒してきたゴブリンやその亜種たちとは別格の強さを誇っているはずだ。


「ここまで来て何言ってるのよ?」


「強い敵とも戦っておかなくちゃ、いざって時に足元を掬われる~とか宿で話してたのは誰かな~?」


 う……宿で晩御飯を食べている時に「冒険者の心得とかないの?」とか聞かれて、つい知ったかぶりしてそんな事を言った気がする……。

 まぁ本当に冒険者として上を目指すのなら必要な事ではあるのだが、蒸し返されるとちょっと恥ずかしい。


 まぁ二人とも勇者なわけだし、これから格上や同格の敵とも戦う事が間違いなく訪れるだろう。

 その時、今のように準備万端で挑めるとは限らない。


 そう考えると、このタイミングで強い敵と戦っておくのも悪くないか。


「そうだな。強い敵との戦いも経験しておく必要もあるし、挑んでみるか」


「そうこなくっちゃ!」


「ここのボスは……」


 ミヒメが喜び、ヒナミがギルドで聞いたボスの情報を確認しようとしたその時だった。


「「「「がぅ!!」」」」


 オレたちから少し離れた場所で待機していたウォリアードッグたちが、突然、声をあげて駆け寄ってきた。


「えっ!? い、いったい何よ!?」


「わわっ⁉」


 見た目筋肉アレな四匹の魔物が突然駆け寄ってきたら、何事かとちょっとビビるのは当然か。

 しかし、今はそんなどうでも良い事に納得している場合ではない。


 職業クラス『獣使い』の能力で、その声が警戒を示している事がわかったオレは、ミヒメとヒナミの二人にもそれを伝える。


「気をつけろ! 何か来るぞ!」


「え? え? だから、いったい何よ!?」


「わわっ!? どうしたの?」


 オレが突然告げた警告に一瞬怯えた声をあげた二人だったが、すぐさま武器を構えて態勢を整えた。

 どうやら、この五日間の経験は無駄じゃなかったようだ。


「「「「がうぅぅ!」」」」


 ウォリアードッグたちの警戒の声が一層大きくなったその時、そこに現れたのは……魔物などではなく、三人の男たちだった。


「あれ~……ゲンさん、なんかもう警戒されちゃってるみたいだよ?」


「ゲン、こいつら俺たちの情報掴んでるじゃねぇのか?」


「おい、お前ら……名前を呼ぶなと言っておいただろうが……」


 パッと見は冒険者の恰好をしているが……あきらかにおかしい。


「お前たちはいったい何者だ?」


「え~? もしかしてバレてなかった? じゃぁ、冒険者ってことで!」


 揶揄うようにそう返した男の装備は、見るからに安物の新品だ。

 そしてそれは、その男だけではなく、三人が三人ともだ。


 そう。だから、確かに冒険者には見える。

 見えるのだが……その姿はまさしく駆け出し冒険者のそれだ。


 街で初心者向けに売っている安物の革鎧に、安物の丈夫な服。

 しかも、見るからに新品に見える。


「そんなまっさらな駆け出し冒険者装備で、たった三人で最深部にこれるって、あきらかに不自然だろ」


 いくらここが低ランク向けのダンジョンとは言え、ボス部屋前の最深部まで、装備に傷一つ付けることなく辿り着く事が出来るというのは、あまりにも不自然だ。


 まぁ、オレたちもここまで全く攻撃は喰らわずに来たのだが、ミヒメとヒナミは勇者だし、オレはパズと主従契約を結んだことにより身体能力ステータスを大きく向上させた上で、『トロリアの森』でレベルもそれなりにあげてから挑んでいる。


 そんな特殊なパーティーでもない限り、駆け出し冒険者の三人パーティーが、ここまで無傷で辿り着くなどありえなかった。


「そもそも、さっきからのその言動を聞いていて、疑わない馬鹿はいないだろう……」


「あらら。ゲン、やっぱダメみたいだぞ?」


「そもそも、冒険者風に見せようとか言いながら、ゲンが予算ケチるからじゃねぇのか?」


「だからお前ら、名前を呼ぶなと言っているんだ……」


 やはり例の教団からの刺客か何かか?

 こいつら、言動はふざけているが隙がない。かなりの手練れだ。


 それにしてもこのタイミングか……ボス部屋に挟まれる形になってしまって、逃げ場がないな。


「ゲンと言うのか。お前たちはいったい何者だ? オレたちに何の用だ?」


 こっちはウォリアードッグたちも含めて臨戦態勢を取っているというのに、武器すら手に取っていないので、さすがにいきなり斬りかかるわけにもいかず、まずは誰何した。


「あ、ゲン、名前覚えられちゃったみたいだぞ?」


「ゲン、責任取れよ?」


「お前らな……」


 会話だけを聞いているとゲンと呼ばれている奴以外は、全く緊張感もなく、本当にふざけているとしか思えなかったのだが……。


「ゲン、そうイラつくなよ? どうせ…………殺すんだからさ」


 その言葉を切っ掛けに、戦いは秒読み段階へと移行したのだった。

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