【第8話:価値観】
恐る恐る振り返ると、広場で『迷宮の主』と思われるどでかい狼と、ちいさな魔……じゃなくて、一匹のチワワが対峙していた。
そして始まる例のやつ……。
「グォグォォォォォーーーーン!!」
「ばぅばぅばぅぅ~~~ん!!」
「グォグォグォォォォォーーーーン!!」
「ばぅばぅばぅばぅぅ~~~ん!!」
えっと……本当にオレは、また何を見せられているんだ……?
襲われたわけでもないのに、この間に逃げられないか?
あ……逃げちゃダメなのかなと考えていたら、今度は本当にすげぇジト目で睨まれた……。
「ふぅ……まぁ、もうパズを置いて逃げる気はないけどさ」
しかし、どうしてこうなった……。
あ……もう接近しての睨み合いに移行してしまったので、迷っている暇はないようだ。
オレはすぐに覚悟を決めると、広場へと、ボス部屋へと向けて駆けだしたのだった。
◆
オレがボス部屋の中へと飛び込むと、
「ばぅわぅ!」
パズがボスの情報を教えてくれた。
ちなみに、パズの鳴き声の長さと、念話で伝えてくる言葉の長さは一致していない。
それならいちいち吠えずに伝えてくれば良いのにと思うのだが、よくわからないが、なんか無言で言葉を伝えると気持ち悪いらしい。
それで『迷宮の主』の情報だが、あいつは『カイザーウルフ』という魔物らしい。
何か前世の二つの国の言葉が混ざってる気もするが気にしないでおこう。
大きさは目算なのでだいたいだが、体高、体長ともに四メートル。
前世の記憶に当てはめると、狼というより、ドーベルマンに近い気がする。
それよりも肝心の能力だが……。
「グォォォォォーーーーン!!」
「うわっ、一気に五匹も増えた!?」
眷属召喚の能力を持っているようだ。
大きさは大型犬程度でカイザーウルフと似た姿をしているが、小さい代わりにボスよりもかなり筋肉質だ。
「とと、こんな観察している余裕はないな」
オレは慌てて『霊槍カッバヌーイ』を手に取ると、さっそくとばかりに飛びかかってきた眷属『ウォリアードッグ』に向けて、渾身の突きを繰り出した。
「ギョワッ!?」
オレの突きの速さが予想よりも早かったのか、避けきれなかったウォリアードッグの肩に突き刺さる。
「良かった……すっげぇ筋肉隆々の体してるから、弾かれたらどうしようかと思った……」
ボディービルダーよろしく、ムキムキの体を持つウォリアードッグは、オレをターゲットと定めたようで、残りの四匹も皆オレの所に向かってきた。
さっきのスピードや槍を通して伝わってきた感覚から、眷属とは言え、ホブゴブリンなどとは一線を画す強さに感じる。
本音を言えば逃げ出したい気持ちで一杯だったが、たった一人……もとい一匹で迷宮の主であるカイザーウルフと戦おうとしているパズの事を考えると、ここで踏ん張るしかない!
オレは裂帛の気合いと共に、まだ技らしい技も覚えていない槍を使って、何とかウォリアードッグの攻撃をいなし続けた。
◆Side:パズ
パズは怒っていた。
この迷宮の主である「カイザー
(犬みたいな姿をしているくせに、狼を名乗っているなんて許せないのだ!)
パズの価値観はどうやら人とはだいぶんズレているようだ。
「グォォォォォーーーーン!!」
カイザーウルフの特殊な咆哮により、部屋を取り囲むように眷属たちが現れる。
そして、その眷属を見て、さらに怒りを覚えた。
(やっぱり手下は犬なのだ! 許せないのだ!)
やっぱりパズの価値観は人とは色々違うようだ。
「ばぅぅ!!」
パズは一声吠えると、鵺に致命傷を与えた
「グオォォ!!」
しかし、さすが迷宮の主と言うべきか。
パズの放った氷柱を、その巨体からは信じられない速さで左右にステップを踏んで躱し、間に合わないものも牙と爪で的確に無効化していく。
「ばぅっ!?」
パズは召喚時に、とある神様から勇者召喚のようにチート能力を授かっていた。
だけど、元の世界ではただのチワワである。
人を超える知能を授かったとはいえ、戦った経験は近所のブルドッグがせいぜいである。
まぁチワワにしてブルドッグを打ち負かす実力は、それはそれで凄いのだが……。
ただ、凄いと言ってもチワワである。
命を懸けた殺し合いの経験などあるわけもなく、たとえ勇者並みのチート能力を授かっていたとしても、今回の相手は迷宮の主であり、敵は強大であった。
「ばほぉぉぉぉぉぉむ!!」
ただ……それは授かった能力が「勇者並みのチート」止まりだったならばの話である。
パズのへたくそな咆哮により顕現したのは、キラキラと舞う無数の氷の結晶。
その一粒一粒には、恐ろしいまでの魔力が込められていた。
その魔力量を感じ取ったのだろう。
これまで余裕を見せていたカイザーウルフは、ここにきて初めて大きな動揺を見せた。
「グオォォン!!」
そして、本能から身の危険を感じ取ると、すぐさま攻撃へと転じた。
地面を爆散させる勢いで踏み込み、一瞬でトップスピードになると、パズとの距離を一気に詰め、今にも噛み砕かんと大きな口を開ける。
しかし、その時だった。
「ばぅ」
小さく吠えたその声を合図に、パズの周りに漂っていた氷の結晶が、静かに、まるで音をも凍り付かせるように静かに、カイザーウルフと交差したのだった。
◆Side:ユウト
オレは五匹のウォリアードッグのうち、一匹は何とか仕留めたものの、残りの四匹の猛攻に、徐々に劣勢へと追い込まれていた。
「くっ!? 捌ききれない!?」
オレの着ている安物の革鎧など、まるで紙切れのように斬り裂く鋭い牙や爪に、背中に冷たいものがはしる。
このままではパズがボスを倒す前にオレがやられてしまう!
そんな嫌な考えが頭をよぎった時だった。
「な、なんだこれは……」
今まで感じた事もないような、馬鹿げた魔力をすぐ側で感じたのだ。
その、余りにも膨大な魔力に、オレを襲っていたウォリアードッグたちですら、思わず攻撃の手を止めてしまっている。
「パズ、なのか……」
一瞬、迷宮の主『カイザーウルフ』の仕業かと思い、絶望を感じたのだが、この魔力の正体がパズだという事がわかって、そっと胸をなでおろした。
しかし安心したのも束の間、恐ろしい踏み込みでカイザーウルフがパズに襲い掛かった。
「あっ!? パズ! あぶなっ……い……?」
だが、巨大な顎がパズを噛み砕くかに見えた瞬間。
キラキラしたものが交差したかと思うと、まるでカイザーウルフの存在そのものが突然掻き消えたかのように消失し、霧のように霧散して、カイザーウルフは消えさったのだった。
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