【第15話:麺類食べたい】

 ギルド職員からありがたいお説教を頂いたあと、オレ達は今晩泊る宿を探してセルムスの街を歩ていた。


「そうですか……それじゃぁ、ちょっと別の宿をあたってみます」


 宿を断られるのはこれで三軒目。

 前世でも犬、猫などのペットと泊まれる宿を探すのは大変だったが、こちらの世界ではもっと大変そうだ……。


 この世界でも、普通にペットを飼う習慣はある。あるのだが、さすがにペットを連れて旅をするような人はまずいない。

 これが犬や猫ではなく馬などの騎乗生物なら、厩舎付きの宿屋があるのだが、家犬であるチワワのパズを外に放り出して、一人部屋で寝るのは何だか嫌だ。


 完全にオレの我儘だが、なんとかパズと一緒に泊まれる宿を見つけたい。


「さぁ、次をあたってみるか」


「ばぅ♪」


 でもパズは、街の中を二人でぶらぶらと歩けて嬉しいようで、さっきからご機嫌な様子だ。

 そんな姿を見ていると、こっちの沈んだ気持ちも明るくなってくる。


 まぁパズが原因で悩んでいるんだが、この際それは置いておこう……。


 しかし、セルムスの街はそれほど大きくない街なので、そもそも犬や猫と一緒に泊まれる宿が本当にあるかどうかも怪しい。

 実際オレの知っている宿はあと二軒しかないので、正直に言えば、もう無理かもしれないと半分諦めていた。


「まぁ、最悪宿が見つからなかったら、二人で野宿でもするか」


 前世のオレだったら、野宿なんて絶対に嫌だともっと焦っていたと思うが、なんだかんだで三ヶ月だけだが厳しい冒険者生活も経験してきており、随分図太くなっているようだ。何度も野宿をしているからな。


 まぁ街中での野宿は初体験だが……。


「ばぅ! ばぅわぅ!」


「え? いざとなったら氷の家を作ってくれるのか? ははは。それは寒そうだけど、なかなか楽しそうだ」


 氷の魔法を使える魔法使い自体少なく、オレは会った事が無いので詳しくはわからないが、そんな巨大な氷の建造物を創り出せる魔法使いなど、そうそういないだろう。


 まったく、頼もしい限りだ。


「あのっ! お兄さん、冒険者でしょ? うちに泊ってってよ!」


 頭の上のパズとの話に気を取られていると、突然、足元から声をかけられた。


 身長はオレの胸ぐらいだろうか?

 小さな女の子が、オレに話しかけてきていた。


「ん? 宿屋の勧誘か何かか?」


「うん! うちが宿屋やってるの! すぐそこの『赤い狐亭』だよ!」


 なんか麺類が食べたくなるような名前の宿だな。

 って、そうじゃなくて、オレの知らない宿のようだ。ダメもとで行ってみても良いかもしれない。


「そうなのか。実はオレも宿を探している所ではあるんだが……」


 そう言って頭の上からパズの脇を掴んで降ろすと、


「こいつと一緒なんだが……大丈夫か?」


 と、その少女の目の前に持っていった。


「わぁ♪ かわいい!! お犬さんだよね!? 凄いちっちゃい! 赤ちゃんなの?」


 うん。パズの可愛さが伝わってオレも嬉しい。

 じゃなくて、ちゃんと聞いておこう。


「こいつはチワワって犬種で、これ以上大きくならないんだよ。ところで、オレはこのチワワと一緒に部屋に泊まれる宿を探しているんだけど、お嬢ちゃんの家はどうかな?」


「へぇ~! こんなに小さいのに赤ちゃんじゃないんだね! チワワちゃん!」


「あ、名前はパズって言うんだ」


「パズちゃん! 私はリズちゃんだよ! パズちゃん、うちに泊まりに来るよね!」


「ばぅっ♪」


「じゃぁ、決まりだね! パズちゃんご一行様ご案内しま~す♪」


「えっと……本当に大丈夫なのか?」


 途中からパズに目を奪われていて、話が伝わっていない気がする。

 本当に泊まれるのかちょっと不安だけど、案内してくれるみたいだし、行くだけ行ってみるか。


 ◆


 宿に着くと、案内してくれた少女リズが、先に宿の中に入っていったのだが、


「駄目に決まってるでしょ!!」


 という、叱られる声が聞こえて来た。

 残念ながら、どうやら部屋にペットを入れるのはダメなようだ。


「仕方ない。元々向かっていた宿に行ってみるか」


 特にパズに話しかけるでもなく、なんとなく一人で呟いていると、今度はさっきリズを叱った声とは別種の怒鳴り声が聞こえて来た。


「何だぁ!? お前んとこは、こ~んなクソ不味い料理を客に振舞うのかよ!」


「ぺっぺっ! よくこんな飯を客に出せるよなぁっ!!」


 オレとパズは顔を見合わせると頷きを交わし、宿の中へと入る事にした。


「お客さん、やめてください。そんな不味いものは出してないはずですよ……」


「あぁん!? 『はずですよ』じゃねぇよ! なんだこのクソ不味い飯はよぉ!」


「お前らも、よくこんなくっそ不味い飯を食えるな!」


 宿の中に入ってみると、そこは食堂になっており、奥の席でいかにもチンピラといった感じ男二人が、料理にケチをつけて喚き散らしていた。


 ただ、他の客を見る限り、普通に食べていたようだし、状況から本当に不味いのではなく、何か言いがかりをつけているだけなのだろう事がうかがえた。


 今は他の客も「こんな飯、良く食えるな!」とすごまれて、食事の手を止めてしまっているが……。


「あっ……」


 他の何人かいた客も、お代をテーブルの上に置くと、関わるのは御免だと、食事も残して出ていってしまった。


 そんな中、一番手前にいた年配の男が、料理が運ばれてきたばかりなのか、まだ一口も手を付けていないというのに席を立とうとしたので、


「なぁあんた。食わないなら、それ、オレが貰っても良いか? 代金はオレが払うから」


 と話しかけた。


「え? あ、あぁ! 金払ってくれるなら喜んで!」


 男は若干、怯えながらも、払おうとしていたお代を懐にしまいなおすと、慌ててそのまま出ていった。


「じゃぁ、ありがたく頂こうかな」


 テーブルに残された料理は、この世界ではよくある黒パンに、鹿系の獣の肉を煮込んだと思われるシチュー。それに、蒸し野菜だ。


「お。旨い! 黒パンや蒸し野菜ならパズも食べれるだろ?」


 黒パンも麦の深い味わいがあって柔らかいし、シチューも具材のエキスが染み出て深い味わいで凄く旨い。


 パズにも黒パンを小さくちぎって口元に持っていってやると、


「ばぅん♪」


 と言って、もう一口くれとおかわりを要求してきた。


「な? やっぱり旨いよな?」


 そして、当然こんなあからさまなやり取りをしていれば、チンピラ風の男たちの注意を引くわけで……。


「おい……てめぇ、わざとか?」


 予想通り、絡まれたのだった。

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