【第18話:難攻不落】

 ◆Side:パズ


 ユウトと別れたパズは音もなく一瞬で駆け抜けると、ある物陰に潜んでいた。

 そこは、先ほどの店が見渡せる位置にある向かいの家。

 途中で拾った枝を頭につけ、その家の前に置かれた植木に紛れている……つもりだ。


 でも、そこで一つ忘れていた事を思い出す。


「ばう」


 なので、ちゃちゃっと用事を済ませてから、侵入を試みることにしたようだ。


「ばぅっふ~♪」


 そして、そのままご機嫌な様子で、先ほどユウトに見せた魔法で自身を覆うと、まるで瞬間移動のような速さで、物陰から物陰へとジグザグに、そして大袈裟に移動し、呆気なく店の中へと侵入を果たした。


「おい。さっき裏方・・の奴らが出てったけど、なんかあったのか?」


「知らねぇよ。そもそも関わりたくもねぇし、俺に聞くなっての。気になるなら親分に直接聞いて来いよ」


「馬鹿言うな! そんな余計な事聞いてみろ。俺が裏方の連中にボコられるじゃねぇか!?」


 聞こえて来たそんな会話に、一瞬、小さなマロ眉をひそめたパズだったが、しかし、そのまま聞き流して先に進むことにしたようだ。


「ばぅっ♪ ばぅっ♪」


 その後は特に何事も無く、ご機嫌に匂いを辿りながら、物陰から物陰へと渡り歩いていく。


 そして、とうとう目的の物があると思われる部屋の前へと辿り着いたのだった。


 ◆


 パズはユウトに言われた事を思い出していた。


『パズが戦って負けるとはオレも思わないんだが、出来るだけこっそり取ってこなきゃダメだぞ?』


『油断せずに気をつけて、出来るだけ見つからないようにする事』


 パズは首を傾げて考えた。

 どうやってこの扉を開けようかと……。


「ばぅ……」


 この扉を破壊するのは簡単だった。

 それは、魔法でぶち破っても良いし、そもそも物理的に蹴飛ばせば済む話だ。


 でも、それをするとユウトとの約束を守れない事になる。


 ここの扉が押して開ける扉なら、パズの身体能力で飛び上がってノブにぶら下がり、簡単に開ける事ができただろう。

 ここの扉が引き戸でも、何とか爪を引っ掛けて開ける事ができただろう。


 でも、ここの扉は手前に引いて開ける扉だった。


「ばぅぅ……」


 良い案が思いつかず、もう魔法で派手に破壊してしまいたい衝動に駆られ始めた時、ふと、とある方法が思いついた。


「ばぅわぅ!」


 パズは小声で吠えるという若干器用な真似を披露すると、目の前に氷の山を創り上げた。

 氷の山は階段状になっており、扉を開けるのに邪魔にならないように配置されていたいる。


 その氷の階段を鼻歌混じりで駆け上がると、ノブにも小さな氷を作り、そこからさらに棒状の氷を出現させた。


「ばぅむ」


 その棒状は加えるのに適した太さに作っていたようで、パズはそれを咥えると氷ごとドアノブを捻り、カチリと言う音を聞いてから引っ張った。


「ばぅぅ~♪」


 勝利の雄叫びをあげるパズ。

 パズが満足気に見つめるその先には、大きく開かれた扉があった。


 難攻不落の「手前に引く扉」が、攻略された瞬間だった。(パズ談)



 ◆Side:ユウト


 路地裏に現れたのは、全部で八人。

 昨日のチンピラ風の男二人はともかく、残りの六人はなかなか鍛えられており、荒事にも慣れてそうな気配だ。


 それなりに強くなったとはいえ、結構やばめかもしれない……。


「なんだ? 昨日、あの宿でご飯を食べたのがそんなに気に入らなかったのか?」


「この期に及んでまだ状況が理解できないのか? お前、何を探っている? いったい何が目的だ?」


 もう完全にオレが何か探っていたのがバレているみたいだ。

 というか、何か確証があってというより、さっきバッタリ会って、それでもう決めつけたようだな。

 何か上手い言い訳をしたところで、通じるような雰囲気ではない。


 この世界レムリアスでは、暴力がそれなりにまかり通ってしまう。

 だから、怪しいのは全部決めつけて排除した方が理にかなっているのだろう。

 こんな事を考えている間にも何人かが後ろに回り込んでしまい、逃げ場もなくなってしまった。


 しまったな……どうせ話が通じないなら、路地裏を抜けてこの先に見えている広場まで走り込めば良かった。

 こんな狭い所では思うように槍を振るえないぞ……。


 三ヶ月ほど冒険者を続けていたが、あくまでも魔物しか相手にした事が無いので、対人戦の経験は皆無だ。

 パズのお陰でステータスが驚くほど上がったから、そう簡単に負けないとは思うが、結構厳しい戦いになりそうだ。


「ん~もう何を言っても無駄みたいだな。それなら……さっさと始めるか」


 パズは行ったばかりだし、さすがにすぐには帰ってこれないだろう。

 ここは時間稼ぎするのではなく、正面突破を狙うしかない。


「まだ慣れてないからな。大怪我しても責任は取れないぞ?」


 オレは槍を置いていってくれたパズに心の中で礼を言うと、通り側にいる奴に石突を向けて槍を構えた。

 穂先には一応布切れをぐるぐる巻きにしてあるが、霊槍カッバヌーイの切れ味は凄まじいので、穂先で攻撃したら簡単に破けてしまうだろう。

 面倒だが、さすがに街中で人に大怪我をさせてしまうと、明確に襲われたとわかる証拠でもない限りオレの方が捕まってしまうからな。


「て、てめぇ、舐めやがって……おい、最悪殺しても構わねぇから、やっちまえ!」


 その男の言葉に、皆一斉に腰に下げたショートソードや、懐からナイフを取り出す。


「指示ばかりで、お前はかかってこないのか?」


「うっせぇ! 生意気な口を利いた事を後悔させてやる!!」


 パズと出会ってオレの人生は変わった。

 いや、変えて貰った。


 今はまだパズがいないと大したことも出来ないし、ただの新人冒険者でしかないが、せめてパズの主として恥ずかしくないよう、これぐらいのピンチは一人で切り抜けてみせる!


「こちらから行くぞっ!! はぁっ!!」


 オレは裂帛の気合いと共に、二段突きを放った。

 突然振り向き、回り込んだばかりで、まだ武器も構えていない広場側・・・の男に向けて。

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