【第20話:筋肉】

「さて……坊主、さっさとその槍を捨てろ」


 どうする……あの捕まっている女性を見殺しにするわけにもいかないが、ここで槍まで捨ててしまっては、さすがに勝てないだろう。


「・・・・・・」


「おい、どうした! さっさと捨てろよぉ!! こいつがどうなっても良いのかよぉ!!」


 くっ……オレが悩むのも待ってはくれないようだ。

 男は興奮して、ナイフを女性の目の前に掲げており、今にも顔を斬り裂いてしまいそうだった。


「わ、わかった。槍を捨てるから、その人を放せ」


 何とか時間を稼ごうかとも思ったが、これ以上は危険だと判断したオレは、槍を奴らの足元へと放り投げた。


 すると、その槍を後ろへと蹴飛ばし、いかにも小悪党な笑みを浮かべると、


「とりあえず、お前をボコボコにし終わったら解放してやるよ」


 と言って、復活した男たちに顎をクイっとあげて合図を送った。


 く……女性さえ解放されれば、多少は抵抗してと思ったが……。


「おい! 骨の二、三本は折っちまっても構わねぇ! とにかくまずは確実に無力化しろ! それから俺が、じっくりと何を嗅ぎまわっていたか、どこまで知っているのかを聞き出してやる!」


「へっへっへ。さっきはよくもやってくれたなぁ? あぁん?」


 さっき一度は倒した男たちも、ほとんど回復してしまったようだ。

 剣やナイフをしまってくれたので、どうやら即座に殺される事は免れたようだが、強面の筋肉質な男たち六人が、手の指をポキポキと鳴らしながら近づいて来る姿に思わず後退る。


「おい! 動くな! 女がどうなっても良いのか!?」


 本音を言えば痛いのはごめんなのだが、ここは覚悟してボコボコにされるか……。

 たとえオレがこのまま拉致されても、パズなら居場所を突き止めて助けに来てくれるだろう。

 それにパズはかなり強力な回復魔法も使えるから、腕を切断とかされない限りは何とかなるか。


 それでも、ほんとは痛いのは嫌だけど……。


「冒険者で武器の扱いが上手いようだが、筋肉じゃぁ負けてねぇんだ。俺たちの本当の筋肉ってのを思い知らせてやるぜっ!」


「くっ……ここまでか、って、あれ? 筋肉……」


「そうだ! 俺たちのきんに……うぼべしっ!?」


 オレを殴ろうと腕を振りかぶった男だったが、突然、オレにやられた時以上の勢いで吹き飛んでいった。


ウォリアードッグ筋肉マッチョたち……」


「「「がふがふ!」」」


 オレと男たちの間には、あの筋肉マッチョ犬こと、ウォリアードッグの三匹・・が、変なポーズを決めて佇んでいた。


 どうやら路地から一瞬で現れ、男たちの間をすり抜けてきたようだ。


「しかし、どうしてここに……」


 いや、そんなの聞くまでもない。パズが寄こしてくれたのだ。


「ななな、なんだその筋肉は!?」


 そこは『なんだその魔物は』って言うべきなんじゃないのか……。

 まぁそんな事はどうでも良い。


 しかし、これで一気に形勢は逆転した。


「いぼべっ!?」


 残りの一匹が、人質の女性を解放してくれたからだ。

 後ろで態度だけはデカい二人の男は、見事なキリモミを決めながら、仲良く吹き飛んでいった。


「がふっ」


「え? え? え? 犬? 筋肉? よくわからないけど、これ以上関わるのは御免だよっ!?」


 女性は何が起こったのか理解できないようで、更に怯えさせてしまった。

 一言、何か適当に説明しておくか。


「驚かせてすまない! オレは魔物使いみたいなクラスについているんだ。そいつは襲ったりしないから、そのまま家の中に避難してくれ」


「そ、そうなのかい? じゃぁ、そうさせて貰うよ。あたしのせいで悪かったわね!」


「いや! 巻き込んでしまい、こっちこそすまなかった!」


 オレと女性がそんなやり取りをしている間も、荒事専門っぽい残りの男たちは、ウォリアードッグたちに睨まれて、何も出来ずに立ち尽くしていた。


「残るはお前達だけだぞ」


 残りの男たち五人は、女性を解放したウォリアードッグが後ろからゆっくり歩いてきたことで、逃げる事も完全にできなくなり、よく見れば筋肉を……いや、身体をぶるぶると震わせていた。


 裏で色々と悪い事を重ねてきた奴らなんだろうが、この世界ではそんな経験があったところで魔物には通用しない。

 ましてや、迷宮の主の取り巻きであったウォリアードッグたちは、並の冒険者パーティーなど一匹で相手できるほどの強さを持っている。


「がうっ!!」


「ひぃっ!? か、噛み殺され……うぐぼへっ!?」


「え? 何で犬が殴っ……ぼふほげっ!?」


 そう言えば、さっきから犬なのに殴る蹴ると、その身の筋肉を遺憾なく発揮しているな……。


「さて……この後始末をどうするべきか……」


 残りの男たちも一瞬で意識を刈り取られると、一か所に集められ、文字通り山積みにされて転がされている。


 パズほどでは無いがウォリアードッグたちとはなんとなくの意思疎通はできるので、パズの事を聞いてみたのだが、家に侵入する時に別かれたらしく、詳しい事は何もわからなかった。


 一つわかったのは、どうやらここでオレを護衛して待てとだけ言われたらしい。


「パズには本当に助けられてばかりだな。しかし、こいつら悪知恵だけはありそうだし、どうするかなぁ……」


 このまま放置して場所を移してもいいんだが、男たちが衛兵の詰め所にでも駆けこんで、襲われて怪我をしたとか嘘の通報でもされると厄介だ。


 まぁこの世界じゃ喧嘩でちょっと怪我をしたぐらいでは、衛兵も動いてくれないと思うけどね。

 しかし、前世の記憶が無ければ、そんなの当たり前に感じていたが、冷静に考えると中々ハードな世界だ……。


「とりあえず、ここで待つか。パズが戻ってきたら、腹は立つがこいつらの怪我を魔法で治して貰ってから、宿に戻ろう」

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