第23話 バイト先の悲劇


 今週も土曜日まで、毎日ガールズバー『アルテミス』のバイトを入れている。


 両親が掛けてくれていた保険があるから、家と学費は何とかなるが。生活費ぐらいは自分で稼ぐ――

嫌いな親戚なんかに頼らずに一人で生きていくためには、俺は一人で生活できる事を証明しなければならないから。


 だけど……そこまで肩肘張らずに生きても良いかも知れないだなんて。俺はらしくもなく思っていたのだか……


「颯太って……最近、何だか楽しそうね?」


 木曜日のバイト前に、俺が控え室でまかないを食べていると。ちょうど仕事用の服戦闘服に着替えて更衣室から出て来た美月みつきさんに声を掛けられた。


 外跳ねのナチュラルロングで、推定Fカップなのに細いウエスト。一言で言えば『エロ可愛い』――美月さんは『アルテミス』の人気ナンバーワンキャストだ。


「美月さん……そんな事ないですよ。いつもと変わりませんって」


 美月さんに言われて……ちょっと自覚はあったけど。危機感知能力が働いて、俺は誤魔化す事にする。


「えー……そうかしら?」


 美月さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて近づいて来る。


「くんくん……やっぱり、颯太から女の匂いがするわね」


「え……そんな事ないですよ!」


 咄嗟に自分の服の匂いを嗅いで――俺は罠に嵌った事に気づく。


「ふーん……颯太の童貞は私が貰うって言ったのに。これって……どういう事よ?」


 どこまで本気か解らない感じで……美月さんは俺を見つめながら、形の良い唇を尖らせる。


「いや……美月さんは誤解してますよ。俺に彼女なんて出来る訳ないじゃないですか」


「あら、颯太……私は彼女だなんて言ってないけど?」


 美月さんはさらに近づいて来て、奇麗な琥珀色の瞳で俺の顔を覗き込む。


「美月さん……ちょっと、待って……」


「……うん? 颯太……ホントに、止めて欲しいの?」


 揶揄からかわれてる事くらい解っているけど……柔らかそうで白くて大きい胸の谷間とか、甘い匂いと吐息とか……もう無理だって、理性が持たない。


「はい、美月……そこまでだ」


 止めてくれたのは、文也さんだった――煙草に火を付けながら控え室に入ってくる。


「なんだ、文也さんか……オーナーがサボってたら駄目じゃない?」


 美月さんはちょっと拗ねたような顔をする。


「まだ客もいないし、煙草休憩だ……それより、美月。何度も言ってるだろ? 颯太を揶揄からかって遊ぶなって」


「もう、文也さんったら……私は颯太が好きなんだから、揶揄からかったりしないわよ。それなのに……颯太ったら、彼女なんか作っちゃって」


 助かった――俺は心の中で文也さんにお礼を言うが。


「ああ……篠崎って子の事か? 颯太も上手くやってるんだな」


 まさかの暴露――文也さん、それはないだろう?


「へえー……颯太の彼女は篠崎って名前なんだ?」


 美月さんの細くてピンクの指先が、俺の頬を撫でる――笑っているけど、何故か目が怖かった。普段の俺なら緊張なんかしないが……心臓がバクバクする。


「美月さん、だから……桜奈・・は彼女じゃないですよ」


 そう言った瞬間――俺は墓穴を掘った事に気づくが、最早遅かった。


「ふーん……もう颯太は、名前で呼んでいるんだ?」


 さらに美月さんの目が怖くなる。俺は助けを求めて文也さんを見るが――文也さんもニヤニヤ笑っていた。ちょっと待ってくれよ……俺の味方は誰もいないのか?


「おい、颯太……おまえにお客さんだけど?」


 そこに入って来たのは大輔さん――救世主の登場に、やっぱりバイトの先輩は一番頼りになるなって、俺は一瞬だけ思ったが……


「大輔……颯太にお客さんて?」


「文也さん、制服着てるから女子高生だと思いますけど?」


 大輔さんの台詞に――文也さんが俺の顔を見てニヤリと笑う。


「じゃあ、ここに連れて来てくれ……颯太の大事なお客さんだからな」


 美月さんが笑顔のまま文也さんを睨む――俺には選択肢はないのか? いや、この状況じゃないよな。


 せめて桜奈に見られる前に美月さんから離れようと、俺はさり気なく移動しようとするが――


「ねえ、颯太……まだご飯が残ってるわよ?」


 美月さんの両手が頬に触れて……俺は精神的にガッチリとホールドされる。


 ちょっと……本当に待ってくれよ! 俺が身動きできないうちに――控え室の扉が無慈悲に開く。


 そして現れたのは――セーラー服にポニーテールの少女。想像していた以上の最悪の状況だと、俺が気づいたときには……もう遅かった。


「ごめん、颯太……バイトの邪魔したら、悪いって思ったけど――」


 美月さんの両手が俺の頬に触れている状況に気づいて――葵が凍り付く。


 そこに……美月さんが追い打ちを掛ける。


「あら……貴女が桜奈さん? こんばんわ……私の颯太と、随分仲良くしてくれてるみたいね」


 どういうつもりなのか美月さんは――葵に見せつけるように、俺を胸元に抱き寄せる。柔らかくて、温かくて、甘い匂い……だけど、そんな事を考えている余裕はなかった。


「ねえ、颯太……これって、どういう事よ?」


 葵は俺に駆け寄って、美月さんから奪うように抱きしめる――ボリュームは無いけど、部活帰りなのかちょっと汗の匂いがする葵の胸に顔を埋めて……何故か俺は安心してしまう。


 葵は俺を抱きしめたまま、美月さんを睨む。


「篠崎さんと勘違いしてるみたいですけど……私は秋山葵。颯太の……彼女です!」


 おいって……突っ込みたかったのは、俺と文也さん。大輔さんは何となく状況を察して、乾いた笑いを浮かべていたけど……


「ふーん……颯太ってモテるんだ?」


 このときの美月さんの顔を――俺は真面まともに見る事が出来なかった。


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