第3話 帰り道


 篠崎の家がある桜浜町まで、歩いて二十分くらいだ。送っている間、別に話すことも無いと思っていたけど――篠崎の方から話し掛けてきた。


「でも、榊原さかきばら君が夜のバイト・・・・・をしてるなんて意外……そういうタイプとは思わなかったよ」


「篠崎、その言い方……知り合いの店だし、時給が良いからな。バイトをしてるのも、家庭の事情なんだよ。だからさ、バイトの事は……」


「解ってるって。約束したから、絶対に誰にも言わないよ。でも良いな、一人暮らしか……」


 篠崎しのざきは羨ましそうにしている。まあ、高校生の反応としては普通なんだろうな。


「それと……あのね、榊原君」


 不意に、園崎の声のトーンが変わる。


「さっきは……助けてくれて、本当にありがとう。榊原君が助けてくれて……実は凄く嬉しかったんだ」


 嬉しさと恥ずかしさが混じる笑顔が眩しくて――俺は照れ臭くなって、思わず目を逸してしまった。


「いや、礼なんて要らないからさ……一つだけ言わせてくれよ。あの時間に、そんな格好で繁華街にいたら、ナンパされても仕方ないからな」


 俺が文句を言うと、篠崎はシュンとなる――そんな風に素直な反応をされると、調子が狂ってしまう。


「友達と逸れたって言ってたけどさ……そいつらは、どうしたんだよ?」


 俺が誤魔化すように話題を変えると、


「うん。さっきNINEで連絡あって……先に帰っちゃったみたい。私がワンちゃんに気を取られて、勝手に逸れたのが悪いんだけどね」


 篠崎はちょっと寂しそうな顔をする。


「ふーん、そうか……」


 高校生の友達との距離感とか、俺にはイマイチ良く解らないけど……放置して先に帰るとか、そう云うのは友達じゃないと思う。


「あ、友達って言ってもね、うちの学校の子じゃないんだ。同じ中学だった子たちで、いつも一緒に遊んでるんだ」


 俺が少し不機嫌になったからか、篠崎はフォローするように言葉を連ねる。


 いや、うちの学校の奴でも、他校の奴でも、正直俺にはどうでも良いのだが……自分で責任も取らないのに適当に遊んでる奴らが、俺は嫌いなだけだ。


「……ゴメン、榊原君」


 突然謝られて、俺は戸惑う――篠崎は俯いて立ち止まっていた。


「こんな事やってる私に……榊原君は、呆れてるんだよね? 自分でも、何馬鹿な事やってるんだって思ってるんだけどさ……」


 いや、そこまで言うつもりはなかった――そんな事を言えるほど、俺は篠崎を知っている訳じゃないし。他人に考えを押し付けられるは、俺も嫌だからな。


 だけど……俯いている篠崎が泣いている事に気づいて、俺は柄にもないと思いながら言ってしまう。


「あのさ、篠崎……自分で嫌なら、止めれば良いんじゃないのか? 俺はおまえの事をそんなに知らないけど……その、何て言うか……あんまり似合ってないとは思う」


 入学式の頃の清楚な篠崎と、今の派手な篠崎のどちらが良いとか――それを決めるのは篠崎自身だけど。無理して何かをする必要なんてないと思う。


「やっぱり……似合ってないかな?」


 篠崎が俯いたまま訊く。


「いや……悪い。何となく、そう思っただけだから」


「でも、榊原君がそう思うなら……止めようかな?」


 篠崎は顔を上げて、上目遣いで俺を見る――まだ濡れている瞳に俺はドキリとした。


「そう云うのは……自分で決めろよ。俺は責任なんて取れないから」


 言い逃れではなくて、これは事実だ。今の俺は自分の事で精いっぱいで、他人の責任を取れるような大人じゃない。


「そう、だよね……でも、私が馬鹿な事を止めたら……榊原君は見直してくれる?」


「まあな……だけど俺がどう思おうと、篠崎には関係ないだろ?」


 俺と篠崎は、入学式で新入生代表を一緒にやったけど――唯それだけの関係で、今日だって偶然会っただけに過ぎない。


「そ、そんな事ないよ……」


 でも何故か、篠崎は恥ずかしそうに髪の毛を弄りながら、チラチラと俺を見る。


「あのね、榊原君……私はもう夜遊びとか、そういうの止めるから。その……友達になってくれないかな?」


「……へ?」


 俺は思わず間抜けな声を出してしまう――こんな事を言われるなんて、全く予想していなかったからだ。


「『……へ?』って何よ? 私と友達になるとか……やっぱり、嫌かな?」


 不安そうな顔をする篠崎に、俺は慌ててしまう。


「いや、そうじゃなくて……篠崎は俺と友達になりたいのか?」


 俺には友達なんていないから、何を言ってるのか訳が解らなかった。


「うん、そう言っているんだよ……駄目?」


 濡れた瞳が真っ直ぐに俺を見つめる――だからさ、そう云うのは反則だろう?


「いや、駄目じゃないけど……」


 我ながら煮え切らない返事だとは思うが――『友達』という言葉に、全然実感が沸かない。


「じゃあ、良いんだね……榊原君、ありがとう!」


 だけど、輝くような笑みを浮かべる篠崎に押し切られて――俺は反論なんて出来なかった。




 さっきの涙は何処へ行ったのか……鼻歌でも歌いそうな雰囲気の篠崎と一緒に、俺は黙って自転車を押して歩く。


「ところで、榊原君……榊原君の家ってどこなの?」


「宮川町だけど……」


 何でそんなことを訊くのかと、俺は思っていたが、


「あのね……ワンちゃんがいる間、榊原君の家に遊びに行っても良いかな?」


 篠崎に言われて、そういう事かと納得する。


「別に良いけど……俺は一人暮らしだからな? 女の子が遊びに来るとか……」


「えー! 別に良いじゃない! 榊原君なら……変な事はしないでしょ?」


 篠崎が俺の何を知ってるんだと思ったが、否定はしなかった。篠崎も犬好きなのは解っていたし、他に断る理由なんてなかったから。


「うわー! ワンちゃんと遊ぶの凄く楽しみ!」


 子犬を抱きながら、無邪気に喜んでいる篠崎を見ていると――入学式の頃の篠崎を思い出す。

 あの頃の篠崎は少し気になる存在だったが……それだけの話で。高校生活に余裕のない俺は、クラスの違う篠崎に会いに行くとか全然考えなかった。


「あ……私のうち、あそこだから」


 篠崎が指差したのは、駅前のタワーマンションだ。


「へえー……おまえんちって、金持ちなんだな」


 別に他意は無く、俺が何気なく感想を言うと……不意に、篠崎の顔が曇った。


「そんな事ないよ……いや、あるかもね。でも……」


 篠崎は何を言い掛けるが――途中で止めてしまう。


「榊原君、送ってくれてありがとう……じゃあね、バイバイ!」


 そのまま行ってしまったので。篠崎が何を言いたかったのか、結局解らなかった。


「まあ、良いか……ところで、今何時だよ?」


 時計を見ると十一時半。俺は自転車に乗って家路を急いだ――誰もいない家に向かって。


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