第2話 余計なお世話かも知れないが


 入学式のときに、ちょっと良いなと思っていた清楚系美少女の篠崎桜奈しのざきさくなが――金髪でパッチリメイクの派手な美少女になっていた。


 気づかずに助けた自分の迂闊さに呆れながらも。余りの変わりっぷりに、俺は正直驚いていた。


榊原さかきばら君だって、人のこと言えないでしょ……あ、でも。学校だとメガネを掛けたくらいで、そんなに変わらないか?」


 俺と篠崎は、一年も二年も別のクラスだが。俺が一年の五月――このバイトを始めてから、学校で眼鏡を掛けている事にも気づいていたようだ。


 それに、さっき声で判断したとか言ってたけど……入学式以来、篠崎とは喋っていない。俺の声って、そこまで印象的なのか?


 いや、今はそんな事よりも――


「篠崎、だったら知り合いのよしみだ……ここで会った事は、誰にも言わないでくれ。バイトの事が学校にバレるとヤバいからさ」


 篠崎は俺の姿を上から下まで見る。


「その恰好……ウェイター? 榊原君は何処でバイトしてるの?」


 ここで下手な嘘をついて後でバレたら、篠崎に不審に思われるから。俺は素直に応える事にした。


「表の通りにある……『アルテミス』って名前のガールズバーだよ」


「ガールズバー? それって、えっちいお店?」


 篠崎の目が急に冷たくなる。


「いや、女の人が接客してるだけで。別にやらしい店じゃないって!」


「ふーん……綺麗な女の人がいっぱいいるんだ?」


「おい……綺麗ともいっぱいとも言ってないだろ!」


 事実、ガールズバーとはそう云う店だが。思わず突っ込んでしまった俺に、篠崎がクスクスと笑う。


「解ったって……バイトの事は誰にも言わないから。それより、このワンちゃんの事なんだけど……」


 篠崎は子犬を撫でながら、上目遣いに俺を見る。そう云うの……反則だろう?


「ああ、俺としても放って置けないからさ。うちの店長に相談してみるよ」


「うん、ありがとう……」


 そう言って篠崎は嬉しそうに笑うと、子犬を抱えて俺の方にやって来る――化粧もしてるし、髪も全然違うけど。無防備な笑顔に、入学式の頃の篠崎を思い出す。


「颯太。おまえ、ごみ捨てに何分掛かって……」


 店の裏口に向かうと、ちょうど文也さんが出て来るところだった――サラサラの明るい髪に、顎髭がトレードマークの遊び人風の三十代。見た目はこんな感じだが、相良文也さがらふみやさんは俺の父親の大学の後輩であり。商社から脱サラして店を成功させたやり手だ。


 さすがに時間が掛かり過ぎると、心配してくれたのだろう。文也さんは俺を見るなり文句を言い掛けたが――篠崎に気づいて、言葉を途切れさせる。


「颯太、その子は……」


篠崎桜奈しのざきさくな。同じ学校の……知り合いだよ。ナンパされてるところを偶然見掛けたから、助けたんだ」


「へえー……颯太もやるなあ。でも、わざわざ助けたって事は……颯太の彼女か?」


 何故か篠崎が頬を赤く染める。


「なんで、そう云う話になるんだよ……知り合いって言うのも怪しいくらいだからな。そんな事より、捨て犬を拾ったんだけどさ。文也さんの伝手で、飼ってくれる人を探せないかな?」


 子犬を見せようと篠崎の方に振り返ると――今度は何故か不機嫌な顔をしていた。


「おい、篠崎……どうしたんだよ?」


「何でもない……(確かに、知り合いってほど喋ったこと無いけど……)」


 後半は声が小さくて聞き取れなかったが――俺は篠崎から子犬を受け取って、文也さんに見せる。


「雑種か……ちょっと難しいかも知れないが、一応聞いてみてやるよ。でも、あんまり期待するなよ……知り合いのお姉さんたちに、犬好きは多いけどさ。みんなマンション暮らしだから、部屋で飼える小型犬じゃないと厳しいかな」


 文也さんの伝手となると、やっぱり水商売の人になるか。確かにマンションじゃ、大きくなるかも知れない雑種を飼うのは難しいだろうな。


「それと、うちも一応飲食店だから……飼い主が見つかるまでだって、犬を預かる訳にはいかないぞ」


 文也さんの言葉に、篠崎がシュンとなるが――


「いや、そこまで頼むつもりはないよ。ずっとは無理だけど、暫くなら俺のうちで預かるから」


「え……大丈夫なの?」


 篠崎は心配そうな顔で俺を見る。


「ああ、うちは一軒家なんだよ……だけど、俺は一人暮らしだから、ずっと飼うのは無理だからな」


 『一軒家』という言葉に篠崎が期待するような顔をしたので、釘を刺しておく。


「解った……でも、榊原君は一人暮らしなのに、一軒家に住んでるんだ?」


「ああ、家庭の事情って奴だよ……それより、篠崎。おまえの家はどこなんだ?」


「え? 桜浜町だから、この近くだけど……」


 ちょっと強引に話題を変えたので、篠崎は戸惑っていたが。余り突っ込まれたくはないので、そのまま話を進める。


「この時間だし、さすがに女の子一人で帰すのは危ないから、送って行くよ……おまえは遊んでいたんだから、自業自得だとは思うけどさ。桜浜町なら方向も一緒だし」


「……良いの?」


 嬉しそうな篠崎と、ニンマリと笑う文也さん――いや、だから。そんなんじゃないから。


「ああ、俺は自転車だから問題ない……急いで着替えて来るから、ちょっとだけ待っていてくれよ」


 篠崎に子犬を預けて、俺は小走りで店の中に戻った。




(……文也side)


「何だよ、颯太の奴……篠崎さんだっけ? 彼女ってのは冗談だけど……颯太の友達なのかな?」


 俺は煙草に火を付けながら、彼女に話し掛ける。派手な少女の姿に、颯太の知り合いらしくないと内心では思っていた。


「いえ、友達って言いますか……やっぱり、唯の知り合いですね」


 大人に対する言葉遣いに変えた事と、ちょっと恥ずかしそうな初々しい反応が意外で、俺は思わずニヤニヤしてしまう。見た目は派手だけど、あんまり遊んでないな……これなら颯太の友達って線もありか。


「颯太は、ああいう性格だからな……きっと学校の友達とか少ないんだろうけど。篠崎さんが仲良くしてくれるなら、俺としても嬉しいかな」


「いえ、私なんて……全然、榊原君に似合わないですよ……」


 ちょっと落ち込んだ感じで、自分を卑下するような台詞に――俺には何となく察するところがあった。


「いや、篠崎さんてさ。そんな格好をしてるけど……実は無理してやってるだろう?」


「え……そ、そんな事ないですよ。どうして、そう思うんですか?」


 なんで解ったのと、顔に書いてあるような素直な反応だ。


「いや、何となくね……これでも、人生経験豊富な三十五歳のおじさんだから」


 少女が黙ってしまうと、ちょうど颯太が戻って来た。


「篠崎、待たせて悪い……文也さん? 篠崎に何か話した?」


 さっき揶揄からかったからだろうか、颯太は警戒しているみたいだ。


「単なる世間話だよ……それより、颯太? 篠崎さんをちゃんと送って行けよ……じゃあね、篠崎さん。颯太の事をヨロシク……颯太、送り狼にはなるなよ」


「何言ってんだよ、文也さん……それじゃ、篠崎。行こうか……」


「うん……文也さん、ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げる少女と一緒に、不機嫌な顔の颯太が自転車を押して歩いて行く。


 その背中を見送りながら、思わず笑みがこぼれる。颯太が友達と一緒にいる姿を見るなんて、何年ぶりだろう。


(悪い子じゃないみたいだし……ちょっと脈ありか? でも、颯太はあの性格だしな……黙って見守るしかないか)


 揶揄からかい過ぎたと反省しながら、颯太には幸せになって欲しいと真面目に思う――あんな事があったのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る