ナンパされてた見知らぬ女子高生を助けたら、実は知り合いだった――子犬を拾った事から始まる学園ラブコメ。

岡村豊蔵『恋愛魔法学院』3巻制作中!

第1話 知らない奴の筈が……


颯太そうた。ゴミ出ししたら、今日はもう上がって良いぞ」


「了解、文也ふみやさん」


 俺、榊原颯太さかきばらそうたは年齢を誤魔化して、ガールズバー『アルテミス』でウエイターのバイトをしている。とは言え、店長の相良文也さがらふみやさんは俺が高校生だと承知の上で、雇ってくれているのだが。


 時間は午後十時四十分。今日は月曜日で繁華街には客足もまばらで、店の客も少ないから。二十分だけ早くバイトを終える事になった。


 ゴミを捨てに路地裏に入ると――言い争いをしてる男女三人に遭遇した。


「ちょ、ちょっと……放してよ!」


「良いじゃん、少しくらい付き合ってよ。お兄さんたちとカラオケでも行こうか」

「そうそう、一緒に楽しもうぜ」


 繁華街だからナンパなんて珍しくもないし、俺も普段なら見過ごすところだが――男が二人掛かりで、かなり強引に連れて行こうとしているのと。女の方がうちの高校の制服を着ていたから、放置する気にはならなかった。


「お取込み中、申し訳ないんだけど……そいつ、俺の彼女だから。止めてくれないか?」


 彼女なんてのは勿論嘘で、同じ高校と言っても顔すら知らない相手だ。


「彼女だって……本当かよ? 適当な事を言って、邪魔してるだけだろ!」

「そうだ、てめえは引っ込んでろ!」


 二人の男は大学生って感じで、明らかに酒に酔っていた。女の方も調子を合わせれば良いのに、俺の意図が解らないのか。キョトンとした顔で俺を見ている。


「いや、マジで……て言うか、高校生をナンパとか。通報しても良いかな?」


 そう言いながら俺は、相手との距離を詰める。一応、年齢を誤魔化せるくらいに俺は老け顔だし。身長も179センチでガタイも悪くない。相手は二人だが、どっちも俺より身長が低くて、いかにも喧嘩慣れしていない感じだ。


 だから、俺が睨みつけながら、ポキポキと指の骨を鳴らせて近づいて行くと――案の定、チョロかった。漫画のザコキャラのような捨て台詞を吐いて二人は逃げて行く。


「あ、ありがとうございます……」


 女が深々と頭を下げる――金色のショートボブに、パッチリメイク。うちの学校には珍しい派手な感じの美少女で、スカートも短い。こんな格好で繁華街を歩いてたら、ナンパしてくれと言っているようなものだと内心では思っていたが。


「とりあえず、もう大丈夫だと思うけど。あんたも、さっさと帰ったら?」


 多分、もう二度と関わり合う事もないだろうから、余計な口出しをするつもりはなかった。同じ高校とは云え、バイト先と学校の俺の見た目は、まるで別人だから。偶然会っても気づかれる事はない筈だ。


 もし知り合いだったら、逆に気楽に助けたり出来なかった。ガールズバーでバイトしてるなんて学校にバレたら停学……下手をしたら、退学だからな。


 そのままゴミを捨てて、店に戻ろうと思っていたが――俺はゴミ捨て場に置かれている段ボール箱に気づく。


「……わん!」


 子犬――まだ生まれて数週間ていうところか。茶色い毛の雑種犬が、円らな瞳で俺を見ている。


「マジか……」


 俺は猫よりも犬派で、特に子犬には目がない。ペットショップに行くと、小一時間も見てしまうタイプだ。


「その子が捨てられてたから、エサを上げてるうちに友達とはぐれちゃって……」


 さっきの女が、隣りに立っていた。彼女は子犬の前に屈み込むと、よしよしと頭を撫でる――いや、その短いスカートで屈むと……見えちゃうって! 俺は彼女から目を逸らして、明後日の方を向く。


「……このままにしておくのも、確かに可愛そうだな。文也さんに相談して、飼ってくれるところを探すか?」


「本当? うちはマンションだから飼えないし、どうしようかって思ってたの!」


 何だか急にタメ口になって、女が嬉しそうに笑う。ちょっと可愛いなって思ってしまうが――次の瞬間、それどころでは無くなる。


「やっぱり……榊原さかきばら君だよね? そんな格好をしてるから、解らなかったよ!」


「え……」


 なんで俺の名前を知ってるのかと、ちょっとパニックになる。こいつに会った事があるか? いや、全然記憶になかった。


「あ、ひどいなあ……全然知らないって顔してる! でも、仕方無いか……榊原さかきばら君と話したのは、一年以上前だから」


 そう言われても、全く思い出せない。俺に金髪美少女の知り合いなんて――いや、そもそも知り合いと呼べる奴なんて学校にいないだろう。


「でも、何で俺だって解ったんだ?」


 仮に知り合いだとしても。今の俺は髪をジェルで固めているし、眼鏡も掛けてないから。パッと見で俺とは解らない筈だ。


「うーん……見た目が全然違うから、ちょっと自信なかったけど。決め手は、声かな?」


「あ……」


 バイト先では年齢を誤魔化すために、意図的に低い声を出している。しかし、子犬を見た瞬間、思わず素に戻って。本来の男としては高い声になっていた。


「て、いうかさ……声で俺だって解るとか。あんたって……ゴメン、全然思い出せないから教えてくれよ」


「もー……本当に憶えてないんだね、失礼な奴。篠崎桜奈しのざきさくなだよ……ほら、入学式のときに榊原さかきばら君と一緒に新入生代表の挨拶をした」


 そう言われて、マジマジと彼女――篠崎桜奈しのざきさくなの顔を見る。


「……えー! おまえ、全然別人じゃないか!」


 入学式のときに少し喋っただけだが、印象的だったから俺も覚えている――


 背中まである長い黒髪と、化粧っ気のない透き通るような白い肌。入学式で会った篠崎桜奈しのざきさくなは……今とは全然違うタイプで、清楚な感じの美少女だった。


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