第4話 予定外の昼休み


 昨日の夜は家に帰って、シャワーを浴びると即就寝した――


 今朝はいつも通りに六時に起きて、一時間のランニングと軽い筋トレ。ランニングの間に回していた洗濯機から、乾燥まで終わった洗濯物を取り出して畳む。


 それから適当に弁当を詰めて、パンと目玉焼きの朝食を食べる。軽く掃除をしてから出掛けるのが、俺の朝の習慣だ。




 学校までは自転車で三十分。授業中は真面目にノートを取って、業間休みに軽く整理。昼休みは持参の弁当を食べながら図書室で復習する。


 放課後も午後七時まで図書室に残って勉強。解らない事があれば担当教師のところに訊きに行く。全然、面白味は無いだろうが――これが俺の高校生活だ。


 うちの高校はそれなりの進学校で、しっかり予習復習をして授業について行けば、現役で国立を狙えるくらいのレベルだ。教師のレベルも高くて、わざわざ金を払って塾に通わなくても、大抵の事は教えてくれる。


 だから、高校を有効利用しない手はない。俺は予習宅習を含めて、学校で勉強を完結する事にしていた。その方が効率は良いが――少ない時間で勉強を終わらせるために、他の生徒に構っているような余裕はない。


 俺は見た目も前髪が鬱陶しいくらいに長くて、黒ブチ眼鏡で制服もノーマルな完全な地味キャラだから。相手の方から話し掛けて来る事もなく、学校では教師以外と話をする機会なんてほとんどない。


 仕事バイトが接客業なんだから見た目も大事だと、文也さんに言われて、髪の毛も眉毛も小まめに整えているけど。わざと長く伸ばした前髪と眼鏡で隠しているから、気づいている奴なんていないだろう。


 他人から見ればボッチと思われるだろうし、事実そうなのだが。俺は他人の目をあまり気にしないし、ボッチと呼ばれないために交友関係を築こうとも思わない。結局のところ優先順位の問題で――俺には時間的にも金銭的にも余裕がないのだ。


 友達が欲しいとか思わなくもないが、バイトに行けば文也さんやバイトの先輩がいるし、接客業だから話す相手には事欠かない。だから、俺はあと二年弱の高校生活を、他の生徒と関わることも無く、マイペースで過ごすつもりだったのだが……


※ ※ ※ ※


 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、担当教師が出で行くと――ほとんど入れ替わるようなタイミングで、篠崎桜奈しのざきさくなが教室に入って来た。


 金髪美少女の登場に、クラスメイトの視線が集まる――俺のクラスは理系だから女子の比率が低い上に、少ない女子も地味系が多い。だから、余計に目立った。


 視線の半分くらいは、篠崎という美少女に対する興味。残りの半分は場違いな感じの彼女に対する不満だろう。

 だけど、篠崎は周りの反応など全く気する素振りも見せずに、真っ直ぐに俺の席までやって来た。


「榊原君……あのね、一緒にお昼を食べようよ!」


 篠崎は頬を染めて、ちょっと恥ずかしそうに笑うが――俺にとっても完全な不意打ちだった。まさか篠崎が俺の教室までやって来るなんて、全然想像していなかった。


 クラスでは空気な俺に、派手な美少女が話し掛けたのだから。俺の方にも注目が集まるが――そんな事はどうでも良かった。


「篠崎……どうして俺が、おまえと昼飯を食べるんだよ?」


 ハッキリ言って意味が解らなかった――そんな話は聞いてないし。俺はこれから図書館に行って、復習しながら弁当を食べる予定だ。


「えー! 昨日、友達になってくれるって言ったよね? だから、昨日のお礼もあるし、榊原君の分のお弁当も作って来たんだけど……もしかして、迷惑だった?」


 申し訳なさそうに上目遣いで言われては――俺に断れる筈もなく。『俺と篠崎が友達』というキーワードに周り奴らが反応しているが……そっちは完全に無視する。


「いや、迷惑じゃないけど……お礼は要らないって言ったよな? ……まあ、せっかく篠崎が作ってくれたんだから、弁当は食べるよ。その、ありがとう……」


 大げさじゃなくて、篠崎がこの世の終わりみたいな感じの顔をしたから。俺はとりあえずフォローを入れる。


「そんな、ありがとうとか……エヘヘ!」


 何故か頬を染めてデレる篠崎に――俺は思わず見惚れてしまう。クラスの男子も篠崎の可愛さに見惚れており、女子は冷たい目をしているが……まあ、どうでも良いけどね。


「それじゃあ、お弁当何処で食べようか?」


 篠崎としては、この教室で食べても良いと云う感じだが。さすがに周りの視線が鬱陶しかった。。


「俺はいつも図書室で食べてるが……二人なら、中庭にでも行くか?」


 黙々と弁当を食べる訳じゃないだろうし、俺は昼休みの復習を諦める事にする。


「うん、解った……榊原君、行こうよ!」




 図書室が何かの理由で使えないときに、俺は何度か中庭で弁当を食べた事がある。


 人気の少ない中庭には、外周を囲むようにベンチが設置されており。三人組の女子が一つを使っているが、他に人はいなかった――うちの学校には学食もあり、弁当組は大抵教室で食べるから、わざわざ中庭で昼飯を食べる生徒は少ないのだ。


「このベンチにしようか……榊原君。はい、お弁当!」


 篠崎は持っていた大きな手提げ袋から、弁当箱とお茶のペットボトルを取り出す。ここで俺からも言っておくことがあった。


「あのさ……実は俺も弁当を作って来たから。こっちも一緒に食べないか?」


 俺もリュックを持って来たのはそのためで、中からタッパに入った弁当を取り出す。


「へえー……榊原君って自分でお弁当作るんだ?」


 興味津々という感じで篠崎が言う。


「いや、作るってほどじゃなくて。作り置きと冷食を詰めただけだよ」


 タッパ―の中身はその通りのモノで……ハンバーグに唐揚げに、一応色どりも考えてインゲンとプチトマト、あとは白飯だ。


「いかにも男の子のお弁当って感じだけど……作り慣れてる感じだね。さっき作り置きとか言ってたけど、榊原君が作ったのってどれなの?」


「ハンバーグだけど……挽肉が安いときに纏めて作って、冷凍しておくんだよ」


「えー……もしかして榊原君、女子力高いの? なんか、こういうの見せられた後だと恥ずかしいな……」


 そう言って篠崎が開けた弁当の中身は――卵焼きにウインナーに、パプリカの炒め物とコールスロー、あとは小さな俵型のおにぎりが二個。


「おかずが被らなくて良かった……じゃあ、早速食べようよ! いただきます!」


 とりあえず、篠崎の弁当の方から先に手を付ける。箸で卵焼きを口に運ぶと――篠崎が真剣な顔で見ていた。


「……どうかな?」


「……うん、普通に旨い」


「えー……そこはお世辞でも『凄く美味しいよ』とか言わない?」


「まあ、結構美味しいって……こっちも貰うぞ」


「もう……私も榊原君のハンバーグ貰うね……あ、美味しい!」


「いや、別に褒められるようなモノじゃないだろ?」


「そんな事ないよ……男の子でこれだけ作れるのは凄いから!」


 そんな感じで、らしくもなく篠崎と和気あいあいと弁当を食べていると――他のベンチに座っている三人組の女子のジト目がウザかった。いや、そう云うんじゃないが……俺は構わずに食べ続ける。


「ああ、美味しかった……」


 すっかり弁当を食べ尽くして――白飯は全部俺が食べたから、1.5人前以上の量に満腹になる。


「ねえ、榊原君……明日も私がお弁当作って来るから、一緒に食べてくれる?」


「いや、悪いけど。さすがに連日はな……俺は昼休みは図書室で勉強する事にしてるんだよ」


「そ、そうなんだ……だったら、私も一緒に勉強しても良いかな?」


 意外そうな顔をする俺に、篠崎は躊躇ためらいながら言葉を続ける。


「あのね……私、遊んでたから……成績が悪くて。その、もし良かったら……榊原君が勉強を教えてくれないかな?」


 断られるのを覚悟している感じで、篠崎はギュッと目を瞑って頭を下げる。

 

 俺としては、貴重な勉強時間を邪魔されたくないとも思ったが――


「まあ……少しくらいなら良いけど。他人に教えるのも復習になるからな」


 人に勉強を教えるのなんて――いつ以来だろうか? それでも他人に教えることのメリットについては、昔経験したから解っている。


「ホ、ホントに? 榊原君……ありがとう! お礼っていう訳じゃないけど……明日からも毎日お弁当を作って来るよ!」


 満面の笑みを浮かべる篠崎に、何だよ大袈裟だなと思いながら――メリットとか、そんな事は半分言い訳で……篠崎だから勉強を教える気になったと、俺は気づいていた。


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