第5話 桜奈side――告白――

 私と榊原君が出会ったのは、高校の入学式。


 女子の新入生代表として挨拶をするスピーチを前に、私がガチガチに完全にテンパっていると――


「誰も真面まともに聞いてないから、緊張する事ないって。男子は制服が黒いから……ゴキブリ。女子はそうだな……チャバネゴキブリだって思えば?」


 前髪が長くて背の高い彼は――詰まらなそうな顔で話し掛けてきた。


「な、何言ってるんですか……そんなの余計に怖いじゃない!」


「いや、飛ばないだけマシだろ……あ、そこに!」


「キャ!」


「……冗談に決まってるだろ?」


「もう……何を言ってるんですか! ふざけないで下さい!」


「でも、大きな声を出したら……ちょっと緊張が取れただろう? あとは俺も一緒にスピーチするから、困ったらフォローしてやるよ」


 そう言って笑う榊原君の顔は――笑っているのに、どこか寂しそうで。その理由を知りたいと私は思ってしまった。




 残念ながら、榊原君とは別のクラスになって。あの頃の内気な私は、遠くから彼を見ているしかなかった。勉強もスポーツも出来るのに、いつも一人でいる彼――


 一年生の五月になると、眼鏡を掛けるようになった。相変わらず、いつも一人でいるけど……ずっと彼を見ていた私は気づいていた。


 転びそうになった子を支えてあげたり、重そうに荷物を持ってる子を助けてあげたり。榊原君は周りをきちんと見ていて、何も言わずに手を差し伸べてくれる――ちょっと羨ましいと思いながら、私は遠くから毎日眺めていた。一年生の夏まで……




 榊原君が変わったんじゃなくて、変わったのは私。お父さんに愛人がいる事が発覚して、お母さんも浮気をしてると知った……良くあるドラマの話みたい。


 でも、現実に起こると――私の家から、誰も居なくなった。一人っ子の私は、お父さんもお母さんも帰ってこない家に一人。


 寂しかったけど……高校の友達に話すのは恥ずかしくて。居場所がなくて、街を歩いていたら……中学の同級生に会った。


 そんなに仲良くなかった子だけど、逆に良く知らない相手だから、素直に全部話す事が出来た。


「そうなんだ……桜奈の親って、最低だね。だったら、桜奈も遊んじゃえば……そんな親に義理立てする必要なんてないでしょ?」


 初めは寂しさを紛らすために、ちょっとだけ遊びに付き合うつもりだった。だけど、ワイワイ騒いでいる事が楽しくて、気がつくと毎晩繁華街に出掛けるようになった。髪の毛を金色にして、メイクを覚えたのもこの頃だ。


 うちのお父さんは所謂いわゆる実業家で、お母さんが家にほとんどいない事m知ってるから。自分が愛人と一緒に暮らしてる事に対する罪滅ぼしの意味なのか解らないけど、お金だけは沢山くれた。だから、遊ぶお金には困らなかった。


 勉強なんて全然しないから、どんどん成績は落ちたけど――怒ってくれる筈の両親とは、ほとんど会わなかった。それでも高校を辞めなかったのは……彼に会いたいから。




 教室で完全に浮いている私――進学校なのに派手な金髪だし、成績も悪いし、出席日数もギリギリだし……当然なのは解っていたけど。窓の外を見ると……つい、彼の事を探してしまう。


 二年生になった榊原君は――相変わらず、人を助けてるところを見掛けるけど。何だか他人を寄せ付けないような雰囲気を放つようになっていた。


 一年生の頃よりも背が伸びて、前髪も伸びて眼鏡の彼は――ちょっと怖い感じで、たぶん回りも引いていた。でも、それは周りのせいもあると思う……だって榊原君のやっている事は、何も変わっていなかったのだから。


 陰キャというイメージが、定着してしまったからだろうか? でも、私にとっては……入学式のときに助けてくれた彼のままで。ずっと遠くから眺めているだけの王子様……いや、違うかな? 彼は王子様じゃなくて……やっぱり、榊原君だ。


 そんな事を想っていながら、私は毎晩夜の繁華街に遊びに行っていた――奢ってあげるから、みんな友達でいてくれる。そんな事は解っていた。


 でも、他に方法なんて無いって……言い訳ばかりを考えていた。毎日楽しければ、それだけで良い。昨日までそんな風に思っていた筈なのに――


「お取込み中、申し訳ないんだけど……そいつ、俺の彼女だから。止めてくれないか?」

 そう言って、突然現れた男の人が――最初は誰か解らなくて、警戒してしまう。


 だって仕方ないでしょ……学校で見かける彼とは、全然違うんだから。前髪を固めてオールバックにして、眼鏡も掛けていない彼は――大学生とか、もっと大人に見えたから。


 だけど……何となく、私は引っ掛かった。あれ……もしかして……


「いや、マジで……て言うか、高校生をナンパとか。通報しても良いかな?」


 そう言って、私をナンパしている男たちに詰め寄る――でも、まだ私は確信が持てなかった。だって……声も姿も別人だから。


「あ、ありがとうございます……」


 だから、他人行儀にお礼を言った。そんな私に――


「とりあえず、もう大丈夫だと思うけど。あんたも、さっさと帰ったら?」


 冷たく言い放つ。そうだよね……派手に遊んでる女子高生なんて、大人にとっては面倒なだけの存在に過ぎないんだから。


 だけど……


「マジか……」


 その声を聴いた瞬間、私は確信する。


「その子が捨てられてたから、エサを上げてるうちに友達とはぐれちゃって……」


 そんなことを言いながら、私は嬉しくて堪らなかった。だって……


「……このままにしておくのも、確かに可愛そうだな。文也さんに相談して、飼ってくれるところを探すか?」


 そんな風に話してくれる彼の声が……入学式であったときのそのままで。確かに背も高くなったし、今の姿は大人っぽいけど……何だか、安心する。


「本当? うちはマンションだから飼えないし、どうしようかって思ってたの!」


 そう言ったときはもう……私の心は弾んでいた。


「やっぱり……榊原さかきばら君だよね? そんな格好をしてるから、解らなかったよ!」


 私の言葉に――唖然とする彼。やっぱり……榊原君だ!




 それから帰り道で――私は榊原さかきばら君に怒られた。


「自分で嫌なら、止めれば良いんじゃないのか? 俺はおまえの事をそんなに知らないけど……その、何て言うか……あんまり似合ってないとは思う」


 全然押し付けがましくないのに、私の事を本気で心配してくれる感じて――物凄く嬉しかった。


「あのね、榊原君……私はもう夜遊びとか、そういうの止めるから。その……友達になってくれないかな?」


 意を決して、そう言った私に――


「いや、そうじゃなくて……篠崎は俺と友達になりたいのか?」


 榊原君は、ちょっと自信がなさそうに問い返す――何故そんな顔をするのか、今の私には解らないけれど……一人暮らしをしてるって言っていた彼が、苦労している事は何とくなく察する事は出来た。


「うん、そう言っているんだよ……駄目?」


「いや、駄目じゃないけど……」


「じゃあ、良いんだね……榊原君、ありがとう!」


 最後は強引に言っちゃったけど……榊原君の友達になれて、私がどれだけ嬉しいか……君は解ってるの?


「榊原君、送ってくれてありがとう……じゃあね、バイバイ!」


 家がお金持ちとか、そんなことを言われて――居たたまれなくって、すぐにバイバイしちゃったけど。


 私は……これ以上、格好悪いところを榊原君に見せたくなかったんだよ?


 自転車を押して立ち去る榊原君を、私はマンションの窓から見送りながら――幸せな気持ちで一杯だった。まだ色々と問題は残ってるけど……榊原君と友達でいられるなら、何でも出来そうな気がする。


「明日……お弁当を作って行こうかな? でも、そんな事をすると……重たい女とか思われるかな? ああ……どうしよう!」


 悶々とした気持ちのまま――私は朝まで眠れなかった。


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