第12話 楽しい時間の後


 朝飯が遅くて、しかも結構ガッツリと食べたので、昼飯はうどんの小とおにぎりで軽く済ませた。


 篠崎の方はドーナツとたこ焼き――


「その組み合わせ……小学生みたいだな」


「あ、ひどいよ、榊原君……私はこう云うのが好きなの!」


 昼飯の後は、篠崎が子犬のおやつを買いたいと言っていたので、まずはペットショップに向かう。

 篠崎が商品を選んでいる間、俺はガラス越しに子犬たちがいる一角をずっと眺めていた。


「榊原君って……本当に犬が好きなんだね」


「ああ、特に子犬がね。こうしてると、いつまでだって飽きないよ……それよりも、買い物は済んだのか?」


「うん。ワンちゃんのおやつなら買ったよ……ねえ、榊原君。こんな事を言うと気を悪くするかもとれないけど、ペットショップの犬って……」


 言い辛いそうな篠崎の言葉を、俺は途中で遮る。


「ああ、解ってる……商売でやってるんだから、仕方が無いとは思うけど。でも、こうして眺めているだけの俺だって……子犬のために何も出来ないんだよな」


 別に悲嘆に暮れているとか、無力感を感じてるとか、そんな事じゃなくて。現実は現実として受け止めるしかない。そのくらいの事は俺にも解ってる。


「そうか……何かごめんね、余計なことを言って」


「いや、気にするなよ……篠崎としても、考えるところがあったんだろ? 眺めて可愛いって言うだけじゃ済まないって……そう云うの篠崎の良いところだって、俺は思うよ」


「え……榊原君……」


 少し潤んだ篠崎の瞳が、俺を見つめる。さっき自分がやっておいて何だが、真っすぐに見つめられるって照れ臭いな。


「それじゃ……俺は食材とか日用品を買いたいから。篠崎はどこかで、適当に時間を潰しているか?」


 俺が誤魔化すように言うと、


「ううん……私も榊原君と一緒に買い物がしたい……駄目かな?」


 だから――そうやって上目遣いをするのは、本当に反則だからな。


「いや、別に断る理由なんてないし……じゃあ、悪いけど付き合ってくれよ」


「うん……普通にスーパーで買い物するのも、私は好きだから。それに今日は……」


「……うん?」


「ううん……何でもないよ! ほら……榊原君、行こう!」


 鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、篠崎は俺の買い物に付き合ってくれた。


「なんか、このジャガイモ……変な形してる!」


「ああ、形が悪い方が安くてお買い得だよな。俺は自分で食べるだけだから、形なんか気にしないけど」


「ねえ、榊原君……こっちのキュウリも変じゃない? くるって、思いっきり曲がってる!」


「ああ、それもお買い得品だな。買っておくか」


「もう……榊原君の反応が詰まんないよ!」


 頬をぷくりと膨らませる篠崎。


「いや、俺からしたら……野菜を選ぶだけで楽しめる篠崎が凄いと思うぞ」


 思わず笑ってしまうと――篠崎もエヘヘと笑みを返してくる。


 一人じゃない買物って……意外と楽しいんだなって俺は思う。


 そう言えば、篠崎はいつも楽しそうにしてる気がする。勿論、ときどき怒った顔や、落ち込んだ顔もするけど……気がつくと、いつの間にか笑顔になっている。


 ああ、そうか……篠崎と一緒だから楽しいんだ。買物なんて、必要なモノを買い揃えるための作業だって思っていたけど……




「榊原君、結構買ったね」


「ああ、次の週末まで買い物に行かないから。いつもこんなもんだな」


 帰りのバスの中でも、篠崎と喋りながら帰る。まだ早い時間でバスは空いていたから、他人に迷惑が掛かる心配はなかった。


 他に買いたいモノがあるなら付き合うと俺は言ったけど、


「ううん、嬉しいけど今日はいいや……秋山さんが待っているからね」


 篠崎は微笑みながら、そう言って断った。


 バスに乗っている時間は二十分くらい。俺は篠崎と何気ない話をしながら、ニコニコしている篠崎の顔を見ているだけで飽きなかった。


「でも、ちょっと重そうだね……バスを降りたら、私も持つよ」


 そろそろ最寄りのバス停に着くタイミングで篠崎が言う。昨日篠崎は同じバスでうちに来たから知っているのだ。


「いや、さすがに……俺も男だからな、女の子に持たせるなんて格好つかないだろ?」


 男は女を守るために強くなれと云うのが父親の持論だった――俺が今でもランニングと筋トレを続けているのは、その影響が大きい。


「うん、榊原君が男らしいのは私だって知ってるよ……このまえ、助けて貰ったしね。でも少しくらい、私にも手伝わせてよ」


 篠崎の気遣いが嬉しい……俺に対しての事だけじゃなくて、葵の事もそうだよな。


「いや、ホントにいいって……て言うか、これだけは譲れないからな」


 俺がフンと鼻を鳴らしてわざと胸を張ると、『何よ、それ!』って篠崎がクスクスと笑う――こんな風に人前でお道化るなんて、相手が篠崎じゃなかったら俺は絶対にしないだろう。


「それよりさ、篠崎……葵の事だけど、話を聞いてやってくれよ」


 葵にはNINEで家に着く時間を知らせていた。さっきの様子だと、買物中も催促されると思っていたけど。あれから向こうから何の連絡もないし、NINEに既読が付いただけだ。


「うん……わざわざ謝りに来て貰うとか、逆に申し訳ない気がするけどね」


 篠崎らしいと思うが、きちんと言葉にしておいた方が良いと思う。


 家の近くのバス停で降りると、俺は宣言通りに荷物を自分で全部持つ。バス停から家までは五分くらいだ。


「へえー……やっぱり、榊原君は男らしいね。細く見えるけど……結構筋肉あるでしょ?」


「まあ、人並みには……」


 そんな感じで喋りながら、俺のうちまで帰って来ると――予想通りに、葵が待っていた。


 いや、待っていたのは予想通りなんだが……


「遅かったわね、颯太――」


 葵は玄関の前で腕組みしながら――仁王立ちしていた。切れ長の目が俺を睨みつける。


「篠崎さんと二人きりで買い物とか……いったいどういう事か、説明しなさいよ!」


 そして一方――『ねえ、話が違うよ……どうしよう、榊原君?』って感じで、篠崎は俺に助けを求めていた。

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