第10話 葵side――幼馴染――
颯太の家に突然やって来た派手な金髪の女の子――
私は意地悪な言い方をしまったけど……本音を言えば、彼女が羨ましくて妬ましいかった。だって、幼馴染の私でさえ、三年近くも颯太と話してないのに……どうして貴女が、颯太の隣にいるのよ?
※ ※ ※ ※
私と颯太は隣同士で年齢も同じ。誕生日も近いから、本当に生まれたときからの幼馴染だった。
幼稚園の頃の颯太は泣き虫で、十日だけ早く生まれた私は、まるで颯太のお姉さんのように振舞っていた。
颯太のお母さん――京子おばさんの事も私は大好きだった。だから幼稚園の頃の私は、自分の家にいるのと同じくらいの時間、颯太の家で過ごしていた。
だけど小学校に入って、私と颯太が一緒に空手教室に通い出すと――颯太は急に『男の子』らしくなった。喋り方も生意気になって、空手の試合でも活躍するようになって、なんか……可愛くなくなったのだ。
『男の子』になった颯太とは、幼稚園の頃みたいに遊ばなくなったけど。一緒に空手教室にも通っていたし、京子おばさんが私に優しくしてくれるから、小学生の頃も私はちょくちょく颯太の家に遊びに行った。
「ほら、颯太……京子おばさんに教えて貰って、私が作ったクッキーよ!」
「え、葵が作ったクッキー? なんだか、不味そう……」
そんな風に颯太が生意気なことを言うと、
「颯太……葵ちゃんに何を言ってるのかな? 今すぐ、ここに座りなさい!」
京子おばさんは、いつも私の味方をしてくれた。京子おばさんに怒られているときだけは……颯太もちょっと可愛かった。
だけど、普段の颯太は本当に生意気で――小学校高学年になると、空手でも私より強くなった。私が作るお菓子にも毎回文句を言うし、隣りなのに学校に一緒に行ってくれないし……私だって、颯太と一緒に登校したかった訳じゃないけど。
でも……私が空手の試合に負けて、隠れて泣いていたときは、私が戻っるまでずっと待っていてくれた。私の作ったお菓子も文句は言うけど……全部残さずに食べてくれた。
それに、颯太は何も言わなかったけど、私は知ってる……空手をしてる私を『男女』だと陰口を叩いていた相手と、喧嘩をしてくれた事も……
だから、颯太は生意気だけど、私は
中学になって学校は別々になったけど、空手教室は一緒に続けていた。それに京子おばさんは相変わらず仲良くしてくれたから、私は毎週のように颯太の家に行った。
中学生になった颯太は、私よりも背が高くなって……さらに生意気になったけど、同じ中学の男の子よりも、ちょっと大人っぽく見えた。
「ねえ、颯太……颯太の中学は、お弁当なんだよね? だったら、今度私が作ってあげようか?」
中学一年生の私は、突然そんな事を言い出した。理由は覚えている……颯太の家に行ったときに、颯太が同じクラスの女の子の話をしたからだ。今思い出しても……滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。
でも、そんな私に颯太は――
「何だよ、葵……俺の弁当を作ってくれるのか? だったら……期待してるからな」
本気でムカつくくらいにサラッと応えたけど……『そうか……食べてくれるんだ!』って、私はそれだけで嬉しかった。
「颯太……せっかく、葵ちゃんがお弁当作ってくれるのに。何、あんた……ホント最近、偉そうになったわよね!」
その後、京子おばさんに思いきり怒られて、ちょっと涙目になる颯太が――物凄く可愛いって、私は思ってしまった。
そんな風に……中学は違っても家も隣り同士だし、京子おばさんもいる。高校に入っても、その先もずっと私と颯太の関係は変わらないって、あの頃の私は思っていたのに……
中二の夏休み――颯太のお父さんと京子おばさんは事故で、突然亡くなってしまった。
「京子おばさんが……何でよ……」
事故の話を聞いたのは、私のお母さんからだ。
物凄く悲しかった、辛かった……でも、私なんかよりも、颯太の方が何倍も悲しいのは解っていたから。
病院で項垂れている颯太を見た瞬間――私は思わず駆け出して、颯太を思いっきり抱きついた。
「颯太……大丈夫だから。颯太には私が……」
どうして――今思えば、なんて無神経で厚かましい事を言ってしまったんだろう。
「ごめん、葵……もう少しだけ……一人にしてくれないか?」
このときの颯太の目には――私なんて映っていなかった。
颯太のお父さんと京子おばさんが亡くなったのは――八月十六日。颯太の誕生日だった。
お葬式が終わって、一人になった颯太のところに私は毎日通ったけど――何度チャイムを鳴らしても、颯太は出で来てくれなかった。
「ねえ、葵……颯太君の事は、暫くそっとしておいてあげましょう?」
あ母さんは、颯太の家の事は親戚の人が色々とやってくれていると、私に説明してくれた。私も何度か見覚えのある人が颯太の家に来るのを見掛けたけど、とても声を掛ける気にはなれなかった。
「うん、解った……お母さん」
私じゃ、颯太の力になってあげられない……物凄く悲しかったけど、颯太の方がもっと辛いと思うから我慢した。でも、もし颯太が少しでも元気になったら……何でもしてあげようって、私は思っていた。
だけど――
二学期が始まる日。自分の部屋の窓から、颯太の家を眺めていた私は――玄関のドアが開いて、制服姿の颯太が出て来た瞬間……思わず走り出していた。
「颯太……大丈夫? 私、ずっと……心配してたんだから!」
裸足で駆け寄る私に、颯太は顔を上げたけど――颯太の瞳に、私は映っていなかった。
「ごめん、葵……」
それだけ言って、颯太は自転車に乗って走り出す。私には解ってしまった……颯太には、私なんて必要ないと。
『颯太には私がいるから』なんて、無神経なことを言ったから? それとも毎日しつこく、チャイムを鳴らしたから? 私は颯太を傷つけてしまったと、物凄く後悔した。
でも、それでも……時間が経てば、元通りに戻るかもしれない。そんな淡い期待を私は抱いていたけど――
二学期が終わっても、三学期になっても……中学を卒業して高校生になっても、二年生になっても……颯太と私の関係は、元に戻らなかった。
いや、それは違う――颯太に避けられても、初めのうちは私から話し掛けていた。だけど、それがだんだん辛くなって……颯太に会いに行かなくなったの私の方だ。
颯太に必要とされてないとか、迷惑を掛けたくないとか……そんな事は全部言い訳で。私は……颯太に嫌われていると認める事が、怖かったんだ。
自分の部屋の窓から、朝に颯太が自転車で出掛ける姿や、夜遅く帰って来る姿を時々見かける――だけど、以前のように毎日、颯太の姿を探したりはしない。だって……颯太が私の事なんて忘れているって、思いたくないから。私も颯太の事を、出来るだけ見ないようにしていのに……
「……わん!」
「……ワンちゃん、めっちゃ可愛い!」
部活のない日の土曜日に私が部屋にいると、聞こえて来たのは犬と女の子の声。
「あのなあ、篠崎……そろそろ、勉強を始めないか?」
続いたのは、久しぶりに聞く颯太の声――私が慌てて立ち上って、窓から外を見ると……颯太の家の庭に、颯太と金髪の女の子がいた。
「え……
意味が解らなかった……どうして颯太は、他の女の子と普通に話しているの?
今すぐ、颯太に訊きたかったけど――私には勇気がなかった。三年近くも颯太と会わなかったのは……嫌われたと認めたくないから、忘れられたと思いたくないから。
でも……気になるよ。金髪の女の子と話していた颯太は……笑っていた。颯太も笑うようになったんだ……それだけで、涙が出るほど嬉しかった。だけど……一緒にいるのは私じゃない女の子……颯太は、その子が好きなの? ねえ……私はどうすれば良いの?
暫く、私は枕を抱えていたけど――不意に立ち上がる。
今、颯太に会わないと……手遅れになるかって、そんな予感がした。だって……颯太と一緒に笑っていた女の子が、私の居場所を埋めてしまうかも知れないから。
だから、勇気を振り絞って――颯太の家のチャイムを鳴らした。
「
私は適当な事を言う――そんな事よりも私の胸の中は、久しぶりに颯太と会えた嬉しさと、颯太に拒絶される不安で一杯だった。
「何だよ、
でも、普通に喋れた……颯太は素っ気なかったけど、きちんと私を見てくれた。それだけで私は物凄く嬉しかったんだけど……
「どうしたの……榊原君? 何かあった?」
私はドアの奥にいる美少女――
奇麗な金髪と長い睫毛……派手だけど可愛い彼女に、私は色々と想像してしまう。
そこから、久しぶりに颯太の家に上がって。結局、篠崎さんに喧嘩を売って、颯太に怒られたけど――嫌な感じだったと反省はしているけど、後悔は全然していない。
だって……颯太が私の事を見てくれたから。もう拒絶されない、嫌われていないって事が解ったら……今度は颯太の隣に、もう一度立ちたいって思ってしまう。
この三年間、私は颯太の傍にいなかったけど――傍に居ても良いなら、颯太の隣は絶対に誰にも譲りたくない!
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