第24話 それから土曜日まで

 美月みつきさんの件は完全放置――いや、揶揄からかかわれてるだけだし、どうせ俺なんかが太刀打ちできる相手じゃない。


 あおいの方は――翌朝、物凄く機嫌が悪いのに。朝食の間、何故か向かいの席ではなく、ずっと俺の隣にくっ着いていた。


「まさか、あんな強敵がいただなんて……もっとアピールしないと、不味いわね……」


「い、いや、葵……美月さんは、そんなんじゃ……」


篠崎しのざきさんとも、一時休戦で相談しなくちゃ……」


「……」


 心の声が駄々漏れで、俺の話しなんて全然聞いていなかったが。柔らかい身体が密着し過ぎて、葵の匂いとか体温とか、朝から俺は完全にショート……


 週末の土曜日は、葵は部活があるとの事で。昼間は桜奈さくながいつものように来て、蘭子らんこと遊んでから一緒に勉強していると――


「ねえ、颯太そうた君……美月さんって凄く綺麗で、魅力的な女の人みたいね?」


 不意に、桜奈が呟く――俺は桜奈を見るが。桜奈の方は問題を解いている最中で、こっちを見ていなかった。


「……なんで、桜奈が美月さんの事を?」


「秋山さんから、NINEで教えて貰ったの……」


 いつの間に連絡先の交換を――だが、これくらいは予想の範疇だったが。


「それから、昨日蘭子ちゃんの散歩に来たときに偶然会って……色々とお喋りをしちゃった」


 いや、それって……絶対偶然じゃないだろう!


「……桜奈、葵に何を聞いたのか知らないけど、あいつは勘違いしてるんだって……」


「うん、解ってるよ……颯太くんは優しいから、何をされても美月さんに強く言わないんだよね」


 ニッコリ笑う桜奈――ああ、桜奈は解ってくれるんだと、俺はホッとするが……桜奈は何故か立ち上がって俺の隣に移動する。


「でも……颯太君が 大人な女の人に迫られてるって思ったら……焼けちゃうから、私ももっとアピールしなくちゃって……」


 桜奈はコテンと俺の肩に頭を乗せて、手を繋いでくる。


「ねえ、颯太君……私、頑張るから……」


「……ああ、桜奈は勉強をもっと頑張らないとな」


 そういう意味じゃない事くらい、俺にだって解っているけど。ちょっと恥ずかしくなって、俺は頬を掻きながら誤魔化してしまう。


「……うん。勉強の方も・・・・・頑張るから……」


 桜奈は頬をピンクに染めながら、上目遣いに俺を見る。俺が何を考えてるかなんて、桜奈は全部お見通しって感じで……細くて柔らかい指を優しく絡めてくる。


「桜奈……」


 俺は桜奈をじっと見つめる――桜奈の瞳は少しだけ潤んでいた。


「颯太君……」


 桜奈は目を閉じる……その意味が解らないほど、俺は鈍感じゃない。桜奈の柔らかそうなピンクの唇に、俺はゆっくりと近づく……息が掛かるほどの距離から、俺は少しずつ桜奈に顔を近づけるが――


 バタンと! 突然開く無慈悲なドア――俺と桜奈が驚いて見つめる先には……


「なんとか、間に合った……全く、篠崎さんも油断も隙もないわね!」


 セーラー服姿の葵が肩で息をしながら立っていた。


「どうしたんだよ、葵……今日は部活じゃなかったのか?」


「そうだけど……嫌な予感がして部活を早退してきたら、この状況よ……颯太、説明してくれる?」


 笑顔が怖い葵と――どうしようかなって感じで、俺の手を握りしめる桜奈。俺としては……とりあえず、笑顔を浮かべるしかない。


「えっと……とりあえず、葵。喉が渇いてるとか、腹が空いてるとか……冷蔵庫から、何か持ってくるよ」


 桜奈の手を離そうとすると――桜奈に寂しそうな顔をされて止める。すると……


「ふーん……颯太は、やっぱり……篠崎さんの方が大事なんだ?」


 葵が至近距離まで迫って来て俺を睨む――いや、ちょっと待ってくれよ? 俺は……こんな事がしたいんじゃなくてさ……


「俺は……桜奈が大切だけど」


 その瞬間――桜奈がピクッと反応して、顔を染めながら俺を上目遣いに見つめる。それに反して、葵は俯いてしまうが……


「葵の事も……大事な幼幼馴染みだって思ってる」


 俺がそう言うと、葵は真っ赤になって抱きついて来た。


「颯太……私は颯太の事……」


 そんな葵に、桜奈は申し訳なさそうな顔をする。


「颯太君も、秋山さんも……私は颯太君を独り占めしたい訳じゃないよ……」


 桜奈はそう言いながら俺の胸に顔を埋める……いや、さっき嫉妬するとか言ったよね?

 いや、そうじゃない……桜奈は俺のために、そう言ってくれているんだ。それに葵も不満そうな顔をしてるけど。俺と桜奈を引き剥がそうとはしない……


 二人の美少女に挟まれる状況。そんな状況に普段はボッチな俺が耐えられる筈もなく――


「ハハハ……って言うかさ。何か暑いからアイスでも買って来るよ!」


 俺は家から逃げ出した。

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