第25話 デートの約束


 土曜日は、そのまま桜奈さくなあおいと三人で、バイトに行くまで一緒に過ごす事になったが。両手に花――なんて生易しい状況じゃなくて……


「颯太君……これって、どう解けば良いのかな?」


 勉強を教えるために俺と桜奈との距離が近づいたり、偶然二人の手が触れてしまったりすると。その度に葵は、俺の腕にしがみ付いて――ボリュームはないけれど、柔らかいモノを押し付けてくる。


「お、おい……葵。おまえも勉強しなくて良いのか?」


「私はこれでも成績良い方だから、別に良いの……それより、颯太。ちょっと顔が赤いけど……もしかして、私の事を意識してくれてる?」


 葵は悪戯っぽく笑う。


「いや……こんな事されたら、意識しない方がおかしいだろ?」


「へー……そうなんだ。ちょっと嬉しいな」


「お、おい……やめろって!」


 さらに柔らかいモノを押しつけて来る葵に、俺が真っ赤になると。桜奈は困ったような、ちょっと寂しそうな顔をしながら――反対側の手をギュッと握ってくる。


 こんな状況じゃ、真面まともに勉強なんて出来る筈もなく。桜奈に勉強を教えるどころか、俺自身の勉強も進まない。そして何よりも……俺の心臓が持たないから!


 俺は誰に何て思われても構わない、そんなの全然気にならなかった筈なのに――今の桜奈や葵と一緒にいると、二人の事が気になって仕方ないんだ。


 いや、俺も健康な高校二年生だから。二人の美少女の距離感がおかしい事や、身体が触れてしまう事や体温とか甘い匂とか……反応してしまうのは仕方のない事だけど。それだけじゃなくて……


 とにかく、この状況を何とかしないと――とりあえず、今の状況を作った原因は葵の方だから。しがみ付いている葵を何とか説得しようと試みる。


「なあ、葵……そろそろ離れてくれないか? これじゃ、勉強が出来ないだろ?」


「ふーん……篠崎さんも手を握ってるのに、そっちは文句を言わないんだ?」


 葵に言われて、桜奈は慌てて俺から手を放す。だけど葵の攻勢は止まらない。


「別に、放して上げても良いけど……颯太、一つ条件があるわ。今日は篠崎さんとずっと一緒だったんだから……明日は私とデートして! ねえ、颯太そうた……文句なんてないわよね?」


「おい、ちょっと……」


 俺は反射的に文句を言い掛けるが――途中で思い止まる。


 今の状況を解決するためには、葵ともう一度じっくり話をしなければならない。だけど、葵とは土日以外毎朝一緒に過ごしているが、朝の慌ただしい時間にするような話じゃない。だったら、二人で出掛けるのも良い機会だと思うが……


「颯太君、私の事は気にしないでよ……私は蘭子らんこちゃんと一緒に遊んでいるから、二人で出来掛けて来てよ」


 明日も一緒に勉強すると、桜奈と約束していたのだが――桜奈はニッコリ笑って、そう言ってくれた。


 桜奈が俺の事を考えくれて言ってくれているのが解っていたから。桜奈には悪いと思ったけど……


「解ったよ、葵……夕方から親戚の叔父さんに会う事になってるから、それまでで構わないか?」


「うん……颯太、ありがとう! じゃあ、11時に迎えに来るから!」


 桜奈の気遣いなど、葵は気づいていないようで――頬を染めて嬉しそうに笑うと、約束通りに俺から離れた。


 それから、俺と桜奈が勉強をしている傍らで。葵はふんふんと鼻歌を口遊くちずさみながら、スマホで明日の行き先を調べているようだった。


 凄く上機嫌で嬉しそうにしているから……俺は何となく罪悪感を覚えるが。自分の勉強と、桜奈に勉強を教えているうちに、そっちに集中してしまう。


 だから――俺と桜奈の距離が再び近づく度、葵が頬を膨らませていた事に、このときの俺は気づかなかった。


※ ※ ※ ※


 そして日曜日の朝――昨日も『アルテミス』が閉店するまでバイトをしていたけど、今日もいつもよりは早く目が覚めてしまう。


 時計を見ると9時5分――六時間は寝たから十分だと、俺が一階に降りていくと……桜奈が蘭子に餌をあげていた。


「颯太君……ごめん、五月蠅くして起こしちゃった? え……」


 桜奈は俺を見て――何故か顔を真っ赤にしている。


「いや、別に……ちょっと顔を洗って来るよ」


 俺は半ば寝ぼけたまま洗面所に向かって。歯を磨いて冷たい水で顔を洗ってから――ようやく気づく。パジャマの前のボタンがほとんど全部外れており、さらにズレてしまっているせいで、俺の上半身はほとんど露出していた。


 まあ、良いか……見られて困るもんじゃないし。


 葵との約束で、今日はバイトの時と同じように長過ぎる髪をジェルで固める。そして一度部屋に戻って着替えてから、桜奈がいるリビングに戻る。


「桜奈、さっきは見苦しい格好を見せて悪かったな」


「ううん、見苦しくなんてなかったけど。ちょっと見惚れちゃって……」


 後半の部分は、声が小さくて良く聞き取れなかったが――何故か桜奈は、再び真っ赤になって俺を見つめていた。


「……うん? 俺の格好、何か変かな?」


「そ、そうじゃなくて……バイトの時ともちょっと違って、今の颯太君は……」


 ハッキリ言おう――俺はファッションに全然興味がない。学校でもバイトの時も制服だから問題ないし、ランニングの時はジャージだし。部屋着以外は買い出しに行くときくらいしか着ないから問題ない。


 だけど、TPOくらい俺も弁えている。桜奈と買い物に行ったときは、普段のラフな格好だったが――今日はこの髪型だし、夕方から叔父さんにも会うから。上はボタンダウンのシャツに、薄いジャケット。下はスリムスラックスという格好だった。


「まあ……変じゃないなら良いんだけど。それより……桜奈。今日は悪いな」


 俺には自分の服なんかよりも、桜奈を残して出掛ける事の方が気になった。


「そんな事……気にしないでよ。颯太君には……秋山さんの事も大切にして欲しいから」


 ホント、桜奈は――いつも自分の事よりも、俺の事を想ってくれる。そんな桜奈と一緒にいると……俺は温かい気持ちになる。


「颯太君……朝ご飯まだでしょ? 今日は私が作るから、一緒に食べようよ」


 桜奈と蘭子と一緒に朝飯――心地良く流れるゆっくりとした時間。朝食の後、一緒に皿を洗って……偶然、手が触れて。思わず桜奈と見つめ合うが……これから葵と会う事もあって、お互いそれ以上近づくことはなかった。


 そして10時30分になると――


「じゃあ、颯太君……私は蘭子ちゃんとお散歩に行って来るね」


 桜奈は葵に気を遣ったのか、先に出掛けてしまう……葵の事だから、桜奈が来たのも出掛けたのも気づいているだろうな。


 だから、少しくらい早く来るかと思ったが――11時ピッタリに、インターホンがなった。


「颯太、ほら早く出掛けるわよ……」


 玄関のドアを開けると、葵がちょっと不機嫌な感じで言う。今日は外出するから、さすがにヘソ出しルックなんて格好ではないけど――


 鎖骨が覗くようなルーズで薄いシャツに、デニムのショートパンツと、日に焼けた肌がバッチリ露出していた。


 思わず俺が蒼に見惚れいると――何故か葵もマジマジと俺を見ていた。


「颯太……反則よ! ごめん、ちょっと待って……私、急いで着替えて来るわ!」


 慌てて駆け出して、葵は自分の家に戻っていく。


「何だよ、葵の奴……俺の格好って、やっぱ変なのか?」


 そして待つこと十五分――


「そ、颯太……お、お待たせ!」


 葵は息を切らせながら――今度はVネックのブラウスに、スキニーパンツとパンプス。葵としては、ちょっと大人びた感じの格好でやって来た。


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