第22話 颯太の提案


 葵が朝飯を作ってくれるようになると――


 昼は桜奈が弁当を持って来てくれるし、夕飯はバイト先で賄いを食べるから。俺は少なくなとも土曜日まで、自分で飯を作る必要がなくなった……ちょっと前なら、全く考えられない事だな。


 だけど、桜奈の弁当は勉強を教えている事へのお礼だと言うが、俺の方も蘭子の面倒を見て貰っている訳だし。葵の方は、朝食の代わりに俺が筋トレを教える事になったが……よく考えてみれば、教えられる事なんてタカが知れている。


 だから毎日、二人に飯を作って貰うのは正直ちょっと心苦しい。材料費だけでも、決して馬鹿にならないだろう。

 だからと言って、現金をそのまま渡すのも、かえって悪い気がして――そこで俺は一つ考案した。


※ ※ ※ ※


 水曜日の朝、葵と一緒に朝食を食べた後――


「なあ、葵……朝飯を作って貰うのは嬉しいけど、材料まで全部持って来て貰うのは、ちょっと違うだろ?」


「何言ってんのよ、颯太。私が好きでやってるんだし、私だって一緒に食べてるんだから……まさか、お金払うとか言わないよね?」


「いや、そうじゃなくてさ……」


 予想通りの反応だと思いながら、テーブルの上に女物の財布を出す――昨日、少し早めに学校を出て買ったものだ。


 そして『どういう事?』と、キョトンとした顔をしている葵に――


「この中にうちの生活費が入ってるから……これを葵が預かってくれよ。朝飯の材料だけじゃなくて、他にも食材とか日用品とか、葵が選んで買っておいてくれると、俺としても助かるんだけどな」


 家計の財布を握らせる――ちょっと小賢しいやり方だと自分でも思っていたが。


「もう……颯太がそう言うなら、仕方ないわね! 私が買い物を全部やってあげるわよ」


 葵はまんざらでもない感じで、財布を受けと取ってくれた。


「あ、でも悪いけど、葵。蘭子の餌とかは……」


「解ってるわよ……蘭子の事は、篠崎さんの縄張りなんでしょ?」


 おい、縄張りって――もう少し言い方があるだろうと思ったが。とりあえず、葵が納得してくれたので、それ以上は突っ込まない事にした。




 そして、桜奈の方にも――


 午後5時になって、蘭子の世話をすると先に帰ろうとする桜奈を、俺は呼び止める。


「桜奈……なあ、気を悪くしないで聞いてくれよ?」


「どうしたの……颯太君?」


 不思議そうな顔をする桜奈に、


「桜奈は俺が勉強を教えてる事のお礼に、毎日弁当を作ってくれるけどさ。桜奈は蘭子の面倒を見てくれてるから、それだけで十分だって俺は思ってるんだ」


 変な風に誤解されないように、俺は反応を確かめながら喋る。


「そんな事ないよ……私は蘭子ちゃんと遊びたいし、そもそも颯太君に飼って欲しいって、私がお願いしたようなものだから」


「桜奈が蘭子の事が好きなのは解ってるよ。だけど、手間も時間も掛かってるのは事実だし。それに蘭子の餌とかおやつとか、桜奈は自分の金で買ってるだろう?」


「それも私が蘭子ちゃんに食べさせたいから買ってるだけだよ」


「いや、それも解ってるんだけどさ……」


 全然気にしないでよと、桜奈は優しく微笑む――桜奈が俺の事を想って言ってくれているのは解っている。だけど、それに甘えてばかりいる訳にはいかないから……


 俺が桜奈に差し出したのは、蘭子に似た感じの犬の顔の形をした財布だ――この財布は、実は少し前に買ったんだけど。今日まで渡せなかった。


「あ……蘭子ちゃんみたい!」


「桜奈が世話してくれるおかげで、俺は蘭子と一緒に居られるんだから。蘭子のエサとかおやつとか買うときは、その中の金を使ってくれよ。


 あと、桜奈が作ってくれる弁当の食材も……半分は俺に出させてくれないかな? 俺としては……桜奈が弁当を作ってくれるだけで嬉しいから」


 俺が何を考えて、何を想って言っているのか――桜奈には解ったようで、ニッコリと笑ってくれた。


「……うん、解ったよ。でも、私が趣味で蘭子ちゃんに買う分は良いよね?」


 だけど――余計な事まで悟られてしまったようだ。


「あのね、颯太君……颯太君も、気を悪くしないで欲しいんだけど」


 ちょっと迷っている感じで、桜奈は上目遣いに俺を見る。


「もしかして……颯太君は、秋山さんにもお財布渡した?」


「え……」


 不意打ちの質問に、俺は唖然とする――こんな反応をしたら、肯定してるのと一緒だろう。


「あ……別に文句とか言ってる訳じゃないんだよ。颯太君なら……そうするだろうって、何となく思っただけで……」


 桜奈は困った顔をする。


「颯太君が秋山さんと仲良くするのは、私も嬉しいんだけど……やっぱり、ちょっとだけ焼けちゃうかな」


 こんな顔をする桜奈も可愛いと思いながら――もう桜奈には勝てないんじゃないかって、俺は考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る