第6話
ビリヤードやダーツの部屋には若い男女がおり、そのなかで一番手前にウィリアムがすぐに手をこちらへやって来たのが見えたのだ。
アンはすぐに大きめのトランクを片手にビリヤードのもとへと向かうのが見えた。
「アン。待っていたよ、早めにゲームを始めよう!」
そう言ってウィリアムはすぐに慣れた手つきでダーツを二人分に分け、その片方――白のダーツをアンに手渡したのだ。
「お客様。お連れ様でしょうか?」
そのときウィリアムに声をかけている男性が立っている。どうやらアンの荷物を一緒に預けることを提案しに来たらしい。
「あぁ。よろしくお願いします、アルバティア駅に到着する前に知らせてください」
ウィリアムはそう答えると、すぐにアンのトランクを預けた。
アンは白いダーツを片手にすぐに楽しそうな言葉をしながらこちらを見ているのが見えた。
「よし。お父さん、先攻か後攻か、どっちがいい?」
「うーん、じゃあ。アンが先にしよう!」
そのときに的の中心を狙い、いつも通りダーツを投げる。
すぐにダーツは的の中心の円に近い部分に刺さっている。
「よっしゃあ! お父さん、刺さったよ!」
かなりの上級者のようで、その強さにウィリアムは驚きの表情をしている。
それを見た彼女は吹き出して笑いを押さえることができなかったのだ。
「あははは! めちゃくちゃ面白い。お父さんの表情ヤバい」
「めちゃくちゃ上手い……うそだろ」
「へへ。学院の学生寮で遊んでるとき、強くなっちゃったみたい」
学院の寮にある娯楽室みたいな場所でダーツの腕を上げている。たまに寮内で大会を開くと優勝か二位になったりもすることを思い出した。
「学院の学生寮の大会はどうだった?」
「あ、もう五連覇くらいしてるよ、今度の冬の大会がラストだよ」
「五連覇……うそだろ」
五連覇しているということはその学生寮では負けないという状態だ。
アンのダーツの投げ方はとても上手く、かなりの上級者だということがわかっていたのだ。
もはや高得点過ぎて、ウィリアムの逆転が不可能な状態になってきている。
「お父さん。どうしたの、降参?」
「いや……じゃあ、投げるよ」
ウィリアムはすぐに赤いダーツを持ち、アンが立っていた場所に立ってダーツを投げる。
「あ、ヤバい……やらかしたぁ!」
彼の投げたダーツはアンのダーツとは離れたところに刺さり、最初のターンでかなりの点差がついてしまっていた。
「やったぁ! お父さんが負けたら、夏物の服を買ってほしいな~。で、うちが負けたら、週末にリクエストした料理を作る、でどう?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべたアンは、次のターンと言わんばかりに父の肩を押した。
「いいぞ~。めちゃくちゃ難しい料理を作らせるから」
大人げないような感じに言うが、勝負に関しては負けたくないようだ。
「え~、作らないよ? 服を買ってもらうから~」
こちらも負けるつもりはないようで、
お互いのダーツを外してから、そのままラウンドを変えてやるつもりでいるみたいだ。
「よっしゃ」
アンの二投目は的の中心の円に突き刺さっている。コントロールするのが得意らしく、勝負は完全にアンが優勢になっている。
「負けるわけにはいかないな……」
そのときにウィリアムは紅茶を飲み終え、二投目はアンの二投目とほぼ同じ場所に突き刺さった。
「やったぁ! 父親の意地ってもんだ。アハハハッ」
「ムムム……お父さん、大人げない」
娘に負けてたまるかと感じたのかダーツはほぼ真ん中に刺さって、とても悔しそうな表情をアンは浮かべているようだ。
「お父さん。そろそろ出るみたいだけど……」
その次のターンをしようとしたときに列車の出発を合図するベルが鳴り響いている。
「そろそろサーディルアーを出たみたいだな」
「そうだね、アルバティアまではあと三時間くらい」
動き始めたとき一瞬グラリと車体が大きく揺れ、アンはバランスを崩してしまいそうになってしまう。
「うわ!」
ウィリアムが支えながら、すぐにアンは体勢を整える。
「大丈夫? アン、やや揺れたら、びっくりしただろう」
「大丈夫だよ! お父さん、続きをやろう」
アンとウィリアムのダーツ対決は三時間の列車移動を使い切り、先ほど荷物を預けた男性が二人の荷物を持って声をかけに来た。
「アンダーソン様。間もなくアルバティア駅へ到着いたしますので、お荷物をお持ちいたしました」
その声を聞いてアンはずっと待っていたような表情でウィリアムを見ていた。
「やったあ! お父さん、わたしの勝ちでいいよね!」
手を叩きながら彼女はメモ用紙に書かれた得点を見せる。
合計得点はウィリアムとはかなりの点差でアンの勝利となった。
やはり波のある点差を広げてしまった要因のようだった。
「あぁ。エリン=ジュネットに戻ったら、買いに行こうか」
「うん! お父さん、楽しみにしてるよ?」
「うん。そろそろ卒業パーティー用のドレスも仕立てた方がよさそうだな」
「まだいいよ。年明けになればいいから」
その表情はとても嬉しそうにしていて、ウィリアムは負けた悔しさもあるがとても清々しい気分だった。
そして、二人を乗せた列車はロジェ公国国境のアルバティア駅へと向かっていく。
二人は少し遅めの昼食をとることにして、娯楽室で預けていたトランクを片手に食堂車へと向かった。
軽くサンドイッチを頼んで食べていると、懐中時計は午後三時五十分を指そうとしている。
「忘れ物がないか、調べてきなさい」
「はい。お父さん」
泊まっていた部屋に入ると、忘れ物をしていることはなかった。
列車は午後六時に次の停車駅へと到着した。
ロジェ公国国境のアルバティア駅。
人々は家路に向かったり、そのままホテルへチェックインする人たちが我先にと改札口へと向かってきているのが見える。
そこにやって来たのは辺りも薄暗くなってきていて、気温も少しずつ低くなっているようだ。
「寒いね……五月でも」
さすがにアンが寒そうに体を縮こまっているのを見て、ウィリアムはそっと肩に自分が着ていたジャケットを羽織らせる。
「ありがとう。お父さん、しばらく借りるね」
「そうだな、羽織ってくるものは着てる方がいい。今日はホテルにチェックインしよう」
ウィリアムとアンはホームに人が少なくなるのを待ってから駅の改札を出る。
駅の改札と建物を出ると、そこにはホテルから迎えが来ていた。
「アンダーソン様ですね、お待ちしておりました。お荷物をお預かりいたします」
アンとほぼ同世代の男性が二人の荷物を持ち、大人数乗れる車の後ろに荷物を置いて、車のドアを開ける。
車は魔法工学の発展により、大陸間横断列車と同じ蒸気機関を利用して動いている。
「どうぞ。こちらからお乗りください」
「ありがとう。アン、乗りなさい。先に」
「うん」
アンはもう眠そうな表情で車に乗ると、すぐにウィリアムのそばに座る。
二人が後部座席に乗るのを確認すると、若い男性は運転席に乗りエンジンを入れて動かし始めた。
「ホテルまでは二十分ほどかかります」
「あぁ。ありがとう、年はいくつですか?」
「ぼくは十九になります。十二歳で村の学校を出て、いまから向かうホテルに就職しました。いまは運転手としてがんばっています」
(アンの一つ上か)
ウィリアムは運転手と会話を始めた。
そのときにアンは体に疲労が溜まってきて、睡魔が襲ってきている。
うとうとしながら、父が自分の肩を抱き寄せて頭を父の肩にもたれ掛からせた。
「疲れているだろう? 少しだけ休んでていいよ」
「うん……」
そのままアンは目を閉じて、眠りに落ちていくのには時間はかからなかった。
ウィリアムは眠りについた娘の表情を見て、昔と全く同じ寝顔をしているのに気がついた。
「笑顔、昔と変わらないな……」
懐かしむようにそっと頭をなでてると、少しくすぐったそうにしているのはわかった。
昔はずっと見ていた寝顔なのに、ここ数年は全く見ていなかった。
(こうしてみると、ずっと変わってない)
そのときホテルの建物が見えてきて、アンは全く起きないので彼女を背負うことにした。
「よいしょ。大きくなったな……こうやって夜に歩いたのはいつぶりだろ」
そう言ってホテルに入った。
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