第22話
アンは列車の警笛で目が覚めた。
すぐに一気に列車は轟音と共にトンネルに入っていったのがわかった。
時折少しだけ揺れ動く車内は音がするが少しだけ音が小さなくなって過ごしやすい。
それからトンネルを抜けるとそこはもうアルバティア駅に近いということが見えた。
「もうすぐアルバティアに着くのか」
アンはもうすぐ終わってしまうかもしれない長旅に想いを馳せていた。
そこで貨物列車との待ち合わせをするという車内アナウンスが聞こえた。さらにあと二時間後にアルバティア駅に到着し、大陸横断列車に乗り換える乗客への案内も聞こえてきたのだ。
アンが身に付けたのは淡い青のジャンパースカートに白い長袖のパフスリーブシャツを着て歩いて行くのだ。
部屋の外はとても賑やかでどうやら若い乗客たちが乗っているのかもしれない。
貴重品を持ってカギをかけて外に出る。
そこにはいろんな服装の乗客が食堂車で朝食を食べようとしているのだ。
髪色も肌の色も違い、ときおり獣人の血を引いているのか獣の耳を持つ人も見かけたりしていた。
しかし、アンと同じ年の頃だと思う乗客は少なく、休暇の期間ギリギリまでを過ごそうと思う者は少ないのかもしれない。
荷物を持った学生たちが走ってきているのが見えた。
「ヤバいよ。次の停車時間で課題を終わらせないと」
そう言いながら席の方へと向かうと、すぐにトランクを開けてきれいに仕立てられている淡い紫色のシャツの襟を縫い付けていくのが見えた。
そこには制服を着た少女たちが食堂車から出てきたところだった。
揃いの黒のシングルジャケットに幅の広いプリーツスカート、シャツの襟もとには赤いリボンをつけている。でも、なかには動きやすさを重要視してスラックスを履いている女子学生もいる。
それはエリン=ジュネット王国にある服飾専門学院のもので、帰省を終えた学生たちが戻って来たのかもしれない。
「ねえねえ。今度の制作、なんだろうね」
「そうだね。ヴイオラ・ロッシの舞台衣装製作はしてみたいな~、とても倍率高いもんね」
服飾専門学院は王立第一学院から徒歩で約二十分ほどのところにある二年制の専門学院で、創立して十年ほどの新しい教育機関になるのだが多くの卒業生が服飾関連の職業で活躍している。
主に王族御用達店のデザイナーになった女性がこの学院の卒業生であることが紹介されてから、入学希望者が増えてきているのだという。
あの制服を着ている学生はどこか大人に見え、自分が少しだけ子どものように見えたりしてしまう。
「あ、アン。おはよう」
「おはよう。お父さん、そっちは準備できた?」
「うん」
アンとは父と共に食堂車に入ろうとしたとき、彼女を止めてもう一人待つという。
「スミス中佐」
「ああ。大佐、おはようございます。アンさんも」
「え。ああ……おはようございます」
心臓が高鳴ってしまうのを抑えながら、あいさつをしてすぐに食堂車の席に座ることにした。
列車の行きでは気がつかなかった気持ちが加速しているのがわかる。
(わたしはスミス中佐のことが好きなんだ)
恐らくまだ淡い恋心なのかもしれないが、次第に熱を帯びてくるかもしれない。
それを期待したいけれど、その恋が少しだけためらいたくなることもある。
「この旅行も終わりそうになるんだな」
「うん。もう早いな、二日後にはもうエリン=ジュネットに戻るんだ」
それを聞いてスミス中佐は驚いている。
「そうですか。もう両親が亡くなって一週間が経つんだ」
彼の父が亡くなって一週間が経ったということをしんみりと考えているようだ。
「でも、俺にとって父はいないも同然だったんです」
それはスミス中佐の家族の話だった。
スミス中佐――ヴィクターが生まれたのはコールドグラウンド地方の短い夏の日だ。
子どもの頃の容姿は白銀と思わせるような白金髪、明るいエメラルドを思わせるような瞳をした女の子のような顔立ちをした少年だったという。
もともと母親によく似ていたので父の面影を抱くこともなかった。
記憶に残るほど、それはとても美しい女性だったと覚えている。
亜麻色の髪を一つに結い、淡いエメラルドグリーンの瞳は弧を描いている。
子守歌代わりに母はいろんな国の歌を歌ってくれていた。
母は声楽家としてその界隈では有名で、初めて立ったのは八歳になったときでそれ以来歌の世界で生きてきた人だった。
ロジェ公国の貴族であるスミルノフ公爵家の嫡男との間に子を宿したときに、突然活動拠点としていたロジェ公国の大公であるルイエーエフ公爵家のサロンを去ってしまったのだ。
それは忽然と姿を消したことで『消えた儚き歌姫』として名をはせることになったのだ。
そして、生まれ故郷へ戻り、とてもしばらくして息子の自分を生んだ。
「おかあさん。おとうさんはどこにいるの? 帰ってこないの?」
それを聞いて母は少しだけ顔を暗くした。
「いいかい、ヴィクター。おとうさんはロジェ公国にいるんだよ。それは言ってはいけないよ」
それを聞いてヴィクターは幼いながらにそのことを察した。
物心ついたときには戦争がすでに始まっていたことが理由かもしれない。
しかも、敵はロジェ公国ということでコールドグラウンド地方にはロジェ人やレスティア人の血を引く者が多いのだ。
それを隠すようになり、名字もエリン=ジュネット王国の姓に変えたりしたりしていたのだ。
それから彼も十歳になり、国を護りたいという気持ちが強く士官学校へ入学を決めたのだ。
その頃にはすでに母は病に倒れてしまい、月に一度支給される給料は一部を母の病気の治療費に充てていた。
それからしばらくして十七歳になって戦場に出たときに母の病に関しては完治をしようとしているのがわかった。
終戦してからは母が息子の生還を喜んでいたのだが、それから日に日に弱っていく姿を見てから彼は州都のアリにある医術院で診察して新しい病気が発見したと話した。
それは不治の病でローマン帝国の皇太子と同じ病気になっているということがわかったのだ。
すでに余命はあと三か月だと言われた。
子どもの頃以来、ヴィクターは母と共に小さなアパートに暮らし始めたのだ。
そのときに穏やかな日常を送っていると、病気の症状は治まっていた。
しかし、ヴィクターの父が亡くなったのとほぼ同時に母もこの世を去ってしまったのだ。
恐らく死期を感じていたのかは知らないが、きっとあの世で幸せな日々を過ごしているに違いない。
母の葬儀を終えたその足でロジェ公国へと向かい、両親の弔いを行ってきたと教えてくれたのだ。
「母の遺品の一つであるリボンを父の棺に入れて、埋葬してもらったのでとても幸せだと思います」
それを聞いたアンは何となく涙を流していたのがわかった。
「アン。大丈夫?」
「はい……すみません」
アンはすぐに涙を拭いて、とても楽しいと考えていた。
それから料理が届いたのでそれがとてもおいしかった。
「でも、アンさんは教員を目指しているのかもしれないね」
「はい。戦争のことについてとか子どもたちに教えたくて。とても気にしていると思う」
幼いときに母を戦場で亡くした彼女はそれを次の世代に伝える役割をしたいと話していた。
それを聞いてスミス中佐はとても驚いているのが見えた。
(とてもいい子だな。この子はとても良い女性になりそうだ)
彼の脳裏に黒髪の美しい女性が陸軍の制服を身に包んだ姿がよみがえる。
スミス中佐がアンの母を好きだったというのは口が裂けても言えない状態だった。
子どもの頃に話しているのがとてもすごいなと思っていたんだ。
しだいに彼はアンのことを機になっていたのだった。
「いつか楽しみにしているよ。君が教壇に立つ姿を」
「それはいいかもね」
「はい」
それを見て、彼は恋に落ちてしまったかもしれない。
そして、スミス中佐は先に食堂車を出ることにした。
彼は心臓の鼓動を落ち着かせるように足早に歩いて行った。
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