第21話
「お父さん! お待たせ」
「おお! ちょうどいい混み具合だよ、アンの言った通りだね」
揺れる車内の重心の取り方は普通に慣れてきた。
食堂車にはさまざまな乗客が夕食を取りに訪れていた。そのなかには庶民的な服装を着ているのに気品の良さがにじみ出る乗客もいた。
アンの隣には癖のある金茶色の髪に紫色の瞳をした成人前後の女性が一人、夕飯を食べ終えようとしているのが見えた。
女性の服装は紺色のロングスカートに女性用のジャケットを羽織っていたのだった。
「あ、今日は何にしようかな?」
「あ、オムライス」
「それにするか」
二人は仲良く同じオムライスとコーンポタージュを注文して、それを待つことにしたのだった。
料理が届くまでを待っている間、二人は少し黙ってから会話を始めた。
「アンは教育実習のときはどうする?」
「え、ああ。学生寮から通うよ、でも私服で行かないといけないから、きちんとした服装にしないと」
「そうか……十一月だよね」
「筆記はね、実技試験が十二月。教育実習はその前の九月だよ」
「もうそんなに早いのか。ここ最近時間の流れがとても速すぎる」
彼女が行うのは教員の国家試験、筆記と実技の二つをクリアしなければ卒業と同時に教師として教壇に立つことは許されない。
そのなかで教育実習というのは実技試験の練習のようなものだが、これは実践的な授業の行うことになっている。
しかし、王立学院出身者の合格率およそ九割という実績を持っている。
教員の免許を取得することができたら、その後に希望をする教育機関へ就職や、研究機関へ進み学者を目指す学生も少なくはない。
アン自身は八年生で国家試験を受験する。すでに成人を迎えた学生の場合は最短四年で国家試験をすることも可能である。
「そうだ。試験が終わったら、卒業旅行はどこに行くの?」
「あ、それはアズマ国に行こうかなって行先は選択できる」
卒業旅行は一月の下旬に行われ、卒業試験を終えた授業の無い期間に一週間旅行へと向かうことになるのだ。
ここが本当に学院の友人たちと過ごす最後の旅行になってしまうことも多々あるのだ。
実際に留学生を多く受け入れている王立第一学院でも卒業後は故郷へ戻って、職に就くという学生も少なくはないのだ。
行き先は数か所設けられており、極東のアズマ国、大陸ではローマン帝国、フェーヴ王国、ロジェ公国、メリュー共和国へと向かうことになっているのだ。
一番人気なのはローマン帝国とフェーヴ王国への旅行で、学年の半分以上が向かうことが多いのだという。
しかし、極東のアズマ国はあまり学生からの人気がないので、来年度からは行先のなかで無くすことを発表しているのだ。
アンは卒業するときに旅行に行けるのならとても楽しみにしているようだった。
そのなかでアンが選んだのは母の生まれ故郷であるアズマ、とても慣れ親しんだ人々と土地へ行けるなら行くのだろうと考えていた。
「そうなのか。一人で?」
「ううん。基本的に二人から、わたしはアリソンと行くんだ」
「えっ、アリソン様と?」
父は少し驚いてしまっていたのだった。
アリソンと共に祖父のサクラノミヤ家に宿泊しながらアズマ国を回ることにしたということになったかもしれない。
「楽しみだな」
「うん」
アンは食事を済ませると、そのまま部屋に戻り、すぐに寝ることにした。
寝間着を着て、アンは少しだけ窓を開けている。
ベッドに置かれた赤いショールを肩にかけて、夜の寒さを緩和させるように持ってきたものだった。
「とても楽しかったな~、一週間なんてあっという間だな」
もうすでに旅行も帰るだけの行程を残しているのみで、アンは疲れを癒すためにベッドに入って眠ることにした。
そのときにピアスから滅多にならないファンファーレが聞こえてきた。
それは友人のアリソン、すぐに応答すると少し戸惑ったような声が聞こえてきた。
『もしもし、アン? ちょっと相談良い?』
「え、良いけど。どうしたの」
アンは一応盗聴防止の結界を部屋のベッドの上に張って、アリソンの相談に入ることにしたんだ。
「珍しいね。アリソンから聞いてくるなんて」
『いいじゃないローマン帝国から縁談が申し込まれたの。それもルチアーノ様から』
嬉しそうに話しているのはルチアーノ第三皇子から縁談を申し込まれたからだというのが明らかだった。
現在ローマン帝国で在位しているのはアンナ・ベアトリーチェ帝、その息子にあたる皇位継承権一位は第二皇子のロベルト・ヨゼフ皇太子。
本来ならば第一皇子が皇太子となることが通例なのだが、皇太子の片割れであった第一皇子は生後間もなくこの世を去ってしまった。
そのため、第三皇子であるルチアーノが皇位継承権三位なのだ。
「それで……なんでアリソンがルチアーノ殿下の縁談を?」
『えっと……ここ数年、皇太子のロベルト様の容態が危ういと話が出ていたのは知ってるよね』
「うん。危険だとは聞いてる」
アリソンとルチアーノたちよりも二つ上のロベルト・ヨゼフ皇太子は生まれつき体が弱く、成人する直前に不治の病となったことが公表されたことで一気に婚姻を進めることをしているのだ。
しかし、皇太子の容態は一気に悪化し、現在は公務をすることも困難になっていた。
『でも、まだ決まっているわけではないんだけどね。縁談が夏の休暇にあるって話なんだけど』
「そんな重要なことを聞いても良いの⁉」
アリソンはエリン=ジュネット王国の第一王女である。
ましてや軍人の娘ではあるが一般市民のアンが聞いてもいいのかという戸惑いがあった。
『いいの。アンはとても信頼してるし』
「そうなの?」
『うん、それでね。ルチアーノ様の父方のおばあ様がねアズマ国のルクス=ビアンキ家の出身なの』
それを聞いてアンは少しだけピンと来ていた。
幼い頃にその家の者との許婚にと申し込まれたことがあるからだ。
「それって、アズマではツバキノミヤって言う家なんだ。お母さんが子どもの頃に許婚だった人がいるんだって」
『そうなのね。アンのお母様ってサクラノミヤ家の人だもんね』
「うん」
皇太子の父方の祖母――ローゼオール公爵夫人はノエミ・ルチェッタ・ルクス=ビアンキという。
ローマン帝国のビアンキ朝初期の皇族の一つであり、アズマ国ではツバキノミヤ家という家名でミカドに連なる家系の一つである家柄だ。
皇族とは別格の家柄とされているのもあり、時折先祖の容姿で生まれる子どもは無条件でローマン帝国との縁組をせよという掟があるのだ。
その掟にそって十六歳で帝国へ来訪し、十八歳の成人と同時に結婚したノエミだったのだ。
実際に彼女の妹であるマリアも同じようにラヴァンダ公爵嫡男と結婚していると聞いている。
サクラノミヤ家とツバキノミヤ家との婚姻関係を数回行われていて、アンの母が許婚であった息子との縁組を組もうとしたらしい。
しかし、アンがアズマの国籍ではないことを伝えると、すぐにその話は断られてしまったのだという。
『わたしは好きな人と一緒にいられたら、それでいいから……この縁談を受け入れるよ』
「アリソンは素直な気持ちを伝えられたらいいね」
『そうだね。気持ちが楽になったよ』
「うん。今度は寮で会おうね」
ピアスの通話が終わると、すぐにそれを外して寝ることにした。
そのときに眠りやすくするために室内の灯りは消して、ベッドサイドにある鈍い杏色の
そして、ベッドに膝を抱えるように座り、その上に日記帳を置いき、その体勢で日記帳も旅行の行程を全て書き記した。
そして、
でも、もともと目が良いので視力が低下することがないことが多いなと思っている。
でも、これが落ち着くのでついついこの体勢で読んでしまう。
しだいにうとうとと意識がまどろみのなかへと引きずり込まれ、アンはとうとう眠りに落ちていった。
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