第3話
ウィリアムが目を覚ましたのは午前五時半過ぎで、まだ外は徐々に明るくなってきた頃だ。
「う~ん……」
久々に長距離移動ではあるが、仕事ではないことに少し違和感を感じている。
激務をこなしているせいか、休日はどうしても時間経過が遅く感じてしまう。
でも、今日は家族旅行なのでゆっくりと過ごしていきたい。
ベッドで大の字になるように横になって目を閉じてしまいそうになるのを我慢してしまう。
室内は
車内は心地よく揺れているが、まだ列車のなかにいるということを教えてくれる。
でも、二度寝はあまり好きじゃないのでベッドから起き上がった。
「ふぁあ。そろそろ支度しても良さそうだな」
すでに着ていた寝間着を脱ぎ、トランクの中から出した新品のシャツと紺のズボンを身に付ける。
そして、茶髪についた寝癖を直したり、洗顔と歯磨きを済ませると届いている新聞を読む。
主に新聞は線路が通っている国々の言語で書かれた新聞が部屋に置かれてある。
今日は一日中列車に乗っていることになるので、少し散歩をしようと考えている。
途中サーディルアー駅で三十分ほど停車をする。ローマン帝国からの貨物列車の通過を待つ時間らしい。
部屋の時計を見ると、午前六時過ぎになっていた。窓の外は朝日が登り続け、美しい光景になっていた。
「あ、大佐。おはようございます」
ちょうど隣の部屋からスミス中佐がこちらを見ていて、少し早めに目が覚めたようだ。
「スミス、少しだけ早めに起きてしまったみたいだ」
「なんか癖がついて逆に落ち着かないんです。すっきり目覚めは良いのですが」
どうやら休日なのに早起きしてしまう癖は抜けないようで、それは士官学校時代からなのでなかなか抜けることがないのかもしれない。
士官学校時代は軍隊の規律をかなり叩き込まれるので体がしみ込んでいるのかもしれない。
ウィリアムはスミス中佐と共に喫煙所に入ると、すぐに煙草を取り出した。
「あ、君も煙草を吸うのか?」
「ああ、はい。成人してから、ジャクソンさんに影響されて」
ジャクソンというのは当時戦線でいつも何かしら、現地で食糧や嗜好品を手に入れるのがとても上手かった人物だ。
「ジャクソン。いまは商店の買い付けとかをしているみたいだ」
「そうなんですよね。あそこって創業二十年経ってないと思うんですが」
終戦してから群を退役してからはその人脈を生かして、現在はエリン=ジュネット王国でも一番勢いのあるシルヴィア商店の輸入品の買い付けなどを行っている。
ときにこちらでは手に入れることができないローマン帝国の銘柄の煙草も仕入れたりしているので、愛好家にとっては結構好評であるようだ。
小声で魔法の詠唱して火を煙草に押し付けて、一息吸い、紫煙を吐き出した。
ウィリアムの魔力は平均的ではあるが、すぐに魔法を構築することが素早い。
「はぁ……なかなか吸えないな」
「吸えないですよね。こういった場でしか、娘さんにも見せてないんですね」
「ああ。妻と言われてね。あの子が生まれる前にも」
アンといるときはできるだけ吸いたくなくて、こうやって一人になったときなどに吸うことにしている。
『また煙草を吸って……子どもが生まれたら、止められるの?』
それはアンを身ごもったときに妻のハナが言った言葉だった。
その声が聞こえてハッとして、目の前には愛する女性ではなく信頼している部下だった。
「そうなんですね……もう十五年は早いですね」
「そうだな。あの子がもう成人だからな」
スミス中佐は少し寂し気な表情で紫煙を吐いて、列車の窓を開けて換気をしながら答えた。
「あ、成人ですか……盛大に祝いたいって言ってましたね」
「うん。俺らの時代は戦争だったし、できなかった分、祝いたかったんだけど……向こうが試験中でプレゼントしか贈れてないんだ」
「ああ。それはさすがにダメですもんね。学生の本分ですしね」
スミス中佐は自らの学生時代を思い浮かべている。
「自分はテストとかは一夜漬けなことが多かったので」
それを聞くとウィリアムも苦笑いして、彼の方を向いていた。
「確かにな……俺も一夜漬けのパターンだったよ。アンが勉強していることは自分でも覚えているけど、解けないことが多くてね」
「ああ……今の世代って結構頭いいんですよね。
お互いの学生生活について懐かしそうに話していると、ふとしたときにスミス中佐に疑問に上がったことを聞く。
「ああ、君はどこに?」
「俺は親戚の弔いに。そちらもですか?」
「そうだ。アンを連れて行ってもいいかと思ってね。彼女は将来の世代に伝えたいと言っていたから」
スミス中佐は母親が女手一つで育ててくれたということ、実父がロジェ人で戦争しているときはそれを隠すようにと言われたことも覚えている。
少年の面影が残っていた彼も、もう部下も何人もいる階級になってきて責任のある役職に就いている。
入隊した頃を知っているので、しみじみと彼を見つめていたのだ。
「それでは。またお会いしましょう」
「うん。またな」
そして、煙草の火を消して、彼はすぐに喫煙室を出た。
一人きりの喫煙室でウィリアムは揺れる車内の壁にもたれ掛かり、再び煙草を吸って紫煙を上らせていく。
もう十九年も前に言われたことでも鮮明に覚えている。
一人娘を生んでから、ハナは戦地へと戻ることを伝えられたときに、ウィリアムは猛反対をしてアズマ国にアンと待っていてほしいということを話していた。
まだアンが一歳になったばかりのことで、ウィリアムも覚悟していたことだった。
女性兵士のなかでも子どもを出産してから前線に戻ってくる事例がある。
それを見て、ハナ自身もそうしたいと結婚する前から聞いていた。
「もし、俺も、君も死んだら……アンは一人になってしまう。それでも良いのか」
「わたしが軍人になったのは大切な家族や友人、思い出の詰まった国を守りたいからなの。お願い、ウィル……アンの目の前よりも、あなたの前の方がよっぽどましだわ」
その言葉はウィリアムも心のなかで思っていることは起きていることが起きているようだった。
それを聞いたときにもうそれは何度も説得しても、彼女の意思は揺らがないと感じることができた。
ウィリアムが折れて、条件付きでハナが戦線に戻ることを許したのだ。
条件はアンが三歳の誕生日までで、こう少し後にしてもよかったのではないかという後悔しか残っていない。
(もう少し年齢を遅くにしていれば、生きていたかもしれない)
彼の脳裏に浮かぶのは最期の彼女の姿だった。
ウィリアムはその姿を消し去るようにすぐに目を閉じて深呼吸をする。
あれから十五年が経ち、忘れ形見であるアンは年を重ねるごとに彼女に似てくる。
それがうれしいことだったが、逆に軍人の道を進まなくて良かったと思う。
いまはデスクワークが多いが戦時中は戦場がとても恐ろしいことを知っているのをわかっているからだ。
「忘れようとするからダメなのか……ハナ」
独り言を青空に向けて話したが、それに応えてくれる人はいなかった。
彼が左手の薬指にはめている銀色の指輪を見つめ、大きなため息をつく。
妻が亡くなってから、結婚指輪を外すことはなかった。
すぐに喫煙室から出て、再び部屋に戻るとトランクに荷物を整理して、一番下にしまっていた物を取り出した。
それは昔からウィリアムが使っている懐中時計、士官学校に入学したときに亡き父から譲り受けたものだ。
数十年を使っているのが狂うことが全くと言って良いほどない、定期的にメンテナンスに出したりしているけどほぼパーツの点検のような感じだ。
これと同じメーカーの物をアンに国立第一学院へ入学する際に入学祝として渡しているのだ。
時間を見ると午前七時前を指している。
ウィリアムは一度食堂車でコーヒーでも飲みに行くことにした。
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