第2話
夕暮れになっても廊下は照明で明るくなっており、食堂車へと向かう人の流れができていた。
この列車には一等から三等の客室車両があり、その各車両の後ろには食堂車が備え付けられている。
二等車両は比較的安価なので、着ている身なりは様々だ。
そのなかでウィリアムが手を振っているのが見えてきた。
「お父さん!」
「おお、アン。こっちだよ!」
そのとなりには一人の父よりも年下の男性が立っていて、自分のことを見て少し驚いていた。
彼女も知らない人物らしく、ウィリアムの方を見つめている。
「た、大佐……娘さんですか?」
上ずった声で大佐と呼んでいるので、その呼び方はおそらく軍隊――それも父のいる陸軍の関係者らしかった。
「そうだよ。娘のアン、十八歳になったばかりだ。ハナとの娘だよ」
アンはその男性に礼をする。
「はじめまして。アン・エリー・アンダーソンと申します」
男性は驚きながら、彼女を見つめている。
「そうでしたか。僕はヴィクター・スミスです、大佐……君のお父様とは同じ部隊に所属してるんだ」
「そうなんですね! 父がお世話になっております」
ウィリアムは思わず笑ってしまった。
こんな言葉を聞くことができたのが、成長したようだ実感できる。
彼女は礼儀正しい女性になっている。
「彼はスミス少佐だよ、大陸戦争の最終作戦のときはいくつだった?」
「えっと……二十歳です、サクラノミヤ大尉が亡くなったときは。あと、この前中佐に昇進したばっかですよ」
「そうだったな、すまない……。それじゃあ三人で夕食にしよう、同じテーブルに着こう」
すぐに三人は食堂車の入口へ向かうことにした。
二等車両の食堂車には多くの乗客が訪れ、思い思いに夕食を取っていた。乗客のなかには酒を飲んでいるので、賑やかな車内となっている。
この時間帯はとても混んでいて
そのなかで窓際のテーブルに座っている男女三人は料理を待っていて、あわただしく駆け回るウェイターとウェイトレスを眺めている。
一人は四十代の黒髪の男性が赤ワインを飲みながら窓を見つめたり、向かいにいる年下の男性と話している。
その向かいにいる金茶色の髪をしている三十代の男性で、彼はグラスに注がれた赤ワインを少しずつ飲みながら黒髪の男性を話していて、たまに斜め向かいにいる若い女性にも話しかけているようだ。
そのテーブルのなかで成人を迎えた頃の紅一点の黒髪の若い女性が座っている。隣にいる黒髪の男性とは父娘だろうか、とても親しい話し方をしている。
メニュー表を見ながら、ややしかめっ面をしているアンはまだ料理が来ないのかと待ちきれないようだった。
「お父さん、そろそろ料理来るかな、まだかな?」
「え、混んでるし、もう少し待たないといけないかもしれませんね」
金茶色に若草色の瞳をしたスミス中佐は腕時計を見ながら話した。
「え~……」
その言葉を聞いてアンは我慢できないようで潤んだ琥珀色の瞳で同席している二人を見つめている。
「アン……少しで来るから、待ってて」
「お父さん、もう限界かもしれない……」
その表情に父親のウィリアムはやや困ったような表情ですぐに片手で顔を覆った。
(困ったな……)
アンは十八歳になったとはいえ、まだ育ち盛りで食べ盛りなのかもしれないと感じだ。我慢の限界が来るのも時間の問題と考えていた頃だ。
そのときにタイミングよくウェイトレスがやって来た。
「お待たせいたしました! 旬野菜のセットとプティングをお持ちしました」
テーブルに料理を置くとあわただしく厨房へと消えていった。どうやらいまの時間帯はかなり忙しいようだった。
「ようやく食べられるね~! いただきまーす」
アンは待ってましたとばかりに食べ始めると、その光景をウィリアムとスミス中佐はにこやかに見ていた。
「僕らも食べようか」
「そうですね」
夕食はいまの時期食べ頃の野菜炒めと、スープがメインだった。
「アン。この野菜炒めは昔から好きなんだよな、ずっと食べてた記憶があるよ」
ウィリアムはとても懐かしそうに話しているときに、アンはスープをこぼしそうになった。
アンはもともと好き嫌いがなく、好きな料理を楽しみにしているようだ。
「お父さん! 恥ずかしいから、やめて!」
彼女は顔を赤くして叫ぶような声で話した。やはり十八歳になっても小さな頃のことを話されると、とても恥ずかしく思ってしまうようだ。
「そうなんですね。でも、そろそろその話はやめにしてはどうですか?」
スミス中佐はウィリアムに提案するように話し、空になったグラスにワインを注いだ。
「そうだよ、スミス中佐の言う通りだよ。わたしも卒業したら、自分の進路を決めてくつもりだからね」
「そうか。もうそんな時期か……懐かしいな」
スミス中佐は懐かしそうにアンを見つめていた。
「でも、士官学校を出て陸軍に入隊していたし、あの頃は十七歳で卒業したんです。成人年齢は戦場で迎えたくらいですしね」
スミス中佐が成人したときは第二次大陸戦争の真っ只中で、南側諸国が優勢に傾き始めた頃。彼が幼い頃に戦争が始まったと父が教えてくれた。
その頃とは違い、現在は再び成人年齢である十八歳に引き上げられ、元の学生生活を送れるようになっている。
「そうなんですね」
アンは夕食の野菜炒めとスープを食べ終えると、すぐにデザートのプティングを食べ始めていた。
「このプティング、おいしいよ? めちゃくちゃチョコレートが濃厚だし」
「そうか、でも、アンにあげるよ。甘いものは苦手なんだ」
そう言ってウィリアムは娘に自分のプティングを渡した。彼は甘いものを食べると体調が崩すこともあるので、極力そういったものは口にしないようにしている。
アンは満面の笑みで空になった容器を父の皿に乗せて、すぐに二個目のプティングを食べようとしている。
「ありがとう! お父さん、甘いものは苦手だから、デザートはみんな食べてたの。スミス中佐も押しつけられたりしたの?」
スミス中佐は思い出したのか、プティングを食べ終えるとアンに話してくれた。
「ああ……たまにこういったものを軍の宿舎で出たりすると、結構避けるように部屋にこもってるか外出してますね」
彼の言葉にクスクスと笑っているアンは、思い当たる節があるようだ。
「やっぱり。でも、お父さんは激辛料理が好きなんです、信じられないくらいに」
甘党の娘と辛党の父親という好きな食べ物が正反対の父娘は、スミス中佐と共に談笑しながらそれぞれの部屋へと向かうことにした。
「もう九時半!? 早いね……」
「出発が七時半過ぎだったしね、スミス中佐はどうする?」
「ぼくはそろそろ部屋に戻ります。おやすみなさい。大佐、アンさん」
そのままスミス中佐は自分の分を会計して食堂車を出ていった。
「アンは部屋に戻る?」
「戻って寝るよ、すぐに眠いし……」
(体も今日は疲れたって出てるし、シャワーを浴びてから寝よう)
「途中まで送るよ。夜は危ないし」
食堂車を出るとウィリアムがアンの泊まる個室の辺りまで送ってくれることになった。
「ありがとう、お父さん。送ってくれて、でも……過保護じゃない?」
「そうか? いいじゃないか。十八歳になっても学院を卒業するまでは、心配してもいいかな?」
アンは少しくすぐったくなってしまった。
でも、そのときにふとした疑問も浮かび上がっていた。
(お父さんはお母さんにも、こうしたような感じかな?)
アンが泊まる個室の近くまでやって来て、ウィリアムはそのまま戻っていった。
「それじゃあ、おやすみなさい。アン」
「うん。おやすみなさい」
そして、彼女は部屋に入るとシャワールームに着替えを持って向かう。タオルやアメニティに関しては部屋にあるものを使うことにした。
シャワーで体を洗う。熱めのお湯で洗っていくと疲れがどっと感じてしまう。
シャワールームを出ると彼女は白い綿のネグリジェを着て、そのまま髪をタオルで拭いてベッドに寝転ぶ。
「はぁ……眠いな」
アンは列車に揺られるなかで、だんだん意識がフェードアウトをしていった。
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