アリ=ダンドワ駅発レイーズリー駅着(アルバティア駅経由)
第1話
二人は墓地から荷物を持ってエリン州都にあるアリ=ダンドワ駅にやって来た。
「アン、忘れ物はないね?」
「ないよ! そう言って忘れるのは、お父さんのことでしょ?」
アンはやや呆れたような言い方で父に向かって話していた。
少し大きめの茶色のトランクは、だいぶ使い込まれていて色褪せている箇所も多かった。それで旅に出かけていたりしたことがわかる。
ウィリアムは笑いながらアンの方を向いて、困ったような表情をしていた。
「そうだな~、大丈夫だよ。俺はたまに忘れるだけだからね」
「え~。この前なんかさ……」
そう話ながらアリ=ダンドワ駅へと向かっていく。
夕焼けにも映える赤レンガの大きな建物が二十八年前に建てられた駅舎で、とても洗練された設計はその当時の建築士の若者による設計だという。
戦時中に建てられたこの駅舎は国内でも大きく、国内外の線路の中心としてふさわしいものだ。
アイボリーホワイトを基調とした内装は当時の流行を取り入れた壁紙や彫刻などが施されていたりしている。
経年劣化している箇所もあるが、それが逆に風景になじんでいる。
所々銃弾を受けた箇所も少なくはなく、それを残したのはここまで戦火が届いていたということを示している。
その駅舎に吸い込まれるように入っていく人々は列車を使ってどこか行くのか、大きめのトランクを持っているのが多く見受けられた。
北部へ行く者、南部へ行く者、大陸西部の国々へ行く者……ここはいろんな利用客がいる。
そのなかには幼い子どもの姿もあり、学生服を着ていることから休暇を利用して帰省することになっているだろう。
「改札を抜けたら、混んでるから一緒に行こう。アン」
「あ、お父さん。うん、いま行くよ!」
駅はホームが九つあり、そのなかで一番と二番ホームは大陸間横断列車の発着する場所だった。
ここアリ=ダンドワ駅は大陸を東西に線路で繋ぐ大陸間横断列車の東側の始発駅となっている。
大陸間横断列車――通称Stella号は戦争が激しくなった時期は運休していたものの、その線路を基準に木の枝が枝分かれをするように、大陸の内陸部の国々へと繋がるようになった。
この列車がなかった時代なんかは普通に三か月以上かかったものを、いまは一週間で終着駅のローマン帝国へと向かえるようになった。
この数十年で実現できたのは魔法工学の発展が支えがあってこそだ。
これから父と共にこの列車に乗って一泊してから大陸北部の大国であるロジェ公国の近くまで行く。ロジェ公国へは二日後に到着するという。
「お父さん。楽しみだね、わたしが学院を卒業する最後の旅行だし」
今年は初夏の休暇を利用して、一週間の父娘旅をする。ウィリアムは半年ほど前に決めていたらしく、この旅行をとても楽しみにしていたようだ。
その気持ちはアンも同じようだったらしく、プレゼントをもらう前の子どものような表情をしている。
アンは明るい緑色のワンピースに黒のジャケットを着ている。シンプルなデザインではあるが、そのデザインが年相応の年齢を見せているようだ。
足元は履き慣れたダークブラウンのショートブーツだ。
「
黒のスーツを着たウィリアムはホーム上で彼女の旅券とチケットをアンに渡してくれた。
アンも今年の五月に成人年齢である十八歳になり、来年の二月には通っている王立学院を卒業することになる。
残り九か月くらいで学生生活を過ごすことになっているが、彼女にはこれから資格取得のための勉強するまでの息抜きになるだろう。
「うん。お父さん、もうすぐ列車が来るよ」
その列車がホームに入ってくる合図のベルが一番線ホームに響く。
「来たよ!」
アンは興奮したような声でウィリアムに話しかけている。
高らかに警笛を鳴らして滑り込んできた
今日は少しだけホームではざわめきが起きて、その列車の一等車両を見つめている人が多かった。その出入口の一つには警護する護衛騎士の姿も見られる。
その光景を見てウィリアムは少し思い出したように話した。
「あぁ。今日は王族の方がお一人、留学からお帰りなられたんだよ。確か……」
ウィリアムがちょうど話していたとき、向こう側から歓声が聞こえ、人垣の間から波打つ金髪に大きめの青い瞳を持つ若い女性がこちらに歩いてくる。
「アリソン! そっか」
彼女が答えたのは同じ学年の友人だったが、声を掛けることができなかった。
それはアンと同い年でアリソン・ルイーズ・アーリントン=ジュネット第一王女だったのだ。
アリソンはエリン=ジュネット王国のアーリントン=ジュネット王家の王位継承第三位の人物である。
「アリソン様! おかえりなさい!」
彼女は声をかけてくれる人々ににこやかに手を振って応えていく。
その姿はとても凛々しく、とても気品にあふれているのが彼女の特徴だ。
アリソン王女は三
彼女は十五歳からローマン帝国やロジェ公国などの大陸の多くの国々へ行っていたが、今年成人することもあり留学を終えて戻ってきたのだ。
「持ち前の語学力などで、この国の窓口になってくれてるんだよ。アリソン殿下は」
「とてもおきれいになられたわ。これからが楽しみだわ」
すぐにアリソン王女は王宮の方へ向かい、集まっていた人々もそれぞれが乗るホームへと歩いていくことになった。
「アン、そろそろ乗らないと」
「うん……そうだね」
二人は二等車両へと乗ることにした。そのままアンは女性専用の個室の方へと歩いていった。
そして、チケットに書かれてある部屋番号に入室すると、そのままトランクをベッドに置いて部屋着を出していく。
「ようやく乗れた~! これから、何をしようかな?」
アンはジャケットをソファの背もたれにかけてベッドに腰かけたときだ。
乗っている列車の出発を告げるベルが鳴り響き、急いで立ち上がって窓の方へと駆け寄る。
窓の外はちょうどホームと奥にある改札が見える場所で、そこには駅員と見送りに来ている人がこちらを向いていた。
そのなかで姉妹が誰かを見送っているのかもしれない。
少ししてから列車が動き出すと、駅舎を出たときに警笛を鳴らした。そのときの迫力にアンはワクワクした気持ちで窓を開けた。
定刻通り、ローマン帝国行の列車が動き始めたのだ。
次第に列車は加速し、風を結構感じてすぐに轟音と共に一度トンネルの中に入っていく。
「わぁ!」
彼女の声はすぐに掻き消されてしまったが、窓を閉めると持っていた本を取り出すと新しいページにペンで文字を書き始めた。
本は日記帳で旅行のときも欠かさずに書いてるそれは、幼い頃から母への手紙と思って書き始めたのがきっかけだ。
『お母さんへ
今日から一週間、お父さんとロジェ公国に行きます。お母さんが亡くなった場所にも行くって言ってたから、わたしは少しだけ寂しいです。
三歳のときに戦死してから、もう十五年が経ってお母さんのことを忘れかけているかも。
まだ知らないこととか、お父さんに聞きにくくて聞けずにいるの。
でももう大人だし……明日、聞いてみる!』
彼女が書きだしていくのはまるで母に話していくような文面だ。
日記帳の新しいページを文字で埋めようとしたときに澄んだ鈴の音が室内に響き渡った。アンはそっと筆を止めて、つけていたピアスに手を触れる。
彼女がつけている桜色のピアスで、まるで極東のアズマ国の満開になった桜のようだった。
ピアスは大陸の国々では相互通信での連絡をするのが、とても便利なツールとして使っている人も多い。ピアスに相互通信の魔法を組み込むことを義務付けている国も少なくなはないくらいだ。
「お父さん、どうしたの?」
『アン。これから食堂車に来てくれる? そろそろ夕食時だからな』
外はもう夕闇に包まれていて、室内が照明の影響で窓ガラスに自分の顔が反射している。
「うん。そうだね! すぐに行くね」
アンはすぐに部屋を出た。
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