エピローグ
再びウィリアムの一人での生活に戻り、そのなかで郵便物を仕分けていく。
一週間も家を空けていると、新聞や広告もドアの郵便受けに無理やり突っ込まれていたりしている。
それを丁寧に取り出して、リビングのテーブルの上に置く。
「ふう……ちょっとだけ普段より多いな」
ウィリアムは一週間分の新聞に目を通してから、一番最新の夕刊がそろそろ届くはずなのでそれまで郵便物を宛名ごとに分けていく。でもほとんどはウィリアム宛で、アンの郵便物は学生寮の住所に送られているはずだ。
そのなかでひときわ目立つ封筒が視界に入ってきた。春の桜色の封筒で紺色のインクで書かれた文字はアンのもので消印から四日前に届いているみたいだ。
「アンから……? 旅行中に送ったやつなのかな?」
その封蝋をペーパーナイフで切ると、中にある便せんを広げて文章を読んでいった。
「無理はしないで欲しい、か……わかったよ。アン……少しは部下や同僚に仕事を任せるか」
ウィリアムは便せんを封筒にしまって、すぐにそれを書斎の引き出しの中にある菓子の大きな缶に入れた。
ずっと大切にしたいものは入れておく缶で、ほとんどは自分がそろそろ若い頃の写真がしまってある。
「さてと……明日から、仕事に行くか」
ウィリアムは紫紺が陸軍の制服をクローゼットの中から取り出した。
それから数ヶ月後。
ショーン大陸は冬に包まれ、春の足音がまだ聞こえずにいる二月上旬。
エリン州の州都アリでは数年ぶりの大雪が一週間前に降り、まだその名残を残している場所が多い。
そして、アリの東区に所在する王立第一学院では卒業式が行われていた。
講堂には最前列から学年が若い順番に卒業生が並んでいる。最前列の卒業生はいずれも成人している学生が多く、だんだん後ろになっていくと成人した直後とおぼしき卒業生が多くなった。
未成年は成人年齢を迎えないと卒業できないことになっているので、そのため最上級生の八年生はほとんどが成人したばかりの若者だった。
卒業生は茶色の制服の上に銀の刺繍が施された濃紺のローブをつけ、各学年の意匠についた留め具で留められている。
その卒業生の列の中にアンがいた。
背中の半ばまであった黒髪は肩の辺りまで短くなり、それをハーフアップにして緋色の髪紐で結われていた。
そして、卒業式が終わり、中庭で在校生が卒業生との交流をしていたのだった。
「アン先輩! 先生になって、いつかまた授業をしに来てください!」
「うん。すぐには無理かもしれないけど、頑張るね!」
アンは十一月から行われた教員免許を取得するための国家試験に合格し、春からは王立第一学院の教員の一人として勤務することになる。
「やったぁ!」
ショーン大陸では三月からが新学期。
アンは数年間は研修を受けながら授業を教えたりもする。
彼女の取得した教員免許は近代・現代史で、一番重要といわれている教科の一つを受け持つことになる。
(がんばらなくちゃ)
そして、三月上旬。
アンはシンプルな白シャツに紺のスカートを身に包み、その上から王立第一学院の教員の証である深緑のローブを着ている。
それは式典のみでの着用するもので、重厚感のある作りとなっている。
「五年、六年、七年の近代・現代史を担当するのは、アン・エリー・アンダーソン先生です。この学院を先月卒業したばかりですが、担当してもらいます」
アンは講堂の壇上に上がると、千人強いる全校生徒が自分を教師として見ている。
「初めまして。みなさん、近代・現代史を担当します、アン・エリー・アンダーソンと言います。一年間、よろしくお願いします!」
拡声の魔法具で声を通してあいさつをした。
こうしてアンの教師としての人生が始まった。
とある父娘の旅 須川 庚 @akatuki12
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