第12話
空が明るさと取り戻し、また日常が動き出した頃。
ハインブルクの朝は中心地の一番街で行われる朝市から始まる。
「いらっしゃい。今日の朝食にパンなんてどうだい? できたてだよ」
「今日も野菜は採れたてだよ。みんな、早い者勝ちだよ!」
店舗となっている簡易テントから威勢の良い掛け声が聞こえて、その賑やかさは戦前からずっと変わっていない。
そのなかでは食べ物から日用品などと幅広く、ときどき行商人が間借りして珍品を売り出してくることもある。
朝市はハインブルクの名物で、それを目当てに観光客がやって来ている。
そのなかでアンがあちこちの店舗となっているテントを覗き、商品を探しに来ているようだった。
シンプルな白い襟とカフスがついた濃紺のワンピースに、襟元には大きめの白のリボンタイが結ばれている。
寒さ対策に持っていたジャケットを片手にやって来が、気温が上がって脱いでしまった。
「結構混んでる気がする」
地元民から観光客までいろんな人々がこちらへやってきているのが見えた。
『いらっしゃい、お嬢ちゃん』
『えっと……アクセサリー、髪、つける』
アンは覚えた片言のロジェ語とジェスチャーで店主に伝えている。
『髪留めかな? こっちにあるよ、こういったものかな』
店主はその言葉とジェスチャーでバレッタが入った箱を取り出して見せてくれた。
『そうです! 赤いのを、お願いします』
『お嬢ちゃん、半額にしてあげるね』
アンが指をさしたのは赤い石のついた金色のバレッタだ。
そう言って店主は価格を半額にしてくれたのだ。
それにアンは少し驚きながら笑顔で金額を支払い、品物を受け取る。
『ありがとう、ございます』
そのまま彼女はバレッタを持っていたポーチにしまって、テントから出ていった。
次に向かったのはロジェ公国の料理で使う調味料などを取り扱うテントが歩いて五分の場所にあった。
ここでもジェスチャーと簡単なロジェ語で目当てとしていた調味料をいくつか買うことができ、紙袋に入れてまとめて商品を渡してくれたのだ。
(良かった……。目当てのもの、全部、買えた!)
調味料と髪飾りを目当てに朝市にやって来たのだが、わずか三十分以内で手に入れることができたのだ。
この朝市では何でも手に入るということもあり、とても利便性が高いのである。
朝も早いということもあり、朝食や昼食などを買って行く人たちが多い。
アンは一度ベンチに座ってからポーチにしまっていたバレッタを太陽にかざす。
キラリと赤い飾りが反射して、とてもきれいに輝いている。
それを再び箱にしまい、ポーチにしまって休憩をすることにした。
辺りを見回すと、いろんな人々が朝市にやってきている。
だいたいは出かけることが多くて、子ども連れの家族も来ている。
「次は……レターセットのテントがある!」
視界に入ったのは郵便社のテントがあり、そのなかではレターセットと切手などが売られている。郵便社では商品を購入した客に封蝋を押してもらえるサービスがある。
『切手、買いたい。……自分の家族に、送る』
伝わっているのかわからないのが不安だった。
受付をしてくれた茶髪の女性はうなずいて、言い間違えても聞いてくれた。
「――じゃあ。エリン=ジュネット王国とアズマ国へ、郵便を送るのね?」
彼女は流暢なエリン語でアンに話しかけてきた。
それを聞いて思わず使い慣れた言葉を口にする。
「はい! エリン語、お上手ですね」
「ふふふ。わたしは母がエリン人なのよ。昔からずっとエリン語は話しているの」
「そうなんですね。あの……手紙を家族に送りたくて、切手と封をしてもらいたくて」
「なるほどね。かしこまりました。こちらで承ります」
女性はすぐに一度後ろにある小さな引き出しから切手を取り出した。
「これがエリン=ジュネット王国への切手です。あとアズマ国へもあるのでこちらもご用意させていただきます」
「はい。お願いします」
アンは切手の代金を払うと、次に小さめのトランクを受付のカウンターを開け、色とりどりの蝋が置かれてあるのが見えた。
「封蝋はこちらから一色選んでくれますか?」
「え、良いんですか?」
「はい。弊社は無料で封蝋をするサービスをしていますので」
「わかりました。迷うな……」
「ふふ。お時間かけていただいても構いませんよ。決まりましたら、お申し出ください」
封蝋には出来上がりの見本もあって、アンはその見本を参考に選んでいく。
(この色が良いな。封筒にもぴったりだし)
目に留まったのは封筒よりも少し濃いピンクの封蠟、濃さの違うピンクで統一感が出るようにしたいと考えているかもしれない。
そして、先ほどの店員を呼び、封蝋で封をしてもらうことにした。
女性は慣れた手つきで蝋を小さなスプーンに乗せ、火を魔法でつけるとすぐに蝋は解け始めている。
ドロドロになるまで火を強めて、ドロドロの状態で封をしていく。
二通とも郵便社の意匠がついた判を押して、乾かすまでの間に手続きを行う。
手続きが終わると女性は手紙をカウンターの内側に下げた。
「それでは。これはわが社、マイルスキー郵便社がお届けいたします」
「はい。お願いします」
「またのご利用をお待ちしております。ありがとうございました」
受付の女性に桜色の手紙二通を預けて、
そこを後にしてからアンは斜め上を見つめると、高台にある城壁らしき壁を見つけた。まるで城を護る騎士のようだった。
「あそこ……たぶんそうだよね」
アンはその城壁へ続く道を見つけて、その坂を上ってみることにした。
昨日、父の友人のサーシャからもらった簡単な地図を見ながら歩いて行く。
坂は意外と傾斜は緩くて歩くのは楽だったが、長々と続くので少しずつ体力を消費していく。
中心地とは違う歴史を物語る石畳には新緑の葉が木漏れ日を作って、それが絵画のように見える。
視線の先に城壁の入口にある門がかなり遠く見えてくる。
アンはその坂を上りきって門の前まで歩き、目の前に見えたのはとある看板を見る。
看板には各国の文字の綴りで刻印されていて、彼女は指で自国語の建物の名前をなぞっていく。
「ハインブルク平和祈念資料館……」
そこは第二次大陸戦争のときはハインブルクの砦と呼ばれた北軍の砦として使われ、戦争でエリン=ジュネット国やローマン帝国などを含む南軍に攻め込まれ戦争が終結したことは授業で習った。
この最終決戦で戦死者の一パーセントを占めているのは、とても激しい戦闘が繰り広げられていたことは明らかだ。
その後にここは戦争を後世に伝えるための資料館となっていた。
まだ開館時間ではなく、入口が閉まっていた。看板には開館時間は午前九時と書かれてあった。
「そうか……あと一時間半もあるんだ。朝食を食べにホテルに戻ろう」
持っていた懐中時計で時刻を確認してから、アンは泊まっているホテルへと歩いて戻る。
来た道を忘れることはないのでアンはすぐに帰っていく。
ホテルに戻ると、ロビーに面したレストランに父の姿が見えた。
「アン、おはよう。朝市に行ってたんだね?」
「うん! とてもいい調味料を買ってきたの。あとこのバレッタもね!」
父と一緒にモーニングを食べて、ホテルをチェックアウトするために一旦部屋にトランクを取りに行った。
「お父さん。お待たせ~」
「アン。チェックアウトしたら、サーシャの家に行こう」
「いいの!? サーシャさんの家に?」
そのときに父が住所が書かれた擦りきれた手帳を見せてくれた。その場所は資料館から一番近い住宅街だったのだ。
「うん。昨日の夜に連絡が来て、家に来いってね」
途中までは朝市のある道を歩いていくと、父は自分の手を引いて道を進んでいった。
「お父さん、どこにサーシャさんの家があるの?」
「平和祈念資料館の近所だよ。一緒に行ってみるか? 歓迎してくれる」
「うん、わかったよ」
二人はホテルを出てサーシャの家へと向かった。
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