第11話

 部屋に戻ると今日のやることを全てしまい、かなり暇になってしまったところだ。


「どうしようかな~。まだ寝るもの時間があるし……」


 そのときちょうどピアスから着信音が聞こえてきた。それはアズマ国の楽器がメインの雅な音色だった。


「あ、ユキ叔母さん!」


 それは母の五つ下の妹――叔母のユキ・サクラノミヤからだった。


『アンちゃん。元気にしてる? いまはウィル義兄にい様と旅行中?』


 アズマ国のやんごとなき家柄の女性らしく、いつも落ち着いた上品な口調で話してくれる。


 話は旅行の話題だ。


「うん、元気にしてるよ。いまはロジェ公国のハインブルクにいて、旅行は三日目で一週間で行くから……ちょうど折り返し地点」

『そっかぁ~。楽しそう!』


 アンはふとユキの声を聞いて、少しだけホッとできた。その優しい声はまるで母のようで、少しだけ安心していた。


『でも、ロジェ公国かぁ……お姉様が亡くなった場所でしょ? 大丈夫かな、ウィル義兄様は目の前でお姉様を看取ったって聞いたけど……』


 その話は初めて聞いた。


 父から聞いたのは当時、同じ魔法特別部隊に所属し、父が少佐で母は少尉で上司と部下の関係だったことは聞いていた。


「初めて聞いたことだったけど、それってほんと?」

『そうよ……たぶん、教えるのは少しためらいがあったのかも』


 アンはふと母の葬儀のことが脳裏によみがえった。

 父に棺のふたを開けてもらい、最期の別れと花を棺に入れたときだ。

 腕や足、頭に包帯が巻かれていて、ほほえみながら眠ったような顔にも傷が残されていた。


「うん。相当ひどい状況だったのかも。教えてくれないのは、少しだけ嫌だな。本当のことを知りたい」


 母の亡くなったのは三歳、四歳になる二ヶ月ほど前だった。


 それをきっかけに戦争のことを知って、次世代に伝えたいという強い思いを国立第一学院に入学してから抱えていた。


『そうか……でも知ることは良いことね。お父様とお母様はそういったことは賛成するはずよ? アンちゃん、またお手紙を送ってちょうだい?』

「うん、またね」

『またね。それじゃあ、おやすみなさい』


 そして、ユキとの通話を終えると、ちょうど午後八時過ぎになっていた。


 母方の実家であるサクラノミヤ家はミカドの遠縁にあたる家柄で、いままで何度も皇族との婚姻関係を結んだりもしている。

 そのなかでも祖父の兄――大伯父が本家の当主をしていて、同じ姓を名乗る家ではミカドとの血縁関係は濃い。

 しかも同年代の従姉妹いとこ再従姉妹はとこたちは、成人をしてすぐにほとんどアズマ国内の有力な権力者の息子やミカドの一族の皇族に嫁いだり、許婚がいたりもしている。

 アズマでは未だに女性は権力拡大のために、親の決めた相手のもとへ嫁ぐことを強いられる印象が強い。


 実際、母にも親同士で決められた許婚がいたが、それを振り切って父と結婚した。その相手は皇族に連なるツバキノミヤ家の子息だったらしい。

 叔母のユキもそういった道具となることを拒否して、エリン=ジュネット王国で暮らしている。

 現在はアズマ国の書籍を、エリン=ジュネット王国の公用語であるエリン語とジュネット語の二つに翻訳する仕事をしている。


 母方の親戚大勢いるが祖父母と叔母のユキ、末っ子長男の叔父であるリョウイチとは、いまだに手紙や通話のやり取りをしたりしている。

 母との年の差は五歳ずつ離れていて、ユキは三十六歳、リョウイチは三十一歳になる。


 リョウイチは成人したと同時に結婚をし、すでに子どもが数人いる。

 従弟妹は十五歳のシオンと十四歳のスミレ、十三歳のハヤトとマサトがいて、学院を卒業した際に成人の宴会を開こうという話をしているのだという。


 それを楽しみにしているところだ。


 父が仕事で家を空けるときは必ずユキのもとにいて、母親代わりになってくれていたのかもしれない。


 その際にアズマとエリン=ジュネットの読み書きを教えてくれて、年相応な初等教育も施してくれた。

 それがいまの学力の基礎となっているのは変わらないことだ。


 すると部屋に備え付けられているエリン=ジュネット王国から放送されているラジオからは今日の出来事が聞こえてくる。


 そのなかでアリソン王女が帰国し、成人の儀を十八歳になる六月十二日で、その日はもともと休日なので学院の授業を欠席せずに行うことができる。


 国王一家は王宮のなかにある礼拝堂で成人の儀を執り行うことになっていて、その際に誠意人した王族の証となる勲章やティアラをつけることができるのだ。


 いままではティアラをつけることはなく、晩さん会に関しても社交界デビュー直後に留学に行っているのでティアラをつけるのは歓迎の晩餐会のみだ。


 話は逸れたが成人の儀は貴族や一般市民はほとんどの場合、神殿で行われることが多い。

 アンはこの休暇が終わった最初の祝日に行う成人の儀を行うことになっている。

 州都の大神殿で行われるのはまとめて季節ごとに成人の儀を行うことが多い。


「はぁ……手紙を書こう!」


 アンは母方の祖父母宛に手紙を書くのに、今日書店で買ったレターセットを使うことにした。 

 アズマ国の文字は独特で大陸の住人が学ぶのは一苦労するものだが、幼い頃に暮らしていたことやユキに手ほどきを受けて書けるようになっている。


「できた! 宛名も間違えてないし、切手と封蝋を郵便局でしてもらえば大丈夫だ」


 封筒には一通は宛名のないもの、もう一通は宛名が書かれてある手紙を書いていた。

 それから二通、アンは手紙を書いて、新しい便せんを取り出して手紙を書き終えて机に置く。


 そして、入浴を済ませてから、ベッドでフリルのついたネグリジェ姿で髪を乾かし始めていた。

 腰の辺りまであるくせのない黒髪は艶やかでまだ湿り気が残っているが色香が漂ってくる。


 童顔になりがちだというアズマ国の血を引いているが、彼女の姿は十八歳の学生ではなく成人女性にも見える。


(お母さんの黒髪もきれいだったな……)


 おぼろげな記憶のなかにある母の髪は背中まであり、艶やかでまっすぐな髪を緋色の髪紐で結っていた。


 アンダーソン家は赤毛か明るい茶髪の者が多く、自分の黒髪はとても珍しく羨ましそうにしていた。

 なかでも従姉のアレクサンドラとコーデリアはよくアンの髪を結ってくれることが多かった。


 現在はどちらも成人してアレクサンドラは医術師に、コーデリア服飾デザイナーとして社会に出ている。


 二人は伯母のアイリスの子どもで旧家に嫁いだが、かなり自由な家風で女性でも自立せよという教育を受けられたのだ。


 伯父のチャールズの娘であるミアとリアはエリシオン高原の寄宿学院であるディアナ女学院で上流階級の女性としてふさわしい教育を受けているのだという。


 ときどき手紙をくれるが、閉鎖的で教育もダンスや教養などの花嫁修業が多めでつまらないという内容であったりするみたいだ。


 彼女らの兄であるスティーブンは王立第一学院で経営学を学び、現在は領地の管理などを任せているのだという。


 十五歳になる末っ子のサミュエルは爵位を継ぐ可能性が低いためか、海軍の士官学校へ入学して現在は船上での訓練がメインとなっているみたいだ。


 陸軍に行かなかったのはおそらく父のウィリアムが助言したのかもしれない。


「ふぁぁぁ……眠いなぁ。もう寝ようかな」


 時計を見るともう九時半を回っていて、窓の外はあちこちに光が見えるが街の灯りが多いのかもしれない。


 ピアスをベッドのサイドテーブルに置いて、アンは伸びをしてベッドに横になって目を閉じて寝ることにしたのだ。

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