第10話

 一方のアンは部屋に入ると、一度荷物を整理していた。


「う~ん。一度洗濯したいな。ここってランドリー室ってあったし」


 一度、洗濯をするためにトランクを持ってランドリー室へと向かうことにした。

 ランドリー室は部屋の一番突き当りにあって、そこで着た服やネグリジェなどを洗濯を始めた。

 備え付けの洗剤を適量入れて、洗濯機に任せて時間を待つ。

 洗濯をするのにはとても慣れていたので一時間ほどで全て終わるみたいだった。


 それまでは本を読みながら待つことにした。

 だいたいの待ち時間は読書をしていることが多いので、試験勉強などを効率的に行ったりしているときもある。

 今回は自分が作った試験対策ノートで、文庫本のようなサイズなので持ち運びはとても楽で休み時間の合間に見ることが多い。

 ときどき行われる模試ではその成果が出ていて、合格点を取ることができている。


(国家試験まで、あと一か月になるんだよな……がんばらないといけないな)


 彼女が受ける国家試験というのは教員免許を取るための試験で、教職課程の単位を取得しているが試験は十八歳以上ということが決まっている。

 国家試験は残り十一月の中旬であと半年に迫っているが、まだ長い期間なので過去問とかを解いたりしているが年々難化してきている。


 特にアンが受けることにしている近代・現代史は特に難化していて、ここ数年の歴史が更新されて時事問題とかが多めに出てきていることもあるくらいだ。

 そして、試験には教育実習などを行って合否は翌年の一月、卒業してから教員研修を受けつつ生徒の前で教鞭をとるような形になる。


 建物の外では少し前から雨が降ってきて雷の音か、ゴロゴロ……と遠くから雷鳴が聞こえてきていた。

 ときおり稲妻が見えてくるが、あまり近くで雷鳴が轟かせることはない。


「お父さんに関してはゆっくり寝てるかも。明日は午後にユーリエブルクへ出発するから、寝ててほしいな……」


 彼女が父のウィリアムの疲れを癒すため、半ば強制的にホテルへ戻ってきたのである。

 そのときにホテルにランドリー室があることを知り、トランクからいままで身につけていた衣類などを洗濯して、このホテルにあるランドリーで乾かしたているのだ。


 彼女が気に入っているのは初日に着ていた明るい緑色のワンピースには、襟とカフスを縁取るように深緑できれいな刺繍が施されていた。

 旅行するときは動きやすくて気に入った服を持っていっている。


 部屋に戻るとランドリー室で乾かした服をきれいに畳んで、トランクに詰め直してから表紙が紺色の日記帳を取り出した。


「さて……日記帳を書こうかな。外にも出ないし」


 近くにあった椅子に座り、机で新しいページ一枚に今日の出来事を書き始めた。

 ペンを走らせると書くことはまとまってきて、その内容を書き起こしていった。


『お母さんへ

 朝から今日はお父さんが寝坊して、泊まっていたホテルからアルバティア駅に行くときは、車を飛ばしてもらって来たんだ!

 ホームから列車に乗るときも、わたしが乗る前に列車が動き出して、お父さんが抱きかかえる形で乗れたんだ。

 そのせいで朝食がなかなか食べれなかったのは、少しだけ残念だったけど。

 あそこのホテルのモーニング、おいしいって聞いてたから、楽しみにしてたのに……。

 でも、ハインブルクでおいしいお店を見つけたから、その事はふっ切れました。

 お昼を食べたときにサーシャさんって人が、お父さんとお母さんが仲が良かったみたいだけど……知ってる?

 今日はハインブルクのホテルで泊まるみたい。

 早速、お父さんは隣の部屋で疲れて寝ています。まだ旅行は三日目だから、ゆっくりするのも良いかもしれない。

 明日はハインブルクの朝市に出かけたいなと考えてるよ。

 調味料とかを買って、料理のレパートリーを増やしたいと思ってるから……楽しみにしてる。

 あと、ハインブルクの砦と言われていた場所にある資料館に行きます。

 お母さんが亡くなった場所に行くのは、初めてだから……いろんなことが学べると思うから、ちゃんと見てくるね』


 朝のことや昼の男性との会話を細かく書いて、すぐに旅券パスポートから列車のチケットを取り出した。


 ペンを日記帳のペンホルダーに差すと、アルバティア駅発レイーズリー駅着のチケットを持っていた糊で貼る。

 糊が乾いてからは日記帳を閉じてトランクにしまった。

 日記帳で書き終えてから、机に置かれてある時計を見ると、午後七時を指していた。


「さて……夕飯を食べに行こうかな?」


 いままで黒のジャケットを脱ぐと、シンプルな青いシャツワンピースで編み上げの茶色のショートブーツを履いている。

 財布には父から夕食代が入っていて、それで今日は食べることにした。


 ホテルのレストランではエリン=ジュネット人の店員もいるらしく、自分の名前を書いてからうなずくとエリン語で対応をしてくれた。

 メニューを頼んで窓の外はいつの間にか雨が降り始めて、エントランスに入ってきた宿泊客のほとんどはずぶ濡れになっている。


「危なかった……どしゃ降りじゃん!」


 ホテルに戻るのが一時間ほど遅ければ、雨に濡れて戻ってくるところだった。

 突然のどしゃ降りにより、ホテルの従業員も宿泊客もあわてている。

 どうやらこれからチェックアウトする予定だった客も、なかなか外に出られずにいるようだ。


「お待たせいたしました」


 料理がやって来て、今日の夕食はポトフだった。

 温かいものなので冷えてきた体には、温かくするためにすることにした。


「ありがとうございます」


 持ってきてくれた店員に礼を言い、すぐに食事を食べることにした。

 そのポトフはロジェ公国この国で自生している野菜を使ったもので、エリン=ジュネットではなかなか口にしたことのない味だ。


(これ、リーシェラの実とかが入ってて、とてもおいしい……他にもルティエの葉っぱを刻んだものとかも入ってる)


 リーシェラというものは冬によく食べることが多い野菜で、ルティエは茶葉などに使われる葉だ。

 どれも体の調子を整える作用があるため、冷え込んだときに料理として使われることが多い食材だ。

 料理好きでもあるアンは翌日は、一人でハインブルクの朝市を覗きにいこうと考えていた。


(お父さんも疲れて寝てるかな? 朝市には一人で行ければいいかな~)


 ポトフとセットのメニューでとれたてのラズベリーを使ったソースが使われていた。


「おいしそう!」


 そのパンケーキも食べ終えて、会計をするためにレジ前に伝票を持っていく。

 夕食代を支払って、店員にあることを伝えてから、すぐに部屋へ戻った。

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