第9話
レストランは主にロジェ公国の家庭料理をメインにしており、主に観光客が来ることは少ないようだ。
穴場スポットと呼ばれるタイプのレストランだ。
アンと向かい合わせになって、すぐに楽しそうにこちらを見ていた。
「メニューってどれ?」
「これだね。アン、好きなものを頼んでね」
店員に案内された席に座り、エリン=ジュネット王国のそれぞれの公用語訳のメニューを広げる。
それには絵で描かれた料理を見て、判断していくことになるがとても上手く描かれている。
これはほとんどが店主が趣味の範囲内で描いているものだという。
これが逆に想像しやすくて好評だったのか、十五年前よりメニューが多くなっている。
アンは興味深そうにメニュー表を見ていたが、何を食べようか少し迷っている。
(いろんなメニューがあるけど、せっかくロジェ公国に来たんだし)
迷っていたアンはすぐに指さしたメニューを読み始めた。
「え~と……ロジェの家庭料理を食べてみたいな。このスープとパンのセットをお願いしたいな」
「それじゃあ、同じものを頼むよ。店員を呼ぶよ」
ウィリアムも注文する品を決めたようで店員にロジェ語で呼ぶと、亜麻色の髪をひっつめた女性店員がこちらへやって来た。
彼女はウィリアムを見ると、灰色の瞳を細めて笑いかけてくれた。
『あら。久しぶりね、ご注文は?』
『久しぶりだね。ロジェの家庭料理セットを二つ。あと飲み物は日替わりのもので』
『かしこまりました。しばらくお待ちください』
そう言って店員は
先ほどの亜麻色の髪をした女性店員は知り合いで、ハナと一緒に来たことがあるときからの知り合いだ。
「お父さんの知り合いなの? みんなが懐かしそうに見ているけれど」
「うん。アンが生まれる前のね」
「ふ~ん」
それだけだったのか、少し興味をなくしたように置かれた水を飲み始めていた。
それから沈黙が生まれてしまい、話しかけるにも話しかけられない状態になってしまう。
(どうしようかな……、話題が見つからない)
軍隊の部下との世間話とかはできるのに、こうした場合になるとあまり話題を探すことができないのだ。
学業のことを聞こうかと思ったが、それはいつも通りの会話になってしまうのであきらめてしまった。
自分も同じように水を飲もうとしていたときだった。
「お前、ウィルじゃん⁉ ほら……戦争のときにやって来た」
隣の席に座っていた自分と同年代と思われる男性がエリン語で声をかけてきたのだ。
彼にウィリアムはとても懐かしそうに話し始めたのだった。
「え、サーシャ⁉ 老けたなぁ~」
「アハハハ! お前も老けたなぁ……で、この子は娘さん?」
「うん」
それを聞いてサーシャと呼ばれた男性と共に笑っている。
机を挟んで向かい側にいたアンはいきなり話しかけてきた人が、自分の父との知り合いというのに警戒心しか伝わってこない。
「お父さん……この人、誰なの?」
「あぁ、この人はここにいた頃に知り合った人だよ」
男性はおじぎをしてから話を続けていた。
「名乗ってないね。これは失礼した。名前はアレクサンダー・ミシェル。エリン出身で、こちらで暮らしてる作家だよ。サーシャと呼ばれているから、そう呼んで」
気さくな口調でアンに自己紹介をして、アンも少しホッとしているのが見えた。
たぶん使い慣れている言葉が聞けたからかもしれない。
「サーシャさん、初めまして。娘のアン・エリー・アンダーソンです、今年十八歳になりました」
サーシャが驚いて、いきなり肩を叩いてきた。
「痛いよ。サーシャ」
「娘さん。こんなに大きいの!? 会ったことはないけど……」
「あぁ。まだ生まれていなかったからね、あのときは妻と結婚したばかりで」
そのときにちょうど頼んでいた料理が運ばれてきて、サーシャもこちらのテーブルに飲み物を持ってきた。
「そういえば。アンはお母さんの面影があるね、よく似ているよ、ハナ……お母さんはお元気?」
ハナの面影を強く残しているアンを見つめて懐かしそうに話した。
そのときにウィリアムは心臓が止まりそうになった。
彼女は母のことを聞かれて、少し戸惑っているのも無理はない。
「あれ? もしかして……」
「ああ、ハナはハインブルクの砦での作戦で戦死して……十五年が経つんだ」
サーシャがこの話を聞いたのは初耳だったのか、とても残念そうにこちらを見つめていた。
(仕方ないことだ。終戦して、ショックだったしな)
「そうか。
アンは料理を食べながら、その資料館の話を聞いていた。
「それって、小高い丘のお屋敷ですか?」
「そうだよ。あそこは俺ん家が近いんだよ。近所に来たらおいで」
「はい」
そのときに飲み物を飲んだアンは自分とサーシャの方を向いていた。
ウィリアムは頼まれたスープを飲み終えて、すぐに二杯目の水をもらっていた。
「その資料館って……行き方はわかりますか?」
サーシャは愛用しているメモ帳を取り出して簡単な地図を書いて、そのページを切り離してアンに手渡した。
「ここからメインストリートの二つ目の交差点を右に、そっちに坂がある。坂を一番上まで上がると砦の壁が見えるから、門を入ればもう資料館だよ」
「ありがとうございます。サーシャさん」
アンはメモを渡されると、そのメモをじっと見つめてから
そのときにウィリアムに耳打ちをする。
「とてもいい子じゃないか。しかも礼儀正しいなんて、お前が育ててるなんて思えないよ」
「ああ……でも、戦後の処理でハナの実家に五歳まで預けていたし、その時かもしれない」
「なるほどね。でも、いい子。俺はそう思うよ、モテるでしょ」
「おい、そんなことを言うなよ。ショックだから」
「そうだな。お前はデレデレなのは知ってるし」
会話を終わらせてから、アンの方を向く。
「お父さん、このご飯とてもおいしいね」
「懐かしいな。こうして、食べたなって、思い出したよ」
「へええ。新鮮な味付けだね」
懐かしそうに少しずつ思い出していた。
アンのおいしそうに食べていると、自分も気がつくと自然と笑顔になっていた。
それはハナの面影が色濃く残っているが、それ以外に似ていない一面が垣間見える。
午後の昼時のレストランは混雑してきたので、料理を食べ終えてしばらく休んでからそこを出ることにした。
会計を済ませてから、アンと共にその資料館へは翌日行くことにした。
「それじゃあ、俺はこっちだから。またな」
「おう。家に来てくれよ、歓迎する。住所は変わってないから」
それを言うと、サーシャと別れてホテルの方へと歩ていく。
そのときに小高い丘を眺める。
(あのときから十五年か……早いな)
そう思っていると、しだいに雲が暗くなってきている。
「お父さん。ヤバいかもしれないから、早めに戻ろうよ」
「ああ」
ホテルに戻り、荷物と部屋のキーをもらって部屋に入る。
ドアのカギを閉めてからトランクをベッドの近くに置いて、すぐにベッドに横になりたいと体が伝えてくる。
今日は朝からとんでもなく疲れることしかしていないので、一度寝た方が体にもいいかもしれない。
戦場を駆けまわっていた頃と違い、体も年齢には勝てないときが増えてきている。
(もう寝よう)
ジャケットと靴を脱いでベッドに横になってすぐに目を閉じてみる。
柔らかいベッドと聞こえてきた雨音が眠気を誘い、しだいに意識が遠のいていく気がした。
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