ユーリエブルク(ロジェ公国)
第17話
ロジェ公国の首都ユーリエブルクへ到着したのは、レイーズリー駅を出発した一時間後だ。
「すごい……きれいだね」
そこにはグレーで統一された建物が軒を連ねている。
そのなかでも、一番奥にある城がロジェ公国の君主であるロジェ公の家族が暮らす城だった。
アンはキョロキョロと街並みを見ながら、軽やかな足取りで歩いていく。
「あ、アン。どこに行くんだ?」
父の声を聞かずにどんどん街並みがきれいな場所へと歩いていく。
城へと続く大通りには色んな店が軒を連ね、なかにはロジェ公の御用達の店も多く存在している。
そのなでアンは一軒の店の前で立ち止まった。そこはオーダーメイドの服を作る
長袖で袖口にはレースがつけられて、そのスカートには刺繍が細かく施されている。
ショーウィンドウの奥では仕立を行う職人たちが縫製をしているのが見えていた。
目に留まらぬ速さで刺繍をしていて、不器用な自分には絶対できないものだと思っている。
「すごい……きれいだな」
アンはこういったショーウィンドウを覗いたりするのが好きで、休みの日は一人で見に行ったりもしているのだ。
「あ、こっちは……」
店に行こうとしたとき、自分の腕を父に引っ張られてびっくりしてしまった。
「アン。探したぞ……
「ごめん。お父さん……」
少し呆れたような表情でショーウィンドウに置かれたドレスを見つけると、自分の方を見てアンは少しごまかすように話した。
「このドレス、とてもきれいだよね。卒業パーティーで着れたらって、思っちゃった」
卒業パーティーとは学院を卒業する前に行われ、多くの卒業生とその同伴者が盛装をして出席している。
同伴者はだいたい婚約者や伴侶、パートナーであり、アンは父と共に参加する予定ではいる。
「そうか……エリンに戻ったら、アンに渡したいドレスがあるんだよ」
アンはそのことを食らいつくようにこちらを見ている。
「ほんとに!?」
「あぁ。帰ってから、渡すから……ちょっと待ってて」
アンは嬉しそうに笑って、ウィリアムも笑ってしまった。
「うん、お父さん。他にも古書店もあるみたいだし……そっちに言ってみない?」
「古書店か……学生時代に行ったけど。あれはおもしろいよ、一緒に行こう」
父と共に少し離れた場所にある古書店へと向かうことにした。
彼は読書が趣味だ。学生時代――士官学校の学生だった頃、学友と共に州都アリにある書店と古書店をほぼ網羅したほどだ。
「お父さん、学生時代に掘り出し物って見つけたことある?」
「うん。百年前に書かれた小説の初版とか見かけたときなんて、友人たちと店内で興奮したよ」
「そうなんだ。でも、それ以上となると、とてもはしゃいじゃうな」
「だろ? それで出禁を食らった店もあるからな」
アンは古書店の入口で積み上がった本を見て、その書籍の多さ驚きを見せている。
「すごい……めちゃくちゃ多いね!」
ウィリアムは店のなかに入ると、そこには多くの書籍が積み上がっている。
「いらっしゃいませ。ごゆっくり」
店番をしていたのはアンとほぼ同年代の女性だった。亜麻色の巻き毛を一つに結い上げて、本についているほこりを丁寧に払ったりもしている。
「アン、僕は向こうを見てくるから。自由に見てていいよ。一時間で出ないと……駅の中にあるホテルにチェックインするからね」
アンは美術系の書籍が置かれてある棚へと歩みを進めて、背表紙に書かれたタイトルをなぞって探していく。
そのなかで春姫の衣装をまとめた写真集を見つけて、アンは店番をしていた女性に読めるスペースに案内された。
「春姫の書籍は他にもあるので、よければ言ってください」
春姫の写真集はここ最近のものから、記録の残っている数百年前のものまでがある。それもショーン大陸の国ごとに記録されているのだ。
そのなかでエリン=ジュネット国ではエリン州とジュネット州ごとに記されているページを見ると、アンの衣装についてまとめられているのに気がついた。
エリン=ジュネット王国のものらしく、文字が頭のなかで音声となって再生されていく。
『春姫のなかでもこの衣装は稀に見るもので、彼女の春姫の衣装は極東アズマ国の極彩色の布地を使い、貴族令嬢たちに負けず劣らずの
そこまで見て、アンは恥ずかしくなった。
(こんなことを書かれると、めちゃくちゃ恥ずかしい……)
アン本人もあの衣装は気に入っており、アズマ国のなかでも高級品と言われる織物を贈られたときはびっくりしてしまった。
その衣装に袖を通してから、春姫の装飾をつけたときの姿は別人に見えた。
春姫に選ばれたのはアン以外が爵位を賜る貴族令嬢で、爵位を持たないアンは下に見られていた気がして練習に行きたくなくなったときもある。
しかし、母方の祖父母から贈られた布地で仕立てられた衣装を身に付けた自分を見たとき、彼女たちも自然とくぎづけにしていたと思っていた。
(あのときは……おじいちゃんがいて、びっくりしたような気持ち)
アズマ国のサクラノミヤという姓は大陸内でも有名な家柄であり、それは大陸では公爵か王族だと例えられるほどの貴い血筋の家柄だ。
でも、エリン=ジュネット王国では爵位も持っていない平民として生きている。
父はアンダーソン子爵の次男だが、今の生活に満足しているという表情をしている。
そのことを知っていたのはアンの家族と、軍の関係者、学院の友人であったアリソン第一王女のみだ。
「アリソン……元気かな?」
ユーリエブルクを出れば、これからは列車で家へと戻る。
アリソンは昔から婚約者候補が何人もいて、そのなかに外国の王位継承者の名前もあったという。
彼女は王位継承権三位の立場ではあるが、二人の兄に生命の危機がない限りは継承権が変わることはない。
諸外国の言語をほぼ網羅した卓越した語学力と親しみやすい性格で各国の友好関係を築いているので、エリン=ジュネット王国の王族のなかでも外交を担う役割を持ったりもしている。
母親譲りの美貌を受け継ぎ、得意としている剣術は三兄妹のなかでは最も強い。
強くて美しい、聡明な王女は各国が求めている理想の姿に近いはずだ。
そして、十八になる今年はかなり多い縁談の申し出があったという噂を聞いた。
『わたしは鳥かごに入れられた鳥みたいで、それが嫌なの』
いつか留学する前に話してくれたことがあった。昔から大国同士が婚姻関係を結び、戦争や揉め事を避ける方法は存在する。
しかし、それは時代遅れな考え方ではあるが、恋愛結婚をするという王族もしだい増えてきているという。
『結婚はただの政治の道具じゃないって知ってるの……好きな人と、父様たちみたいな結婚をしたいの。わたしも……』
彼女の両親は想い合っていたなかで結婚をしたと言われていて、それが理想だと語っていた気がする。
(うちにもそんな恋をしてみたいな……)
年頃でもあるアンはまだその経験がない。
もう母が父と出会ったときと同い年であるというのに、まだ初恋すらしたことがないのだ。
その春姫の衣装の書籍を戻し、アンはふと古書店の向かい側にある宝石店が気になったので、古書店を出て
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