1章 7話 黎明

 もっと時間がかかるかと思っていたが午後3時にはニューヨークに帰ってきた。エリー婆の元にトムを降ろす頃にはサキはもうさすがに起きていた。トムには前もって説明させる事を勧めていた為その時に言わせるだけ言わせて置く。やつはサキに怖がられる事を気にしていたがやはり相当参っていたようで終始暗い顔をしていた。

 サキ本人の意見も聞き入れて私の家に招き入れた。元々広い部屋だ。困る事はないだろう。

 少し落ち着いてからサキを連れて役所に立ち寄った。もっと貰えるかと思っていたものの20万程だ。報酬は口座振り込みで確かに機械で確認すると入っていた。

 サキに聞かれたので説明した。銀行の仕組みはこう言う公共施設にある機械で完結する。ナノマシンと言うものを機械で読み取って判別をするらしいが詳しくは知らないのでそこまで上手く言葉に出来ない。

 変な時間になるけどその足で役所前の店に行き飯を食べた。新メニューのケバブというフォッカチオの中に乱暴にラム肉とキャベツなどが押し込まれた奇妙な料理を食べた。店員によるとトルコの料理だそうだ。サトナは予想以上に腹が減っていてすぐに平らげていた。今時、飯を旨そうに食う。決して下品でなく今時珍しい旨そうな表情で一生懸命頬張る姿はとても愛らしい。食べ方が違うのか私のはポロポロと具が溢れて食べにくかった。不味くはない変な風味の食べ物だ。

 今後は何をしようか。サトナに出来そうな仕事を探そうか。だがトムの話だと月に行くのが目標。そうならマスドライバーがある東の国、ファンリンで働いた方が無難だろう。トムは自分を恐怖心を煽ると感じているらしいが守ってくれたんだからそんな事は無い筈だ。

「サキはトムがどんな人に見える?」

「悪い大人」

「フフッ。間違ってないかもな。あいつは何をする訳でもないのに余計な詮索ばかりするからな」

 何だかほっとした。何でだか分からないけど畏怖するより警戒した方が良いと思えたからか。

 サキは少し躊躇うような顔をしてから「聞いて良い?」と言ってきた。承諾すると案の定近いうちに聞かれると思った内容だ。

「ミーシャは……バウンティハンターは人を殺すのが仕事なの?」

「いいや、悪い人を捕まえるのが仕事だな。殺してしまったら大抵の場合は報酬が減る。だから殺せない。今回の場合みたいに相手が相当極悪人ならそうせざるを得ない事もある」

「仕事は楽しい?」

「楽しいさ。悪い奴らを自分の手で捕まえるんだ。周りから感謝されるしお金も貰える。あ、でも常に危険と隣合わせだから目指すなとは言わないが良い仕事とは断言出来ないぞ」

 帰り際に近所の知り合いの家に寄ってサキの為の服を貰う。昨日お下がりを頼んでいたので行ったらすぐ出してくれた。

 家に帰る時には辺りは暗くなり始めていた。明かりを点けてラヂオの電源を入れる。丁度ニュースの時間だ。

『国際原始時7時頃、L1コロニー郡周辺で太陽系船団の貨物船が襲われました。複数の部品が地球に降下すると予想されます。大気圏再突入の際に部品は燃え尽きる為落下の危険性はありません』

 なかなか面白い事件が頭上で起こっているようだ。サキに詳細を求められたので答える。太陽系船団は輸送業者の一つで地球圏から木星圏を往復している。盗賊は宇宙にも蔓延っているのでこう言うニュースはよくある話だ。こちらは運転手を脅して列車を止める程度の可愛いものだけど向こうは輸送船に小型艇で体当たりして穴を開けて侵入するらしいから恐ろしい。

 サキにシャワーを(サキと先が架かった高等な冗句)浴びるように指示して私は武器の点検をする。ダイヤビットは後回しにしてヴァルツァーⅡを手に取る。乾いた布で刀身についた古い油を拭き取り新しい油を撫でるように塗ると拭き取った布に多少赤みがかって見える。鉄の匂いがする。とだけ言っておこう。事実なのだから。

「誰だ?」

 玄関前に気配を感じて最低限の武器を忍ばせドアチェーンを掛けて開ける。

「我が名はカイセイ。主人の勅命により参った」

 布で口を隠し、一枚布でできていそうな服を着ている。脚部や腕部に装着しているDF (dress frame)ユニットは腕の立つ仕事人である事を示唆する。真っ黒な髪の下に見える眼光からは明らかな殺気がするので扉を閉めた。

「その姿、ニンジャ?」

 郵便受けを開けてそう言うと呆れたような口調で「外で話す」と返された。ヴァルツァーⅡを背負い、書き置きをして表に出た。

 二人でマンションから出て通りを歩く。辺りはまだ日が降りたばたりだからだろう。明りの灯る窓がちらほら見える。

「はあ。主人って誰だろうな。心当たりがありすぎて分からん」

「その首を差し出せば分かる事よ」

「言ってくれるねえ」

 彼の腰には武器が装着されていて、形からブロードソードと銃の複合武器マルチプルウェポンである事が分かる。これで私を斬るのだろうか。痛みを感じなさそうだ。

「気になるか?」

 「いいや(No,thank you.)」と言った筈なのに何故か話を続けた。

「NT(nextrade)社製の非可変複合武器だ。DFユニットとの互換性の問題でエネクス変換効率が低く自慢出来る代物では無い」

 AH社製以外の武器はこの辺りでは珍しい。NT社製品はロッキー山脈で発掘されるらしいがまさかそこまで取りに行ったのか。

「ふーん。で、何の用で尋ねてきたんだっけ?」

「貴様の部屋のバスルームにいた者。あれは護衛依頼か?」

 無視か。こういう態度は気に入らない。

「旅人を保護しているんだ。なに奉仕の精神ってやつさ。偉いだろ」

「ならば逃げろ。この街に貴様を狙って暗殺者達が来ている。狩り続けた盗賊団の報復だろう」

「ん?何故伝えに来た」

「貴様に死なれては都合が悪いそれだけだ。案ずるな。交通費は支給する」

 突然カイセイは立ち止まりソードの柄に手を掛ける。私も反射的に背の柄に手を伸ばす。

「大通りに居れば安全とは迷信ーー」

 彼は言い切る前に高くジャンプした。空中で青く光るソードを抜き、スラスターの爆発音と共に道の向かいにあるビル目掛けて突っ込んでいく。急いで向かうとビルの2階の窓からすぐ出てきて降りてきた。肩に人を担いでいる。

「ありがとう。助かった」

「例には及ばぬ。だがこれで分かったな。危険はもう迫っている」


 翌日早朝、蒸した芋を懐に忍ばせサキと共に列車でケネディ空港に向かう。芋は列車内で二人で食った。空港のロビーでは既にカイセイがこれから大地を焦がす陽を浴びて待っていた。薄地の丈の長いジャケットを着ていて足元からはDFユニットが見える。昨日見た複合武器は装備していないようだがこちらに背中を向けていたにも関わらず視線に気付いて殺気漂う眼で振り向く辺り数々の死線を超えてきたのだろう。合流するとロンドン行きのチケットを機械製の腕で渡してくれる。

「で、本当はどんな理由で動いているんだ?」

 粗方予想は付いている。答えてくれるだろう。

「貴様をこの地から追い出す事が私に課せられた任務。これしか言えぬが他言はするな」

「ああ、いい奴だな。あんたは」

 礼を言うとサッと後ろを向き出口に歩いて行った。可愛げのない奴め。

「あの人って盗賊団側の人じゃない?」

 サキは彼がある程度離れてからそう言った。流石と言うべき洞察だ。

「そうかもしれない。初めから暗殺者が来るって話も嘘かもしれねえ。だけど交通費が貰えたんだ。良いきっかけを作ってくれたと思うぜ」

 塗装の剥げた小型飛行機に案内されてサキの要望で窓際の席に座る。機内の乗客は疎らで後ろの方にフライトアテンダントがいるぐらいでまるで私達の為だけに飛行機を出してくれるかのように感じる。

 トムにさっき公衆無線で連絡を入れると自費で平調王国に行くと言い出した。どこに飛行機に乗る金があるのか知らないが賢い判断だろう。

 機内には大きなモニターが一つ見える所にあって形式上の注意喚起とニュース速報が流れていた。さっきの空港で死んで間もない死体が見つかったそうだ。カイセイでない事を願いたい。

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