1章 6話 陽炎に踊らされ

 賊の二人は頭や背中を何かに打ち付けられたように変形させて負荷に耐え切れない皮膚から鮮血が逃げ出す。どう見ても死んでいる肉塊としか言えないそれが倒れた後にサキも倒れてしまった。

 その瞬間、辺りは時間が止まったような静けさに包まれた。窓から差し込む陽の光は宙に舞う埃を照らしさっきから物陰から銃を構えていた賊達は微動だにせず、動いているのはトムだけだ。

「次は君達だよ」

 いつもヘラヘラしているトムからは想像も出来ない鋭利な言葉だった。私が言われた訳ではないのに鳥肌が立つ。これは殺意だ。

「じっとしていて良いのかい?近くの者からこうなるよ」

 そう言われると、連中は慌てて一目散に逃げていった。

 肉塊の隣に横たわるサキを抱き抱える。既に周囲は血の池になっていたせいで頭から足まで血が付いてしまっている。倉庫を真っ直ぐ出ると雑草の茂みに突っ込んだジープの助手席に座らせてシートベルトをしておいた。西日になりかけた光がサキの寝顔に貼り付く。

 彼女には辛い思いをさせてしまった。今思えば私が賊共を斬り倒す様を見せてしまったのもダメだ。いや、そもそも連れてきてしまったのが最大の不幸なのか。

 車に寄り掛かって考えているとトムも隣に寄り掛かる。

「人間はショッキングな出来事を何時迄も忘れない。忘れかけていても関連する物事に遭遇するとその出来事が脳裏に鮮明に浮かぶ。フラッシュバックだね。この際に言うショッキングな出来事とは痛みや恐怖といった感情がほとんどだろう。子供には尚更トラウマとなる」

「絶対忘れないな。罪深い」

「そうだね。で、ここでの関連事項は必然的に僕なんだ。その事について少し考えがある。道中話そうか」

 正直なところ私もトムが怖い。魔法使いは家族以外は余り見たことが無いから分からないがこんな化け物なのだろうか。そしたらトムには私が化け物に見えるだろうか。そんな事を考えながら運転席に向かうとふと視界に廃屋の影に隠れるの幾つかの車を発見した。連盟軍の車だ。

 後部席にトムを乗せて運転して行くとさっき駅で見た顔がフロントガラス越しに陽炎で波打って見える。

「ミーシャさん、お疲れ様です。すごいですね。一人であの規模の盗賊を追い払うなんて」

「済まない。二人やってしまったよ」

 血がべっとり付いた手のひらを見せる。これはサキを抱えた時に付いたものだ。

「大丈夫ですか?酷いようでしたら病院で手当を」

「違う違う。これは倒した賊のだよ。早く行ってそっちを手当てして」

「はい。了解です」

 倉庫に向かって車を進めようとする奴につまらない質問を投げかけた。

「何であんたらは私と一緒に突入しなかったんだ?」

「相手が武装し過ぎて手が出せなかったんです」

「軽く言ってくれるよ。全く」

 後は連盟軍が片付けてくれる事になっている。誰か殺しても相手が武装していれば良いと依頼にはあったので何ともない筈だ。後は勝手にマンハッタンの役所にネットだか言う物で知らせてくれるらしく、行けば報酬が貰える。車は役所に返せばいいと言われているので、言葉に甘えて借りる事にした。

 エンジンが悲鳴を挙げ、力強くジープは走り出した。

「君も驚かせてしまった。申し訳ない」

 隣に座るサトナの顔を布で拭きながらトムが言った。

「うん。びっくりしたぜ。アタシと同じ匂いがするから魔法使いってのは知ってたんだがな」

「僕の能力『リチャード・アプトン・ピックマン』はあれが限界だよ。衝撃を吸収して放出する能力と言ったら適切かね」

「じゃあ、あいつらの死因は落下死か。へー。寒気がするぞ」

「うん。怖がった方がいい。この世界には超能力者が少ないようだが、誰がこんな即死能力を持っているか分からないからね。

 それと、聞かれる前に答えて置くと僕は進んで盗賊に拐われた。あの御守りからは微かな君の波動が感じられたからね。助けに来る事はわかっていた」

 波動を感じる、か。私は幼い頃から匂いと耳鳴りで魔法を察知していた。アコースティックキティの範疇だと考えていたが魔法使いなら当然なのだろう。

 今更ながら私があの時『サキ、今助ける』なんて言ったから奴らは知り合いだって分かった感じだったろう、もしその時冷静な判断が出来ていればと、まだこんな事を心の何処かで考えていた。

「ありがとう。来てくれて」

 予想外の言葉に驚いてしまう。そんなこと言われたのは何年ぶりだ?

「え?ああ、うん。どうたしまして」

「君、サキ君を溺愛しているだろ。そこで頼みがある」

 見透かされたのかぁ〜!?

「おい待て。心を読み過ぎだ止めろ」

 だが止まらずに早口で喋り続ける。

「さっき、ショッキングな出来事に僕は関連してしまったと言った。だからサキ君からは僕が恐怖の対象でしかなくなってしまったんだ。そこでだ。彼女には一人で暮らして貰う。僕は海の向こうの黄鐘王国に行き働くよ。そこで得た金はサキ君へ。君にはたまに会いに行って欲しい」

 はあ。面倒見てくれってことか。

「んー。目的はあれだろ。物価が高いのとロケットがあるからだな。どうせ渡るのなら三人で行こうぜ」

「成る程、でも良いのかい?君も来るなんて」

「いいんだ。いいんだ。気にするな。向こうには当てがある」

 妹家族の住まいがロンドンにあった筈だ。本当に行く事になれば顔を出そう。

 その後はトムと他愛も無い話をした。この世界の社会の仕組みや人種の事など。私も含まれる獣人種についてはかなり興味を持たれた。

 獣人種は生まれつきモデルとなった動物の耳や尻尾があり、私の場合それが狐になっただけだ。耳が人間の普通の形も合わせて四つ存在し全てきちんと聞くことが出来る。やつにとってそれは珍しいようで尻尾を触らせると喜んでいた。

 外の景色は左に高湿を放つ海。右には廃屋が建ち並ぶゴーストタウンが殆どだ。時々振り返るとトムは流れる風景を見て悲しそうな顔をしていた。何だか今日はこいつの人間的な所を沢山見れた気がする。

「僕は超能力の研究をしていたんだ。とても単純な理由『国の為』にさ。あの研究もいずれは戦争に使われるんだろうね」

「そうなったら嫌だよな」

「嫌では無いよ」

 前言撤回。だけど一応理由を聞いておくと『国の為』なら良いらしい。

「変なイデオロギーだよ。理由さえ有れば人道を無視出来るんだから」

 あの悲しそうな目は自分に向いていたのか。惨劇を起こしかねない自分へ。

「もう研究者じゃないんだ。心機一転していこうぜ」

「フフッ、今のは君への皮肉だよ」

「最ッ悪。ここで降ろすぞ」

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