3章 5話 片道ロケット

-253年9月17日(月)

「見てよ。あれが天の眼だ」

 ユウゼンの指差す方向には黒光する粒が見える。ロケットは二段目まで切り離され、最後のロケットを吹かしている最中だ。技師達が気にしていた強度の問題は心配なく順調に事は進んでいる。ただ勿論あれが一番の問題点なんだけど。

 天の眼は地球から発射されるロケットを撃ち落とす為の装置だ。何でも過去の超文明は地球のどこでもロケットで破壊する事ができたらしい。ラグナロックの後に地球から脱出していった人達は天の眼からギリギリ見えない範囲を攻めて飛んだというが何で今回はそれをしないのか聞くと技術的に不可能との事だ。そう言われちゃ何も言えない。

 何はともあれ現在はユウゼンと共に天の眼の横をどきどきしながら通り過ぎようとしている。

「そもそも動いてるのかなあれ」

「あゝ、確かにラグナロックから動き続けている訳じゃなさそうだね」

 それはフラグだった。次の瞬間、ピカッと全面のモニターが眩しい光を放つ。

「やられた。撃たれたんだ」

「なに?」

 光は直ぐ消えてモニターは元の吸い込まれそうな漆黒を映す。私は操作盤を弄って被害状況を確認する。どうやらロケットに被弾したみたいだ。突然無線から声が聞こえる。

「閃光を確認した。被害状況は?」

「第三ブースター3号機被弾。酸素が漏れてます」

「了解した。次の発射に備えろ」

「次もあるのかい?」

 ユウゼンが望遠カメラを天の眼に合わせるが前兆とかそう言うものはない。しかし警報が鳴り出す。モニターには被ロックオンと表示されているがユウゼンは燃料漏れと思っているのか焦って気づいていないみたいだ。

「ユウゼン後ろ」

「わかった」

 機体のスラスターを全力で吹かして真後ろを向くと遠くに何かがある。今度はこっちがロックオンすると同時に銃を撃つ。

「よし、やった」

 とユウゼンが叫ぶと技師からの通信が入る。

「損傷したブースターは切り離してくれ。それと、いま代わる」

 少し待ってホノカの声がした。

「よくやったユウゼン、サキ。どうやら天の眼には機能停止しているものがあるらしいね。きっと先人達が脱出する際に止めたんだろう。あと、被害による影響は少ない。予定通り2日後には到着するだろう」

「よかった」

「もう安全だ。ベルトを外して楽にするといい。君達は本当によくやってるよ。オーバー」

 その後しばらくはまだ安心出来ずシートベルトを締めたままだったけど1時間たってユウゼンから外した。

「あれは」

 そう言って彼は真下、つまり地球側のモニターをみる。そこには暗い太陽の影の部分に光る大きな雲がある。

「あれが輝きの荒野。ラグナロックの始まりの土地」

 そうユウゼンは続けて言う。かつての戦場で使われた兵器のエネルギーが残留している。あの地には草木は一本も無く死の世界となっているらしい。

「綺麗だね」

 言った瞬間に不謹慎な事を言ったと思って後悔した。

「そうだね。あの光には親近感が湧くよ。なんていうか、こう暖かい感じがして」

 そう言ったユウゼンの目は輝きの荒野の遥か向こうを懐かしむように見ている。ユウゼンについて私が知ることは少ない。でも以前ユウゼンは捨て子だったとビオラから聞いた。ホノカはその能力から星の子だと言ったらしい。それが何を意味するのかわからないけどあの光と関係があるのは確かなんだろう。


 翌日、と言っても夜はないので正しくは24時間後だ。狭いコックピットも無重力だから圧迫感は無い。ただ、ただ飽きてきていた。昨日からの宇宙酔いはだいぶ落ち着いてユウゼンはぐるぐる回っても目が回らない事を面白がっていた。他に出すなと言われた水をちょっと出して口でキャッチしたり電卓で写真を撮っていたけどもう飽きてきていた。地上からの通信はいつでも出来る訳じゃなくて決められた時間に定時連絡するのみ。内容は恐ろしく事務的で体調だとか機体の状況だとかを確認するだけ。何でも聞いてと言われたのでいつでも話せる相手が欲しいと言っておいた。

「する事ないね」

「そうだね。古いタイプのロケットなら昨日みたいな損傷があれば外に出て修理なんてのもあるらしいが昔の話だ。それに船外活動用のスーツは一着あるけどこれは二重扉じゃないから外に出れない。嫌なもんだね」

 ユウゼンは持ち込んだコンパスを振っている。うまく行くと近くの磁石を感知するらしい。

 その時、通信が入った。今は定時連絡の時間じゃない。緊急事態と思ったのかユウゼンは素早くスピーカーに近寄る。

「マイクテスト。ワンツー。ーー聞こえるか。聞こえたら返事しろ。」

 その声にピンときた。

「ホワイトムーン?」

「はあ、違うぜ。俺はミンリーだ。」

「わかった。ついに兄さんに捕まったんだ」

 とユウゼン。ユウゼン曰くホワイトムーンはミンリーという偽名を使ってジャーナリストの仕事をしているらしい。ホワイトムーンという名前も偽名で本名は不明。無許可で色んな所に潜入してそれを記事に載せるから犯罪者扱いされているとも聞いた。

「クッソ。なんでわかんだよ。はあ、ま、いいか。ホノカさんに説明しろって言われたから一応するぜ。この回線は直接シーケンス・スペクトラム拡散が使われている。この通信方式は拡散符号鍵を受送信両方で所持する必要があるから安全だ。多少遅延が発生するだろうが慣れてくれ。後、電波を静止衛星経由で送る都合上WEAのアンテナだけでも外に出す必要がある。それぐらいだな。お前らと話せば話すだけ報酬が入るから何でも質問するなりしろ。」

 一気に色々言われて混乱。っていうか何?スペクトラムなんたらって。それを聞こうか迷っている間にユウゼンから早速質問だ。

「何でもいいの?」

「ああ、そういう契約だからな。俺の個人的な質問意外なら。」

「兄さんがよく呟いてる196884ってなに?」

「もっと他に聞く事あんだろ。機体は無事なのかとか天の眼はもう狙わないのかとか。ま、いいや。えーっと。それはモンストラムムーンシャインだな。」

「おお、当たってる。じゃあ、兄さんの魔法は?」

「集合的無意識の観測。っておっしゃっているもののきっと高次的な世界が見えておられるのだろう。以前インタビューをさせていただいた時にはモクギョウの使う魔法陣が風景に現れるのだと言う。干渉も出来たみたいだが誰かさんのせいで……」

「当たり、当たり。えーっと次はサキの魔法は?」

「空間ではないな。もっと本質的なものだ。考えられるのは時間だな。それを操作する能力だろう。ま、こんな感じでお前らのサポートとして四六時中ついている。ホノカさんやロケット担当の技術者は忙しくて相手ができないからな。他、何かあるか?」

「暇なんだ。何か話してよ」

「何かってなんだ?」

「そうだなー。月って空気がない気がするんだけどどうして人が住んでいるんだい」

「大気はあるさ。ただ余りにも薄いからわからないだけだ。人間たちは月の地下やクレーターを掘ってその中に住んでいる。そこでは空気は完全に管理されていて快適な生活ができる。ただ、重力が地球と比べて1/6だから地球と同じってわけじゃないが……」

 以降はこんな感じで一つ話題を振れば永遠と話してくれる。おかげでいい暇つぶしになってその日を終えた。

 翌日、いよいよ月に到着する。

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非現実世界の電波少女の成長と終わりまでの記録 要領の悪い @malz-well168

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