2章 5話 ホームパーティー
-新生歴253年9月7日(金)
「ここかな」
電卓を片手にビオラと待ち合わせ場所に来る。これは私がいた世界で言うスマートフォンで、昨日アストロロギアからの支給で貰った。父さんが持っていたスマホと同じぐらいの大きい画面(6インチ想定)でカメラは一個。これで地図を見て目的のワンジンまで来た所だ。
ここは中華街といった感じの街で屋敷から少し地下鉄に乗って辿りつける。
「うん。合ってる合ってる。ど?慣れて来た?」
「まあ、だいぶね。もう説明とか大丈夫だから。自分一人でやるって」
ここまでくり途中で何回か気になって触ってる所で横から茶々入れて来て正直ウザいぐらいベタベタしてきた。今はそんな事ないけどこういう時は大抵写真を撮ってくる。
「イー、アー、サン。チーズ」
パシャッと隣で音がする。
「勝手に他所に配ったりしないでね。て言うか、その掛け声って何語?」
「昔から使ってるから気にしてなかったよ。何だろ?フランス語じゃない?どうなのホノカ?」
「それは中国語。元々アメリカ大陸が発祥の掛け声から由来しているんだ」
突然後ろから声がして振り返る。
「へえ!?あ、初めまして」
「どうも。初めまして。ムラサキ・クロスだね。僕はホノカ。一応アストロロギアのリーダーを務めている」
背の高くスタイリッシュな身体で綺麗な中性っぽい顔だ。黒いチノパンに黒いワイシャツで上着だけ白くて袖の広いウインドブレーカーを着ている。青い帽子を被っててなんだかユウゼンに似たような印象があるけど具体的には何なのかわからない。自分の事を今、僕って言ってたけど女の人っぽい。まあ呼ぶとしたら「彼」かな。
「ユーゼンは?一緒に来たんじゃないの?」
「彼は先に店に行ったよ。それで呼びに来たのさ。さあ、行こう」
歩いている途中でこの街について聴いた。これからいくレストランの「広東飯店」は遊び所の多い「ワンジン地区」の入り口にあるらしい。ワンジンは遥か昔に黄鐘王国が遷都して来た時に最初に出来た街。だからアジア系の建物が多くて、行き交う人もそんな感じの顔つきだ。
「ユウゼンから聞いたよ。君は戦前の日本から来たそうだね。後で詳しく聞きたい」
「私はこの国について聞きたいよ」
「フフッ。今夜は朝まで語り合おうか」
それを聞いてビオラが私の手を握る。
「ちょ、まだサキは純粋だから。汚そうとしないで」
「何の事かな」
道を歩いて行くと周りの人がみんなお辞儀をする。何だか申し訳ない気持ちになるからそれに応えて私もお辞儀をするけど隣の二人は気にしていないみたいだった。
「何で私達にお辞儀する人が多いの?」
「僕を神様か何かと勘違いしているのさ。全くスマートじゃないねえ」
そうは云うけど納得出来ないモヤモヤした感じがした。
「ホノカ様。ご連絡くだされば会場のご用意をしましたのに」
「クサナギの名前で予約をしている。もう先客が来ている筈なんだが」
「これは、考えが及ばず申し訳ありません」
そういう会話をホノカが店員として店に入る。完全に中華風の建築で天井からは提灯がぶら下がっている。
「ああ、来たきた」
ユウゼンの声が聞こえてそっちを見ると畳の部屋にいた。部屋は一段上がっていてお蕎麦屋さんみたいな感じ。長いテーブルが置いてあってそこに座布団が並べられている。ユウゼンは部屋の端の重ねてある座布団の上にあぐらをかいていてその隣には男の人。がっしりした体型の3、40歳ぐらいの人と相変わらずガスマスクをしたネブ。テーブルの中央には色とりどりの料理が並んでいて座布団に合わせて取り皿とコップが並んでる。
ホノカは入り口から見て一番奥の座布団に座ってその隣にビオラ、そして私が着く。目の前はその大人の人だった。
「初めまして、えっとあなたがシルヴァーさん?」
「うんうん、そうだよ」
と言った瞬間に「嘘つき」と即座にビオラに突っ込まれる。
「サキ、シルヴァーってお父様のお友達のあの人よ」
「え、そうだったの?同じ名前の別人かと思ってた」
するとホノカが自己紹介をする様に勧めて目の前の彼は多分本当の事を言った。
「へへ、俺はザック。チームの護衛としてホノカさんに呼ばれてるんだよ。ヨロシクな」
手を差し出してきたので流れで握手した。
「そういやホノカさん。外務大臣から直接渡せつって公文書、紙で渡して来ましたよ」
「見せてくれ」と言ってザックから渡された紙をみる。
「ふーん。次の仕事の話だね。これについては解散する時にでも言おう。さて、それよりも今日のメインはサキの歓迎会だ。朝まで遊んで過ごそうじゃあないか」
彼が右手を挙げると店員さん達がひょうたんの形をした入れ物を持ってきてみんなのコップに入れてくれた。コップは小さいやつだし匂いでお酒だとわかった。
「柚子酒?ってやつだよ。レモンみたいな匂い」
ビオラに聞いたらそう答えてくれた。レモンというよりホントに柚子の香りがした。
「それでは、アストロロギアはサキを歓迎しここに祝す。火行祝融に捧げて、乾杯」
ホノカがそう宣言してみんなで乾杯しあった。一通り音を鳴らさずに乾杯し終えてコップのお酒を飲み干した。
「んん。なんか。喉の奥が、熱い。辛い?なんだろ。でも甘い味がする。何杯でも飲めちゃうね」
すると向かいのザックに茶化される。
「一杯でやめとけよ。こう言うのは、大人の嗜みってやつだからさ」
「子供相手にマウントとるとかサイテー。サキ。色々ここにジュースの瓶があるよ。何飲む?」
彼女に助けられてばかりでなんかごめんって思っちゃう。
それからは山のようにある食事を沢山食べた。中華系ぽくもイギリス馴染みの揚げ物もあって直ぐにお腹一杯になった。
ただ少し気になったのはザックの食べ方が汚い事かな。ううん。多分周りのみんなが上品に食べるせいで変に目立つんだと思う。私はコロラド家で学んだからなんとかなってる。という事はみんな貴族なのかも知れない。
後はネブが他の人にお皿を運ぶだけで何も食べていないのに気付いた。悪いかなと思ってビオラにこっそり聞くと声を抑えずに普通の声で答えた。
「ネブはね。ロボットなんだよ。ねえちょっとマスク外してよ」
「はい。しばしお待ちを」
と言ってネブはユウゼンに料理を運んであげてからガスマスクを下に下げる。機械の塊だった。そこに大きなカメラが目の位置に一つあってそれがこっちを見ていて気味が悪い感じがする。でもそれを知られないように何か質問をして誤魔化そうとした。
「えっと、一つ目で距離感とかわかるの?」
「問題ありません。ここの。見えますか?この部分から光を照射して跳ね返って来るまでの時間で距離を計測しています」
「へええ」としかいえなかった。
ある程度食べていると本物のシルバーがやってきた。ザックと同じぐらいガタイがいいけどシルバーの方が背が高い分スリムに見える。
休憩していると窓の奥、ベランダにビオラに誘われて見に行くと。真下に川が流れてその両側に建物がごちゃごちゃ立っている風景が見えた。どれも赤い色を多く使う中華風の建物。だけどどこか日本風な感じのする場所でとても綺麗に思えた。隣からは何回かシャッターの音が聞こえる。
「君の事は向こうの大地にいる協力者に調べさせてもらったよ」
ホノカが話し始める。
「時間操作の魔法で293年後のマンハッタン島に来た。ただ、一緒に来たトム博士はしきりに自分はCIAの研究者だと発言していたようだね。興味深い」
「なぜ?」
ユウゼンが聞く。
「CIAはワシントンにある。それを本人は訴えているつもりなんだとしたら。そうだな。ユウゼンは地球が一年後どこにあるか知っているかい」
「同じ場所でしょ」
「小さな誤差だが違う。地球の自転は長期的に見れば確実に遅くなっているんだ。だから同じ時間だとしても毎年ほんの少しだけ去年より東にズレる。だから科学的な視点から見てもサキの体験は説明出来るんだ。いやあなんとも濃い経験だろう」
「ならサキと来たトム博士を捕まえてこよう。そうすれば本当かがわかる」
「残念ながらトム博士は君が空港を出た直後に行方がわからなくなっている。飛行機に乗せてくれたカイセイと云う人物も行方不明との事だからこの二人は深い関係がありそうだ」
「それについては?」
「まだだ。何でもカイセイは中古WEAで8月15日に東北へ飛んでいったらしい。もし共に行動しているのならもう打つ手はないよ」
「カイセイ。か」
その名前を呟いてシルバーが考え込むように俯く。
「きっと彼本人だろう。平調に問い合わせた所、同日、旅行客を名乗るWEAが領空に侵入している事を認めた。追跡したアイペロス二機を行動不能にしたのちマケドニアに向かったそうだ。次の会戦は彼の登場を考慮した対策をとる必要がある」
「まじかよ。市販WEAでそこまで出来るなんて。憧れるな」
「ちょっとー。サキにわからない話しないでくださる」
話がどんどん脱線していくのをビオラが止めてくれた。
「ああ、ごめん。ごめん。おじさん達にしか分からん話聞かせちゃって」
「僕はおじさんじゃあないんだがね」
ホノカは不機嫌そうにそう言ったけど手を叩いて「よし、遊びに行こう」と切り出した。
中華街を抜けるとコンクリートの建物が並ぶ場所に出た。壁が赤く無いのを話すとユウゼンがここからがワンジンだと教えてくれた。どうやらまだ入り口だったらしい。
油と鉄の匂いがそこらじゅうからして建物の壁は広告ばかりでうっとうしい。四角い空は心なしか暗い気がして電線とパイプが頭の上を通る。
「びっくりするでしょ。他にこんなところ無いから」
ビオラはそう言うけど私が住んでいた街に少し似ている。どこがとは言えないけど、どことなくって感じ。
「ワンジンに日本人の末裔は多い。もしかしたらサキには馴染みのある風景かもね」
ホノカがそう言うと同じ景色と思えるようになった。
ユウゼンが先頭で「電脳中心」に入るとそこはよく見るゲームセンターだった。他にも室内にテニスコートや卓球場なんかがある。
ビオラに誘われてテニスをして遊んだ。その他にもゴルフやバドミントンとかスカッシュとかで遊んで疲れる程楽しんだ。
私は今遊んだ殆どのスポーツは初めてやったけどアストロロギアのみんなは全員何かしら得意で教えてもらって遊んでいた。まあシルバーとザックの大人二人は凄い音を出してテニスをしていて絶対私とやった時には上手く手を抜いてくれていた。
その中でもホノカは立体のチェストのようなビデオゲームをずっとやりながらビリヤードをするといった二つ同時にゲームをしていた。勿論それぞれの対戦相手は別々でしかも全部勝っていた。勝つと決まって「たまたま得意なだけ」「運が良かった」と決め台詞を言う。それですれ違う人に対戦を挑んではどんどんギャラリーが多くなっていった。
それを見ていると隣でユウゼンが言った。
「凄いだろ。兄さんは」
兄さん?と聞き返すと似てるだろと言われる。確かにそうだ。
そのあとホノカが飽きたと言って出てきたのでついて行くとユウゼンにまた店の席取りをお願いしていた。そして近くの建物の紫色の暖簾の店に入ろうとした所で私を呼ぶ。
店の中は外がそうだからだと思うけど薄暗くて狭い。色々広告が壁中に貼られていて入って横の壁に窓があってそこから店員さんと話すみたいだ。
「これはこれはホノカさまじゃあありませんか。どうぞお座りください」
窓には頭巾を深く被って顔の見えないおばちゃんがいてしわしわの手で窓の前の椅子を差す。ホノカに勧められるまま隣に座る。なんかちょっと恥ずかしい。
「どうも。ミセス・ベラ。あなたに彼女を見せておきたくてね。挨拶を」
「こんばんは、ムラサキ・クロスです」
「やあやあ。私は占い屋だよ。それじゃあ、お嬢さん。これに手を置いてくださる」
出してきたのは丸っこい機械。窪みに合わせて手を置くと中指の先がチクッと何かに刺されてすぐに手を離した。
「痛かったかい。大丈夫だよ」
濡れた布で指を拭いてくれた。その間、おばちゃんの背中の方で明らかにハイテクな機械とモニターが動いているのに気が付いた。
「ホノカさま。これを」
すると何処からか取り出したプリントをホノカに差し出す。
「どれ。ふーん。二つか。どちらも継承型ではないのかい」
「ええ。学会に出せば大騒ぎでしょうね」
「一応君にもわかるように伝えよう」
ホノカ曰く私は魔法使い(超能力者)の中でも珍しい二種類の力が使えるタイプらしい。それが今わかったのだけどここでこの世界における魔法の説明をされた。
魔法使いは地球上に余り居ない事。魔法使いは地域によって差別の対象になる事。それもあるのか魔法使いは自分の能力を教えない事を教わった。
「ちなみに僕の能力は頭が良いってだけさ。あと一つあるがね」
と言って帽子を外すと頭の後ろに向かって跳ねる髪がある。でもよく見ると耳だった。ミーシャと同じ。
「鳥?」
「まあ、そんな所さ」
「ホノカさま。サンプルはこちらで保管してよろしいでしょうか」
「引き続き解析を頼む。それと、彼女は魔法が上手く使えないみたいなんだ。何かわかるかい」
「こうしたケースは稀ですからね。もしかしたら一度使おうとすると二つの魔法が干渉しあっているのかも」
「エネクス粒子が足りないと?」
「ええ、その通りです。端的にいえば脳は一つ分として考えているので始動電流が足りないのでしょう。一つ一つを把握させる事で解決出来ると考えられます」
「難しい話をしてしまったね。じゃあ、頼んだよ。学会に出す時は名前を伏せてくれればいい」
ホノカに背中を押されて店を出るとみんなが待っていた。
「俺より強い?」
ユウゼンが聞く。
「まだ何もわからないよ」
とホノカが返すとみんな気が抜けたように表情が軽くなった。そこで彼は手を叩く。
「さて。ここで新たな仕事の話だ。よく聞いてくれ」
全員が黙ってホノカを見る。
「来週ここにバロック・ヴァンガードが訪問に来る。その際僕らは出迎えを任される事になった」
「バロック?あの怪しい国?」
ビオラに言われると笑って答える。
「ハハッ。喜ぶべきだよ。国事行為に参加出来る、またとない機会なんだ。貴重な体験が出来るだろうさ」
詳細は直後に電卓に送られてきた。それによるとバロック国の女王様を出迎える仕事だそう。喫茶店スターゲイザーに朝集まって車で行くみたいで集合時間とその後の予定が書いてあった。
「確かにバロックは異形の生命体と機械に支配された国だ。それが国土ごと来るらしい。シルヴァーとザックは場合によって待機を命令する。その他の皆はその資料通りに行動してくれ」
解散の一声でみんな散り散りになった。けれども私はホノカに呼び止められてその場に残る。
「さて、サキ。君に個別の任務を与える。なに、難しくない。ちょっとした儀式だよ」
電卓に資料が送られる。任務の内容が書かれたやつとアンケート用紙だった。思いがけず任務の名前を読む。
「世論調査アンケート?」
「そ。この街を深く知る為にもこれが丁度いい。同梱された地図とルートに合わせて調査任務を課す。道に迷ったら記載されている連絡先に聞けばなんとかなるだろう」
「はい。頑張ります」
「いい気合だけど今日はもう寝なよ。起きたら任務開始と行こう。じゃ」
強い風が一瞬吹いて顔を背けるとホノカは居なくなっていて、鳥の鳴き声が空から聞こえた。
「見逃した。あ、あーー。サキは見えた?」
後ろの建物の陰にカメラを構えたビオラがいる。
「あ、ごめん。見えなかった」と声をかけると「一緒に帰ろ」と言ってくれて手をつないで並んで歩いた。
鳥の鳴き声は暗い夜空にまだ聞こえている。それがなんだか奇妙で怖くなってつないだ手を強く握った。
来週に仕事……か。
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