2章 4話 ペトリコールに

-Wed/5/9/253

 小雨の降る中図書館に入る。ビオラに昨日ここに来ることを告げると、変人が最近いるらしいので話しかけられたら直ぐ帰れと言われた。でも今の所、変な人に絡まれたりしていないしこの辺りは治安がいいから変人に会うのは単に運が悪い人だけだと思っている。

 図書館の中は白い壁に黄色?金色だかの綺麗な彫刻と天井や空いたスペースに絵画が飾ってある。丁度目に留まったのは触手だらけの生物が空を飛ぶ絵。題名はスパゲティラーメンうどん。私がふざけているんじゃなくてこれがおかしいだけだ。

 気を取り直して目当ての本を探す。トムに以前からこの世界の歴史が書かれた本を探すように言われていた。それを昨日突然思い出したのだ。確かに私もこの世界がどうしてここまで変わり果てたのかは知りたかった。

 本棚に貼られた札から歴史の本を見つけて窓際の席へ移動して読む。といっても中身は勿論、全部英語。話せはするけどそこまで読める訳ではないから結構苦労しながら読み進める。

「何を読んでいるのかと思えば。ふーん。歴史と言うのは大変面白い。君はどう思う?」

 突然後ろから声をかけられて驚いて肩が一瞬飛び上がる。声のする方を向くと窓枠に腰掛ける背の低い男の子がいた。

「あーうん。面白いと思うよ」

 そう言って笑って応える。

「失礼だけど読みなれてるように見えないね。留学生かな?もし困っているようなら聴くよ」

「この国について知りたいんだけど教えてくれない?私、ニューヨークから来たばかりで何一つ知らないの」

 彼は少し考えるような仕草をしてから応える。

「喜んで教えよう。成り立ちから今に至るまでの全てにを話そうか?もし指定があれば言うと良い」

「うん。全部で結構」

「旧時代からの長い歴史から見れば残念ながらこの国の歴史はまだ浅い。だからそれ以前の歴史から語り継がれる。話が長くなるから」

 目でどうするか訴えてくる。

「いいよ。続けて」

「まだ西暦が存在した頃、この地にはグレートブリテン王国と言う強力な国が存在したんだ。しかしかの『輝きの剣戟(ラグナロック)』によって世界中の人類は宇宙へと移り住む事になる。このとき取り残された人類はこの、グレートブリテン島へ身を寄せ助け合いながら暮らしていたそうだ。その頃、東の果てに現れたのがこの黄鐘王国。当時、豊かな土地を目指して遷都を計画していた中で元々宮殿などが揃っていたこの地が最終的な遷都先になった。当時、黄鐘と仲の良かった平調王国もついてきてこの地を支配したのさ。勿論国民の大半も連れてきている。だからここはネオチャイナと元々住んでいた人に言われたらしいよ。それは侮辱の意味合いだったらしいけど圧倒的な頭脳を持った我が王は戦争で疲れ切ったこの地に活気を取り戻しそれが250年以上続いている。という事だ。何か質問は?」

「それじゃあ。元々住んでいた人はどうなったの?」

「国に吸収されるという形で生き残っている。自治機関が設置されたりして保護される所もあるそうだ。まあ最も、ある程度、力のある者達は貴族として暮らしているがね」

「250年続いているって言うけど短いようには思えないんだけど」

「そこは歴史学者でも意見が別れている。何せ輝きの剣戟最中に起こったと言われているからね。その後ここに遷都が完了したのが今から200年前と言われていてそれから目立った事件がないんだ。ダルマティア戦争ぐらいしかね」

 その戦争について聞こうと思ったけど余りに知らなすぎるのは馬鹿にされると思って空いた口を閉じた。代わりに説明してくれたお礼をする。

 すると少年は窓枠から降りてお辞儀をした。ショートパンツにセーラー服。青い蝶の形の飾りが付いたキャスケットを被っている。名前と同じく日本人らしい顔つきで中性といった感じ。声を出さなければ女の子と言われてもおかしくはない。

「俺はユウゼン。高等部1年3組の優等生だ」

 自分で言うんだ。と思ったけど口には出さずに私も自己紹介をした。初対面の人には何を話せばいいか分からなくなるけど同じ学年と言う事で話は弾んだ。

 ユウゼンは少しナルシストな所もあるけど、本当に賢そうな人だった。何を言おうと直ぐに返すし、さりげなく気を使うし。でも私が優等生と言うだけの知識を褒めると「知ってる事をわざわざ言うな」と嫌がる。

「ところで俺の名前のスペルは何だと思う?」

「yuuzenかな」

 一瞬固まる。

「グッド。君は逸材かも知れない。おい、ネブ。新たなメンバー候補だよ。」

 近くの机の下から分厚い本を持った背の高い人がぬっと現れる。

「直ぐにそうやって被害者を増やそうとするのは……。あー貴方の悪い癖ですよ」

「いやいや。ちゃんと話を聞こう。俺はただ、彼女の日本に関する知識に長けた事を見抜いたまでだよ」

「すみません。ユウゼンはまだ成長途中なんです。暖かく見守ってあげてください。

 で私はネヴラと言います。ネブで結構です」

 聞くと彼はこの学校の関係者ではなく、近くの喫茶店の従業員らしい。どうやらユウゼンの言っていたメンバーは喫茶店で働いている人を指しているらしい。

 ユウゼンはネブの話している最中、メンバーについて一人で何か話していたけど聞き取れなかった。

 その後帰ろうとするとネブに喫茶店で使えるクーポン券を渡された。そして何故かユウゼンも渡してくる。


 帰宅後に部屋でそのクーポン券を見ると多分ユウゼンがくれた方の裏に『合言葉は星を見たい』と汚い字で書かれている。


-Thu/5/10/253

 翌日、学校帰りに教えられた喫茶店に寄ることにした。場所はサウスロンドンのテムズ川近く。古い趣きのある建物が密集する地域で喫茶店も映画に出てきそうな外観だった。店名は『スターゲイザー(星を見つめる者)』で木材を使ったどこか懐かしい感じの店内は落ち着き過ぎていて、私のような子供が遊びに来る場所ではない気がする。壁にこの時期見える星座の紹介が貼られていてカウンターの隅に大きさの違う3つの望遠鏡が置いてある。

 誰も客が居なかったのでカウンター席に座って早速マスターに「合言葉って何ですか?」と聞くと「何のことでしょう」と聞き返されてしまった。そこで「あの、星を見たいですか」と言うと、今度は急に手を止め店の奥に案内する。

 そこには大きなタンスがあって扉を開けるとハンガーで吊るされた服の奥に階段が見えた。マスターと別れて下に続く階段を降りるとユウゼンの話し声が聞こえる。

 降りるとそこはコンクリートの壁の地下室で部屋にはソファー、ベット、冷蔵庫、テレビと生活するには不便しない物とファイルが沢山収まった本棚、組み立て途中の機械が置かれた机とか触り辛いものもある。

「ん、やはり来たね。待っていた」

「あー、来ちゃったか」

 そう発言したのは何とビオラだ。彼女はソファーに寝そべり、ユウゼンはホワイトボードの前に立っている。

「ビオラ。何してるの?ここで」

「ちょっと手伝いでねー。まー詳しくはユーゼンから聞きなよ」

 ビオラに突かれてユウゼンはニヤニヤしながら説明する。

「ここは秘密結社『アストトロギア』の本拠地だよ。リーダーは現在不在なのだけど、いたら挨拶するんだよ」

 「ユウゼンがリーダーじゃないんだ」と聞くとスカウト担当だと部屋の奥でこじんまりと丸い椅子に座るネブが応える。

「我々はこの国に高度な社会権をもたらす為に活動している。主な仕事は政府が間違った方向に行かないように見張ったりこちら側の意見を通す議員を増やすために暗躍したりする。安心しろ、別に誰か殺したりするような機関じゃあないし設立当初から保守派の勢力として確立しているから国民の大半を敵に回すような事態にはならない」

「ごめん。政治のシステムがよくわからないんだけど」

 するとユウゼンは大型テレビの前に移動する。そしてネブに指示してスイッチを入れさせるとペンを取り出して画面に文字を書いて説明を始める。

 この国は国王を頂点とする政治でその下に二つの議会がある。一つが一般国民から代表が選ばれる衆議院でもう一つが貴族が制限無く参加する貴族院だ。どちらかと言うと衆議院の方が力を持っているためこの議会の議員を味方で埋めるのが目標の一つ。政治の最高権力である首相を選ぶのも衆議院から選ばれる事が多いのも理由のひとつだ。

 やがてずっと眉間にしわを寄せているビオラが声を発する。

「どんな理由があるの分からないけど何で知らなーー」

 ユウゼンが言葉を遮る。

「責めるな。いいんだそれで、少なくとも俺は構わない。むしろ興味を持ってくれたのならそれでいい。

 でも気になるな。もし良かったら可能な範囲で話してくれないか?」

 迷う。話さなければ世間知らずと言われてしまうかも知れない。かと言って話しても信じて貰えないかも知れない。でも

「信じてくれないかも知れないけど」

 そこまで言ったのにまた迷ってしまう。するとユウゼンが一声。

「じゃあ信じない」

 ネブは「気にしないで、お話くださいと言う意味です」

 その言葉に押されて私は自分がこことは違う世界から来た一連の流れを説明した。自分の強力な超能力でトムと来たこと。ミーシャが親代わりになってくれていることなど可能な限り話した(ユウゼンは教えられる情報を可能な範囲と表現したがここでは記憶している限りと解釈している)。

 その間、皆黙って耳を傾けていた。一通り言い終えると何故か拍手を貰った。

「ジョークにしては面白かった」

「苦労してきたんですね」

「辛かったね。よく頑張った」

 口々に感想を言われた。

「安心しろ。俺を含めた我々は口が固い。一切口外しない事を約束すると共に……」

 私の前に歩み寄る。

「決定権は君にある。何の活動をしているかを一言で表せなくて申し訳ない、だが今決めてくれないかな。何も知らずにのうのうと生きるか。我々と共に国を変えるか」

 いきなり問われたので少し仰け反りながらビオラを見る。彼女は微笑んで「そいつを信用するかしないかって事だよ」と言った。

「うん、信用する。入るよ、この組織に」

 ユウゼンは目の前に手を差し出した。その手を握ると彼は目を瞑り、一呼吸した。

「では……ようこそ『アストロロギア』へ。俺はサブリーダーのユウゼン・クサナギだよ。次、ネブ」

「私はネブラ・ファウル。ユウゼン様の身の回りの手伝いの傍、機械の修理、整備をしています。どうぞヴィオラさん」

「はい〜。ヴァイオレット・ハンターでーす。息吸って吐いてまーす」

「他のメンバーにはシルヴァーと言う者がいる。が、彼は忙しいから明日にでも挨拶をしておこう。で、歓迎会は土曜日の昼間に行う。この時間なら兄さんも都合が良いだろう。その後はワンジンに出かけて朝まで遊ぶ予定だ」

「え?歓迎会?いいよそんなにの」

「気にしなくていいよ。どうせ理由が無くても行くんだからさ。でも朝帰りなら金曜でも良くない?」

「ふん。成る程。では明日に結論を出し電卓で発表しよう」

 何だかよく分からないまま話は進んで「以上」とユウゼンが言うと彼はさっさと階段を登って行ってしまった。

「分からない事があるなら教えるよ」

 と言うビオラに普段何をしている組織なのかを聞く。

「えーと。さっきはあんな偉そうに言ってたけどホントに遊んでるだけだよ。大人のメンバーが大体、政治関係はやってくれてるからね。普段は、そーだなあ。リーダーのホノカさんについて行って、遊んで回るんだよ。住民の聞き取り調査って言う建前でね」

「他にもありますが例えば先週は大型船にご一緒させていただき、大西洋に落下した宇宙船を回収する作業をお手伝いしましたよ」

 とネブが付け足す。

「なんか凄い事してるんだね」

「そうでもないよ。昨日なんか昼間からずっと街で食べ歩きをしてたんだから」

「えー。羨ましいな」

「あはは、まあ多分金曜日に同じ事するから楽しみにしてなよ」

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