1章マンハッタン編 1話 胡蝶の旅立ち

 セミがはた迷惑に叫び、巨大な雲が大急ぎで通り過ぎる。正直暑い。だけども昨日の夜は晴れていたお陰で湿度は低い。

 畳で昼寝をする父を尻目に、縁側で黄昏る少年の元へ近寄った。

 「ねえ、カイト。私ってちょっと力が目覚めるの遅くない?」

 「いや、個人差だってテレビで言ってたよ。俺がたまたま早かっただけだって」

 弟、カイトの言う事に呆けた返事をする事しか出来なかった。

 この世界はいつからか超能力が一般化した。超能力といってもその力には差があって、例えば二段ジャンプする者もいれば空を自由に飛ぶ者もいる。どれが強いとかは無いけど出来れば羨ましがられるやつが良い。

 カイトは半年後に生まれたけどもう超能力を持っている。何処でも発火させる能力で火遊びが好きなアイツに似合ってる。

 「どうやったら出たのそれ」

 指を鳴らすとパチッパチッって火花が出る。そこに新聞紙を近づけると煙と共に小さな火が灯る。

 「だっさい能力だぜ。線香とか煙草ぐらいにしか活躍出来ない」

 「カッコいいじゃん煙草。そう言うの好きだよ」

 カイトは溜息をついて言った。

 「そんなに欲しいなら練習するか?」

 彼曰く近所の山にある神社で練習して出来たらしい。一人でそう言う事してるって想像すると笑えてくる。勿論練習すると答えると早速家を出ようとしたが暑いからと言うとまたその場に座り直した。

 「明日の朝ね」

 そう提案すると肯いてくれた。

 翌日、朝ご飯をすぐ食べて神社に行くと空き缶を置いて練習を始めた。カイトは力を込めれば出来るなんて言うけど。指パッチンしても何しても何も起き無い。しばらく頑張っていたけど暑くなってきたので帰った。それからは毎朝練習をするようになった。

 8月に入ったある時からとびきり強い超能力者を探していると言う男の人と道端でよく会うようになった。白いシャツに黒いズボンを穿いたサラリーマンって感じの人でテレビ関係の人だと思う。まだ目標の人は見つからないらしくカイトは張り切って練習していた「ダサい能力」を披露していた。私はまだ目覚めていないから何も出来なかったけどテレビとかに出たいなぁ。いつか。

 入道雲が見える神社でポイ捨てされたゴミを相手に練習した。カイトはスチール缶を相手に意地でも燃やそうとしている。私はペットボトルに手を添えていつものように念じてみた。駄目だった。すぐ諦めてカイトを見ると指の先に火が灯っていた。

 「どうやったの」と聞くと試しに無心になったら出来たらしい。空き缶を指差して一旦無心になってから燃やすイメージを心の中で描いたら良いと言われた。

 半信半疑で試す。目を閉じて深呼吸。そして空き缶を燃やす。その時手が吸い込まれる様な感覚がして目を開けると缶が消えていた。

 「おお、吹っ飛ばした。上だよ上」

 見るとおでこに缶が当たった。

 痛くは無い。変な能力だけど嬉しかったんだ。

 「素晴らしい。もっと鍛えれば良い超能力者になれるだろう」

 拍手をしながらさっきの男の人が物陰から出て来る。

 「ありがとうございます」

 そう言うとカイトを呼んで帰ろうとした。何だか不気味だったからだ。カイトは私の気持ちがわかったみたいですぐ駆け寄ってきた。

 「君の力が力をもっと知りたいんだ。我々の下に来ないか?」

 「行こう」

 カイトが声をかけて手を引っ張って走り出す。

 「待て、おい。待て」

 怖くて後ろを振り返れないけど別人みたいな低い声が近づいてくる。カイトは多分私達だけが知っている用水路に入った。子供じゃないと立ったままは入れないから逃げるのに丁度良かった。幾つか分かれ道を進んで行くと頭の上に水玉が落ちた。外は雨が降っているみたいだ。

 外に出ると土砂降りの雨だ。後ろからはもう何かが来る感じは無い。

 「そこの駄菓子屋さんに入ろう」

 そう言ってここから見える所のよく行く駄菓子屋さんに飛び込んだ。

 「あら、びしょびしょじゃない。傘忘れちゃったの?」

 奥からおばちゃんがタオルを持って来てくれた。

 「不審者に追われてるんだ」

 カイトが言った。すると「大丈夫?怖くなかった?」と心配してくれる。とっても怖かった。でも泣いちゃ駄目だ。お父さんがこれから泣く分を取って置けって言ってたから。

 「駄目ですよ。防犯ブザーや携帯電話を持ち歩かなくては。最近は中学生でそう言った被害が増えているそうですし」

 お店の椅子に大人みたいなカッコいい子がいた。背は低いけど顔が小さいからだ。

 「お前、そうやって偉そうにするから年上に嫌われるんだぞ」

 カイトに言われると

 「尊敬語とは相手を高める言葉なのです。キチンと敬っているのですよ」

 と返す。

 「それより困りましたね。この辺りは長らく不審者の情報は有りませんでしたから。お兄さんが悪さを働いたのでは」

 「違うね」

 その子とカイトはしばらく言い合っていた。

 雨が収まったら帰ろうと言われたけど家は神社の反対側。また来た道を戻ったらあの男の人が居るかもしれない。その事をカイトに言うと。

 「大丈夫だ。俺がついてる」と励ましてくれた。

 そして雨が止むまで待っているとあの子が黒いランドセルを背負って店のドアを開ける。

 「それではご機嫌様。不審者の件は小学校にも伝えましょう」

 と出て行った。あの子小学生だったんだ。

 「俺らも行こう」

 カイトに引っ張られて私も店を出た。空はまだ曇っていて暗くなっている。店先の坂道を通って降りていく。

 「何処にいくの?」

 「いつも行ってるところ」

 そして来たのはリサイクルショップだ。確かカイトは常連だったはず。

 「カイト、自転車治ってるよ」

 店の人が銀色の自転車を持ってきた。お金は先に払ったみたいでお礼を言ってから外に出た。

 「後ろに乗って」

 「体力あるの?」

 「前でもいいぜ」

 後ろに乗せてもらって神社の周りの林を周り道した。雨がまた降りそうで怖いけどもっとさっきの男の人が怖い。

 家に帰る頃にはカイトは汗びっしょりになっていた。私もだけど冷や汗ってやつなのかな。

 家に入ろうとすると体の汗は本当に冷や汗になった。玄関からあの男の人が出て来たのだ。その人は私の方を見ると笑顔で近づいて来た。逃げようとすると後ろに違う人達がいて大きな手で腕を掴まれた。

 大声をあげようとしても声が掠れて息もし辛い。カイトが何か叫んでいてお父さんも出て来たみたいだ。

 「娘に何の要だ。離せ」

 でも目を隠されて引っ張られて行く。そして首が急に痛くなってから眠くなる。

 「サキ。必ず助けるからな」

 最後にカイトの声が響いた。


 「目が覚めたかい」

 聞き取りやすい英語の知らない男の人の声だ。私の目隠しを外すと次々と話し出した。周りは病院のレントゲン写真を撮る所みたいでそれっぽい機械とガラスの大きな窓がある。ガラスの向こうはここの機械を動かす機械が置いてあるみたいだ。

 「部下が乱暴で済まないね。でも怖がらなくていい。何故なら君はこれから神になるのだから」

 腕が椅子に縛り付けてあって動けない。

 「大丈夫。君は今よりもっと自由になれる。ただ、ちょっと痛いかもしれないがね。何事もリスク無しには成し遂げられない」

 私の前にその人が回り込む。ほっぺの骨が出っ張って日本人じゃない顔だ。

 「君が英語を嗜む事を私は知っている。何。問題はそれじゃないね。君を連れて来た理由だね。それは勿論、君が次元操作の能力を持っているからだよ。私は世界中に眼を張り巡らせ空間を操る者の誕生を待ち望んでいたんだ。君は母親から見ていたんだよ。だが直ぐに我々に勘付き君を養子に出してしまった。それで行方がわからなかったがまさか全く関係の無い男の元に他の養子と共にいるとは驚きだよ」

 この人の言っている事が全くわからない。養子ってなに?関係無いって?

 「フフッ。大丈夫。じきに慣れるさ……後は頼んだよ」

 そう言って部屋をでる。私はその人の顔を睨みつけたけど気にせず笑顔で去って行った。

 「主任が申し訳ない。あれで良いと思ってるんだからすごいよね」

 代わりに違う白い服を来た男の人が来た。

 「あっ。ご挨拶だね。僕はトム。ツトム・レアードだよ。君の担当を務めさせて貰ってる。どうもよろしく……ってあれ。話せる?……かな?」

 「ここはどこ?」

 語彙も無いしアクセントもいまいちな英語を話すと心配だが通じた。

 「ごめんね。詳しくは言えないんだ。さっきの人に怒られちゃうよ。でもマンハッタン島のどこかとは言える」

 ガラスの向こうにもう一人白い服の人がいる。病院なのかな。

 「じゃあ早速だけど君の超能力を見せてもらおうかー。すごいものが見れるって聞いてるからね」

 もう何だか夢なんじゃ無いかと思った。だからもういっそ全部燃えてしまえと思って目を閉じた。次の瞬間。身体が軽くなった様な感覚がした。しかし何も起こらない。

 「トム博士。強制発動させますよ」

 「ああ、頼む」

 そういう会話の後、頭に火花が散った感じがして目を閉じた。

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