2章 3話 船を登りたまえ
-253年9月15日(土)
黄鐘での用事が終わったらしく船はバロック自治領に向けて出発した。目的地に着くまでの間ここで暮らす事になる。と言ってももう一泊していて、それはもう船内だと言うのにホテルみたいな施設があって驚いた。
そしてアストロロギアは帰ってきたバロックの女王に謁見する事になり、船の最上階にやってきた。ビオラの話では女王は綺麗な黒い髪に黒い衣装。そして何よりも右目の眼帯が特徴的な人だと云う。黄鐘ではカリブの海賊が人気でそれを元にした小説や映画が飽きる程あるけどバロックの女王がそのイメージに会っていてカッコいいとの事。
今はケネシーと別れて代わりにネブが入った6人で行動している。ホノカとシルバーを先頭にして進んでいく。
バロックの職員に連れられてエレベーターで上がった部屋で靴を脱ぐように言われる。日本みたいで新鮮な感じがする。スリッパとかがある訳でもなく靴下のまま通された。
「面倒だよね。これ。なんでここはこんな文化なんです?」
ユウゼンのその問いに職員が答える。
「靴の汚れを持ち込まないというのもありますが上下の差をなくすというのが1番の理由です。」
「それは女王の意志かい?」とホノカ。
「ええ。我が王はここに座す限り、どなたであろうと対等の関係であるとのお考えです。」
それを聞いたシルバーが空を見ながら呟く。
「ふうん。つまりどんなに高貴な者でも女王の下に平等と云う訳か。成る程な。」
案の定職員に睨まれている。勇気があるな。
目的の部屋の前に来ると武器を預けるように職員が言う。軍人のシルバーが持っていると思ったんだろうけど何故か今は持っていないみたいだ。
「では。」
そう言って職員が重そうな扉を開けるとそこは天井ガラス張りの大きな部屋だった。フローリングの床には扉の前から花の模様が入った絨毯?カーペットが奥に続いて、そこに上半身だけの朽ちたWEAがある。その手前に銀色の玉座があり、聞いた通りの綺麗な女王がそこからこちらを見ている。黒い着物みたいな服を着ている。近づくと振袖ってはっきりわかった。
玉座の前まで歩いた所で職員が立ち止まり私達を紹介する。そして先頭のホノカが片膝をついて頭を下げた。私達もそれに倣う。
「立ちなさい。そんなに改まる必要はありませんよ。」
女王がゆっくりと立ち上がるのを待ってホノカから順番に立ち上がった。
「お久しぶりです。ジェリー女王。お招きいただきありがとうございます。父との会話はいかがでしたか?計画に触りがなければいいのですが。」
「問題ありませんよ。安心してくださいホノカ。それと……シルバー。貴方の協力を心より感謝しております。」
そんな感じで私の知らない話をして最後にネブに持たせていたタイヤキを袋ごと渡す。女王は終始微笑んでいてどことなく母性を感じる。眼帯には青い蝶の刺繍があったけど、これはユウゼンの帽子についていたバッチに似ている。あ、そっか。黄鐘で人気ならこういう商品があって当然なのか。
ホノカと女王の会話はどうやら政治関連の話らしい。ナクシャトラ党がどうとかそこの有識者の方々がこうとかよくわからない。こういうのはホノカに聴いても「大人達は僕を使おうとしているだけだから」と言って余り話してくれない。
話が終わった所で部屋から出ようとすると女王から「そこの黒い髪の女の子」と呼び止められる。少し話があるとのことだ。怖くなってホノカを見ると彼はちらっと目を合わせてから付き添いを出してもいいか聞く。彼自身が来るのかと思いきや背中を推してユウゼンを寄越してくる。
「さ、行こう。レディー。」
「あ、うん。」
女王は玉座の横の扉に入っていきそれを追った。
「まさか、怒られるとかないよね。私達がバロックの人に迷惑かけたとかで。」
「まさか、ジェリーさんは優しい人だよ。海賊映画みたいに軍法裁判の後、即刻射殺なんてしないね。多分羞恥刑で許してくれる筈だな。」
怒られるの前提じゃん。と思いつつ小部屋に入るとソファが向かい合わせであって奥に女王が座っている。そして座るよう勧められて席に着く。
「貴方。お名前は?」
「え、あ、はい。ムラサキ・クロスです。」
「いい名前ね。貴方達の事は部下から聞いているわ。なんでも単身で月に行こうって話じゃない?」
もうバレていたか。あの後トムが私だけでも月に行かせようとバビロニアとバロックの技術者に掛け合ったら変にみんな乗り気で勝手に計画が動き出していた。ホノカにそれが知れるとまたこっちも金銭面は全額負担するとか言い出して現在進行形でロケットを作っているらしい。
「そーですね。あー。すいません。勝手な事をして。」
「いいのよ。何だか親近感が湧くし。その服。ジンベイだっけ?」
「そうです。よくご存知で。」
「私は昔、東洋に住んでてね。」
「ジェリーさん。あんた、輝き渡る荒野に住んでいたのかい?」
尊敬の口調でなかったので注意すると女王から気にせずと言われた。
「もうかなり昔の話だけどね。大変な時期だったわ。ま、それは置いといて。月世界旅行の事だけど機械の事なら大丈夫。ウチの技術者に任せなさい。でも心配事があって。貴方に同行するような人員がいないのよね。それ以外は問題ないって話がしたかったの。」
「俺が行こう。」
「いいの?ホノカとか、えっと学校とかは……」
「兄さんも喜ぶだろうし宇宙旅行で箔がつく。是非同行しよう。」
「あ、そうね。じゃ決定。あんた達二人で月に行きなさい。」
女王の話の本題はそこで終わったが質問はあるかと聞かれて旅行の予定を訪ねてみた。曰く、今はまだ具体的ではないが宇宙にいる仲間に案内してもらうらしい。
そこで当たり前のように言われた宇宙の仲間。これはホノカから以前地上で聞いたことがある。
宇宙の民は地球の自然が再生されるまで揺籠に帰ることはない。そして地球の民は文化を巻き戻すことで地球が再生されると信じてる。目的は同じだが両者には明確な壁があり、手を取り合う事はない。とのこと。
だからそれを聞くと残念な事に女王は口の前に人差し指を立てたポーズをとる。
「深く知らなくていいわ。」と言って。
ユウゼンはさっき見た玉座の後ろのWEAについて関係ないがと前置きを入れて質問する。
「あれは私の愛機よ。今は戦う必要がないからああやって飾ってるって訳。」
そう、バロック女王は元々戦士である。だからこそこの国は地球一と目される戦力を持っているのだ。とホノカが言ってた。
女王との会話を終えてホノカ達と合流するとユウゼンが同行する旨を伝えた。彼は苦笑いをしながらも「懸命な判断だ」とユウゼンを褒めた。いつも微笑む顔を崩さないホノカが明らかに苦笑いになったのはやっぱり本意ではないからなんだろう。そう思うと申し訳なく思う。
何故こんなに人々が動いてくれるのかというと一概にホノカが原因という訳ではなく、船がバロック本土に着くまでに完成させて上空で打ち上げてしまおうと言う魂胆だからだ。敵国のバビロニアから見えてしまうと攻撃兵器と思われかねないとの理由もあるらしいけど。
格納庫でロケットとペイロードの組み立てが行われていた。ペイロードはWEAを改造したものが使われていて宇宙空間での移動も出来るよう調整が進んでいるらしい。デッキでそれを見て黄昏ていると後ろから微かな声が聞こえる。
「神を見た事はあるか?」
バッと振り返っても誰もいない。いや、ポケットのなかから聞こえたようだ。
「見た事ない。」
学生証を取り出してそう言う。確か、ホワイトムーンだっけ。
「それは儚く、脆い。自然の擬人、あるいはそのもの。呼び声に応える事は稀だが、私はいつか祝福をくださると信じている。」
「何が言いたいの?」
「蝶よ。迷える君に古き預言者の遺言を贈ろう。『堕ちた先で船に乗りたまえ。』君が神に近付くことを願っている。そしてカギョウの祝福も。」
「堕ちるって何?ロケットは堕ちるの?」
でもそれ以上うんともすんとも言わない。
「うそ。」
突拍子も無い言われだけど、その言葉が肩に重くのし掛かった様に感じた。格納庫のロケットを見下ろすともう完成は近いようだった。
備考
NT-20P02-X 試製二十式強化外骨格2号機
愛称「LUCA」
レグルス・アルカ上構、謁見室に鎮座する小型WEA。
大戦以前、戦車に代わる次世代兵器として開発されたそれは歩兵に絶大な力を与え既存の兵器を駆逐したと云う。つまりこれはその伝説の発端ではあり、そこには研究者の汗と涙が染みついているのであろう。
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