1章 3話 杞憂か又は

 エリー氏の朝食を頂き、今日が始まった。役所に真っ先に向かうつもりだったが、ふと思い近場に住む藪医者を訪ねた。

 コンクリート造りの建物の狭い階段を登ると2階に見えるのがドクターミヨスの部屋である。雑な造りの扉をノックすると間も無く開けてくれた。

 「おはよう、トム博士。少し待ってくれ、着替えをしていないのでな。まあ、入ってくれ」

 玄関を入ると直ぐ長椅子が有る。診察をここで行うからだろう。部屋の中は清潔感が保たれ、複数の観葉植物とハーブの香りが心を安らげる。

 「昨日はすみません。大変な苦労をかけました」

 「謝らんでいい。あの子供に悟られたくなかったのだろう。色々と」

 なかなかキレる老人だ。この世界の地球は文明が後退しているのが普通だが中にはこういう知性溢れる者もいるのだ。

 今の発言に含みを持たせた。然るべき理由を彼が勘付いている証拠だ。

 しばらくして彼と川の向こうへ電気自動車で向かった。川は私が見てきたどんなものより綺麗だった。目的地は隠す様に木が密集して植えられ、入口は木製のアーチがかけられている。くぐると広大な墓地が広がる。私は目的の石の前にしゃがみ、事前にドクターから渡されたペンで名前を書いた。

 「彼女は良い助手でした。生きていれば近い将来。自分の研究室を持つことになっていたでしょう。っと、貴方に言っても仕方ありませんがね」

 サトナ君に伝えたくない理由の一つがこれだ。きっと知ったら、二度と能力を発現することは無い。

 死体は昨日、飛ばされてきた実験室からの脱出時に確認した。その後サキ君を巧く誘導してエリー氏に任せている。我ながらよく出来た。お陰で僕の能力について聞かれなくて助かったのだ。

 墓に来る途中に誰かの花壇から毟っておいた白いコスモスを手向けた。目から涙が出る気配は無い。これは実感がないからだと予想する。きっといつか涙が溢れるだろうから。

 「人は皆、死ぬと生命の樹に還る。そしてまた、新たな肉体を持って生まれる」

 不意に発したドクターの言葉は違和感を覚えた。セフィロトの樹かキュベレーか。

 「それは初耳ですね。何という考え方です?」

 「テンシンという国の教えだよ。科学的根拠はない。しかし希望は持たねばね。下ばかり見ていたら、彼女が照れてしまうだろう」

 「仰る通りです」

 そう吐いて立ち上がり空を見上げた。どこまでも澄み渡る青い空だ。

 テンシンについては後で調べよう。発音からアジアの宗教の絡みに違いない。

 来た道を戻り、ドクターに案内されて役所に行く。彼はここに用は無いのでお別れだ。

 「ありがとうございます。助かりました」

 「良いんだ。あんたに興味があっただけだよ。それでは」

 急に思い出し、帰ろうとする彼を呼び止めた。

 「二つだけ伺いたい事が有ります。貴方の出身地と超能力の有無について」

 「生まれ育ったのは旧インド。デカン共和国。超能力は持っとらんよ」

 また礼を言い別れた。ドクターの背中は頼れる父を連想させた。

 役所は高層ビルに収まり、壁面に宇宙連盟の旗が掲げられている。地球と月を亀が背負っている何とも滑稽な旗だ。建物はその他の特徴を持ち合わせてい無いので案内されなければ来ることはなかったろう。

 中に入ると受付で大きな斧を背負った者が話している。しばらく眺めていると舌打ちしながら受付係から離れる。

 「ん?お前、昨日の自称アメリカ人じゃないか。墓には行ったか?」

 「ああ、今帰って来たところだよ。ここの情報を得る為に赴いたのだけど、お困りの様だね」

 「はっ。そうだよ。でも困ってるのはお互い同じだろ」

 後で詳しく聞くと吐き捨て、受付係に話しかける。まずは情報収集だ。片っ端まで細かくこの世界について質問をした。中には話相手が知らない情報も有り、人を変えさせて貰いながら貪欲な知識欲に身を任せた。

 昼ごろまで楽しませて貰った後、向かいの建物から手を振る影が見えた。ミーシャだ。入らせて貰うと内装は古びた建物と上手く調和のとれたカフェテリアの様だ。高層ビルの一階部分を占拠しており、店内の全ての物が木製である。この辺りの建物はツタが絡まる何とも退廃的な雰囲気が有るがその空気と木造の内装は最も合っている。僕は彼女の座るカウンター席の隣に腰掛けた。

 「待たせて悪かったね。で、困り事は何かな」

 「別に待ってないし、気い使わなくていいから。それよりあの子。お昼だけど大丈夫なの?」

 エリー氏が面倒を見てくれている事を伝えた。

 「ふーん。なら安心。じゃ、こっちはこっちで何か食べちゃおっか」

 ミーシャは獣人と近隣住民から呼ばれている通り動物の耳が頭上に生えている。形から推測するに狼だろう。背には大きな黒い斧が張り付いている。どうやって浮いているのだろう。

 何だか質素な皿に乗ったフレンチトーストを戴く。その後本題を語ってくれた。

 彼女は現在、賞金稼ぎとして生活しており、犯罪者等を捕まえているそうだ。常に一人で行動しているものの今日の依頼では食糧泥棒の集団を捕まえる事になったそうだが、役所から複数人でないといけないと何故か追い返されてしまったとのこと。

 可哀想な彼女を見過ごせる筈も無く、僕は同行を申し出た。快く了承してくれ、役所に食後に向かう事にした。ついでにサキ君もと頼むと少し目を細めた後に嬉しくなさそうに受け入れた。

 この際なので彼女の背負う斧について聞くと自慢するでもなく前の席の生徒にペンを貸すような形で壁に立て掛けた。そう言えば聞くまでずっと背負い続けているのが何故だか不思議だ。

 大きな斧は機械的なつなぎ目が幾つか有り、埋め込まれた水晶の様な物体と見知らぬ社名の刻印が見受けられた。『AH』の周りに二重の輪と羽。つまりエンジェルハイロウ(天使の輪)だろう。エネルギーパイプのような物がグリップから刀身に伸びており、謎の変形をしそうだった。

 「これについて聞きたい。可能な限りで話してくれないかい」

 「ん?うん。これは妹が発掘して来たやつだな。見せてやろう」

 そう言うなりカウンターに金を置いて店を出た。何も言わなかったが私の分まで払ってくれた。

 彼女は慣れた手つきで背中のグリップ部分に手を掛けると大きく右回転で回す。すると半分で畳まれていた長い柄が真っ直ぐになるまで開いて身の丈程の長さになる。彼女曰く、名前はヴァルツァーツヴァイだそうだ。

 「ポールウェポンか、三日月斧だよね。初めて見たな。でも僕には扱いにくそうだ」

 「そんな事ないぜ。ほら、持ってみろ」

 差し出された斧の柄を持つを手にずっしりと沈み込むような重みがある。

 「騙されたつもりで振ってみ。そいつの強みがそこにある」

 渋々両手で柄を持ち直して頭上から振り上げると驚くほどの軽さになり、勢いでアスファルトの地面に刺さってしまった。振った瞬間だけ軽くなる。なるほど、これはマジックアイテムだ。埋め込まれた水晶が緑色に発光している所を見るにエネクス粒子の第一法則、意思伝達を利用しているらしい。

 「すまないね。悪気は無かった」

 「いや、そうなる事は分かってたし。吹っ飛ばすよりは遥かにマシ。じゃあ曲芸でもすっかな」

 彼女は徐に足元の小さなコンクリート片を空高く投げると斧を引き抜き、落ちて来たそれを左右に薙いで弾く。右回転で大きく振り被りその勢いで身体ごと回転してまた切りつけた。コンクリート片は二つに割れていた。

 「素晴らしい。ヴァルツァー演舞の名に相応しい動きだった」

 拍手もして精一杯褒めた。彼女は満足気に鼻で笑うと斧を背中に収めた。

 「そそ。分かってる奴は違うねー。そう。分かってるぜ。お前も魔法使いなんだろ」

 上がる口角が元に戻るのを感じた。

 「……なぜそれを」

 その声が聞こえているのか居ないのか、彼女は役所に向かって背を向けて歩く。彼女の腰には複数の光る水晶が見えた。

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